ミステリーサークル? 悪魔の降臨術? それとも……
「運転手さん、あなたはUFOの類を信じますか?」
その質問に一瞬戸惑ったものの、私はすぐに平静を保つ。ハンドルを握りしめたまま、軽く笑って答える。
「UFO……ですか。私は信じませんね」
そうだ。探偵を自称している私にとって、何か現象があれば、まずはそれに対して科学的な説明を探す。それが私の信条だ。
科学的に説明がつかないものは、この世にはないはずだ。UFOや超常現象に心を奪われるのは、謎に直面した時に現実から逃げるための一種の言い訳だろうと考えている。
「そうですよね。でも、自分はUFOを呼び出す複雑な模様を見つけてしまったんです!」
運転中にもかかわらず、私は思わず眉をひそめた。目の前の信号が赤に変わったのを確認して、ブレーキをゆっくり踏み込む。
「なるほど、興味深い話ですね。それで、どこで見つけたのですか?」
この手の話はたまに耳にするものだが、大抵の場合、話が進むにつれて現実味を失っていく。心の中で、そんな展開を予測しながら、相手の話に付き合ってみることにした。
「自分が見つけたのは、公園の砂場です」
「公園の砂場ですか……」
思わず、口元が緩みそうになるのをこらえる。UFOを呼び出すための複雑な模様が、なんと公園の砂場に描かれているというのだ。そのギャップに一瞬、笑いが込み上げたが、私は真面目な顔を保ったまま、「それで?」と続きを促す。
「あなた、作り話だと思っているんでしょう? 自分だって、最初は信じませんでしたよ」
彼の声が急に強張り、まるで私が見下しているかのように感じたのか、少しムキになっている様子が伺える。信号が青に変わり、私はアクセルを軽く踏み、車を前に進めた。
「最初はただの一本の線でした。しかし、翌日には三本の線が三角に近い形になり、そして昨日にはもっと複雑な模様になったんです。これは誰かが夜な夜な宇宙人もしくは悪魔降臨の儀式をしているに違いありません!」
彼の言葉が響く車内の静けさが、一層奇妙に感じられた。運転を続けながら、彼の興奮ぶりを感じつつも、私は冷静に対応することに決めた。彼の言葉が過激であるほど、こちらは冷静でなければならない。
正直、彼の話の方向性には驚かされた。乗客は私と同年代くらいに見え、まさかそんな突飛な結論にたどり着くとは予想していなかった。
ふと、私は小さい頃に経験した出来事を思い出し、その思い出が今の状況に不思議と重なるのを感じた。
「私も小さい頃、砂場で似たようなものを見たことがありますよ」
ミラー越しに彼の目がこちらをじっと見つめ、「そうでしょう?」という表情をしているのがわかった。彼は自分の考えが証明される瞬間を期待しているのだろう。
「しかし、それは説明がつくものでした。原因は猫の足跡でした」
「猫の足跡?」
彼の興味深そうな声が返ってきた。
「夜中に猫が砂場を歩き回って、そこに足跡をつけるんです。その足跡が翌日、子供たちが砂遊びをする際に、無意識にその線をなぞってしまう。結果として、模様が少しずつ複雑になっていくんです」
彼の表情が鏡越しに曇っていくのがわかる。期待していたUFOの話が、ただの猫の足跡に過ぎないと気づいたからだろう。
「確かに、近所には野良猫がたくさんいますが……まさか、猫が原因だったとはね」
彼の声には、少し失望が滲んでいた。非日常を求めていたのだろうか。
その瞬間、私はもっと幼いころのことを思い出した。
「実は、私が育った家も、近所にたくさん野良猫がいてね。あの頃住んでいたのは古いボロアパートで、部屋の隙間から冷たい風が吹き込むこともしょっちゅうでした。毎晩、猫たちの鳴き声が聞こえてきて、夜中に怖くてよく泣いていたんですよ。両親もその頃は仕事が忙しくて、あまり家にいなかったし……」
ふと、懐かしい感情がこみ上げてくる。両親の姿が薄れていった寒い夜、野良猫の鳴き声がその寂しさを和らげてくれるような、そんな感覚が今でも残っている。
「でも、あの時の砂場の猫の足跡が、今になってこんな風に話題になるとは思いませんでしたね」と私は笑いながら言った。
「まあ、先ほどの話は推測ですけどね。本当にミステリーサークルかもしれませんし、宇宙人が降臨してくるのかもしれませんよ?」
軽く冗談めかして、私はミラー越しにウィンクをした。少し肩の力を抜いてくれたようで、彼は微笑んでいた。
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