紫陽花の下には死体が埋まっている……?
梅雨。この時期はタクシー運転手にとってありがたい季節だ。雨が降ると、街中で足元が濡れる人々が増え、その結果としてタクシーを利用する人が多くなるからだ。駅前で客を待っていると、一人の女性が小走りでやってきた。見ると、彼女は傘を持っていない様子で、濡れた髪が額に張り付いている。
「どこまででしょうか?」と尋ねると、女性は座席が濡れたことを気にして、一言謝ると、「図書館までお願いします」と告げる。その口調にはどこか落ち着きがあり、どうやら彼女は読書家のようだ。
図書館までの道のりで、私たちはいくつかの雑談を交わした。最初は日常的な話題から始まり、次第に趣味や興味について話が進む。しかし、話しているうちに、女性の表情が徐々に曇っていった。何か言いたいことがあるようなのだが、口にするのをためらっている様子が見て取れる。私がそのことに気づいたのは、彼女がため息をついた瞬間だった。
「運転手さん、紫陽花の話をご存知ですか?」と、彼女は意を決して口を開いた。「紫陽花は地面の
私は頷いて肯定した。紫陽花の花の色が土壌のpHに影響されることは、一般的な知識として理解しているからだ。
「うちの近所の公園なんですが……」と彼女は続ける。「そこに咲いている紫陽花の一部だけ、色が違うんです。そこで、私はこう考えました。もしかしたら、そこに死体が埋まっているのではないかと」
確かにドラマやミステリー小説ではよく見られる展開だが、実際に公園に死体を埋めるというのは非現実的な気がする。公園は人目につきやすく、発見される可能性も高いからだ。その話をすると、女性の表情は少し和らいだようだった。
しかし、色が一部だけ違うという現象は現実的に起こり得ることだ。そこだけpHが異なる理由について考えを巡らせると、どんな可能性があるだろうか。
「ちなみに、去年はその色が変わっていた記憶がありますか?」と私は尋ねた。「もし覚えていればで結構です」
女性は少し考え込んでから、「去年のことは覚えていませんが、今年からの気がします」と答えた。つまり、今年に入ってから何らかの理由で土壌のpHが変わったことになる。
「今年に入って、その辺りで何か変わったことはありませんか? どんな些細なことでも大丈夫です」
女性はしばらく考え込み、「そうですね……。近所の子供たちがかくれんぼでよく公園を使うようになったのですが、それくらいしか思い当たりません。あとは……」と答えた。
女性が少し気まずそうに黙り込むのを見て、私は彼女の視線に注意を向けると、「カラスが多くなって困っているんです」とぽつりと言った。
カラスが多くなったというのは、今回の話に直接の関係がないように思える。しかし、ふとした瞬間に一つの可能性が頭をよぎった。
「ご存知の通り、カラスには光るものを集める習性があります」と前置きしてから話を続けた。
「もし、カラスがその近くに巣を作っていたら、銅などの金属でできた物が集まります。そして、それが地面に落ちると……」
「地面のpHが変わる、というわけですね?」
「はい、あくまで可能性の一つです」と答えた。「今度、ぜひ観察してみてください。ただし、光るものは身につけずに」
女性はその説明に納得した様子で、後は本の話題で盛り上がった。どうやら私たちはお互いにミステリーが好きだったらしく、話が弾んだ。彼女が降りる際に、こう言った。
「次にお会いする時までに、推理力を磨いておきますね」と。
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