異能機関
水垣するめ
1章 異能機関へようこそ
第1話 なんか強そうな竜に異能を貰った
平和に生きたい。
それが、俺の望みだ。
自分の知る人間が不幸な目に合わず、事件なんて起こらない単調な日常こそ、一番なんだ。
だから、今の平穏な日常にはある程度満足していた。
誰も死んだりしないし、いなくなったりしない。
だが、そんな日常は、俺がとある竜と出会ったことで崩れさった。
***
俺、
勉強は中の下。運動に関しては普通よりは得意だが、人間誰だって得意なことの一つや二つはある。
両親が交通事故で一年前に死んで、一人暮らしをしていることを除けば、俺は日本を探せばどこにでもいるような高校生の一人だった。
しかしそんな俺は今──異空間に迷い込んでいた。
「どこだ……ここ?」
俺は辺りを見渡す。
いわゆるゲームでよく見るような、ファンタジーのダンジョンのような景色が広がっていた。
石造りの回廊には等間隔で光っている鉱石が照明のように取り付けられており、じめじめとした空気が充満している。
「普通にいつも通り玄関の扉を開けたと思ったんだけどな……」
家のドアを開けて家の中に入ったと思ったのに、どう考えてもここは家の中じゃない。
俺の家は何の変哲もない一軒家だったはずなんだが。
「てか、出口なくなってるし」
後ろを振り返れば俺が入ってきた玄関の扉が消えていた。
つまり、出口がなくなっていた。
「うわ、もう間に合わないなこれ。折角今日は特売の日だったのに……」
スマホの電源を入れて、俺はため息を吐く。
今日はいつも行っているスーパーで、肉の特売が行われる日だったのだ。
一人暮らし、収入がバイトのみの俺からすれば肉にありつけるのは一ヶ月のうち、今日くらいだったのに。
今日のためにバイトだって休んだのに、これじゃ大損だ。
「てかこれ、異世界ってやつか……?」
扉を開けて中に入ったら、石造りの回廊になっていたのだ。
未だに中二病を引きずっている妄想力強めな男子高校生なら、そう考えてもいたしかたなかろうか。
異世界に転移したと断定するのは時期尚早かもしないが、目の前で起こっている現象が超常現象であることは間違いない。
「出口もなくなったし、とりあえず進むか……」
俺はそう呟いて、ダンジョンみたいな回廊を進んでいった。
***
「まだ続くのか? もう一時間は歩いてるんだが……」
俺は未だに石造りの回廊の中を歩いていた。
「というか、出口はこっちでいいのか? なんか気配がする方向に進んでるけど……」
歩いている途中、俺は何度か別れ道に出くわした。
しかしその都度、なんだか強い気配がする方向に足を進めてきた。
だけどもう一時間以上は歩いているし、もしかしたら出口の方向はこちらではなかったのかもしれない。
と思ったその時、向こう側から光が見えてきた。
「む……あれは、出口か?」
俺は足を早めて、その光の方向へと向かった。
そして石の回廊を抜けると──空間が開けた。
強い光に目を細めていると次第に目が慣れて、目の前の光景が見えるようになってきた。
そしてようやくぼやけた視界が戻るとそこに見えた景色は。
「ここは…………は?」
視界に飛び込んできた光景に、俺は唖然とするしかなかった。
竜。
竜だ。
そうとしか呼称の出来ないものが、そこにはいた。
十階建てのビルに相当する高さの巨躯は、一見すれば山かとみ間違うレベルの大きさだった。
金属のような光沢を放つ、爬虫類のような黄金色の鱗と、巨大な翼。そして直径三メートルはありそうな尻尾。
俺が目の前の光景に圧倒されていると、空気が振動するような音が聞こえた。
『ふむ、ここに人間が来るとはな』
ビリビリと振動する空気。
それが声であることに、俺は遅れて気がついた。
ギロリ、と。
蛇のよな瞳孔を持つ大きな瞳が、俺を見つめていた。
俺は思わず一歩後ずさっていた。
『迷い込んだのか? ただの人間がここまでくるとは……面白い』
黄金の竜が再度声を上げる。
『名を、名乗れ』
「お、俺は……
俺は目の前の光景に衝撃と困惑で頭がいっぱいになっていたが、何とか自分の名を名乗る。
そして黄金の竜へと尋ねた。
「あ、あんたは一体何なんだ……」
『我を知らぬのか? ふむ……仕方あるまいか、あれから悠久の時が流れた。かつては神と崇められようとも、人間が忘れれば信仰が消えるのは道理だ』
黄金の竜は寂しそうに目を細めた。
『良いだろう、名乗ってやる。我の名はゼルギアス。竜種の中でも真なる竜であり、悠久の時を生きる古竜だ』
やはり、目の前の存在は竜だったらしい。
しかも神とか言ってるし、流石にタメ口はやばいか。
ていうか俺がここに居るのは不味い気がする。
出口を聞いて、さっさとここから出よう。
「あ、あの……出口を知りませんか。俺は気がついたらここにいたんです」
『まあ、そう言うな。我はずっとここに封印されてきたのだ。少しは話相手になれ』
「封印……?」
『下の魔法陣が見えるだろう』
ゼルギアスが眼を下に向ける。
すると巨体で隠れて分からなかったが、ゼルギアスの身体の下には巨大な魔法陣が光り輝いていた。
いくつもの魔法陣はゼルギアスの下でゆっくりと回転している。
俺がここに入ったときに眩んだ光は、この魔法陣の光だったのだ。
竜に、魔法陣。さっきから現実とは思えないようなものばかりだ。
俺はもしかして夢でも見ているのか?
『そう言えば、お主は出口を探しているのだったな。では、取引をせぬか』
「と、取引……?」
『お主が我に外の世界の話をするのだ。その話に満足すれば、お主に出口を教えてやろう。安心せよ。我はここを一歩も動けぬ。話している間、お主に危害を加えないと約束しよう』
そ、そんなことでいいのか……?
俺が案外簡単そうな取引に拍子抜けした。
それに最初に感じたイメージと違ってずいぶん気さくな感じだし、俺も出口を教えてもらえないとここから出れそうにはない。
するとゼルギアスが急かしてきた。
『ほれ、早くせんか。我は別に何日かかっても構わんが、人間であるお主は何日も飲まず食わずではいられないだろう?』
確かにその通りだ。
俺はここから一刻も早く脱出するために、ゼルギアスに外の世界の話を教えるのだった。
***
『ほほう、そのすまーとふぉん? とやらで世界中と繋がれるのか。そんな小さな板でのぅ……人間は進歩したのじゃな』
「それだけじゃなくて、本を読んだり動画を見たり、ゲームだって出来るぞ。まあ今は電波繋がってないからできないけど」
『む、なんじゃその『どうが』と『げえむ』とやらは。我に詳しく教えよ』
ゼルギアスと話は大いに盛り上がった。
現代の世界はゼルギアスが想像していた以上に進歩していたらしい。
ゼルギアスは俺が車や電気、今の社会の話をするたびに目を輝かせて『それはなんじゃ。詳しく話すがよい』と聞いてきた。
途中から敬語も外れて、お互いに話に熱中していた。
話がかなり盛り上がったので、ゼルギアスの方からも話を教えてもらった。
『──こうして、我は神と崇められるようになったのじゃ』
「ほぉ……なるほど。なんか、壮大な神話を教えてもらった気分だ」
『まさしく神話じゃよ。ああ、そうそう。そう言えばお主がここにやって来るまでにいくつか別れ道があったじゃろ?」
「? ああ」
『あれ、間違った道を選んでたら即死の罠が置いてあったんじゃ。運が良かったの』
「まじで!?」
『言っておくがあの罠、我が置いたものではないからな。我を封印した人間が設置した罠じゃからな。我を恨むなよ?」
そんなふうに、俺が死にかけていたことまで教えてもらった頃。
「っと、もうこんな時間か」
俺がスマホの時計を見ると、もうすでに日付が変わった頃だった。
『ふむ、名残惜しいがそろそろ頃合いかの。お主には沢山興味深い話を聞いたし……そろそろ、お主を元の世界に戻さんとな。久々の話し相手がいなくなるのも寂しいが』
「……そっか。俺も寂しいよ」
ゼルギアスとの話は、本当に楽しかった。
正直最初はビビってたが、今はもう親友と呼べる程に仲が深まった。
親友が一人増えたのに、すぐに分かれの時間がやって来てしまったことが残念だった。
ゼルギアスが少し考え込むように視線を下に向ける。
『ふむ、想像以上に面白い話を聞かせて貰ったしの……出口を教える前に、褒美をやろう』
「褒美?」
『我の力の一端に過ぎんが……人間にとっては強大な力になろうて。ほれ、受け取れ』
ゼルギアスがそう言うと、俺の目の前の地面に魔法陣が出現し、拳サイズの黄色い鉱石が現れた。
「え、なにこれ。お前、魔法使えないって言ってなかった?」
『残念ながら、我は封印されているから一歩も動けないとは言ったが、魔法が使えないとは言ってないのだ。お主が少しでも気に触れば殺すつもりだったぞ』
「はぁ!?」
俺が叫ぶとゼルギアスがゲラゲラと笑った。
『まあ、簡単な魔術程度しか使えんがな。安心せい、今の我がお主を殺すことはない。ほれ、それを拾え。それを拾えば元の世界に帰れるぞ』
「って言われてもな……」
たった今、殺すつもりだったと言われたばかりだし……。
『安心せい。出会った頃ならいざ知らず、今のお主は我の盟友。殺したりはせん』
「わかったよ」
俺は黄色い鉱石に近づいて、拾い上げる。
ドクン。
「ぐっ……!?」
鉱石に触れた瞬間、体中を熱が走り抜けた。
痛い。熱い。痛い。熱い。
身体の中が燃えるような感覚に、俺は思わず膝をついて心臓を抑える。
「な、なんだ、これ……っ!」
『我からの「褒美」だ。我の力の一部と、それに使うために必要な魔力をお主に分け与えた。元の世界で有意義に使うとよい。お主が言っていた『平和に生きたい』という目的も果たせるだろう』
何の力だ、とか、勝手なことするな、とか色々と言いたいことはあったが、俺はそれどころじゃなかった。
激痛と熱さにどんどんと意識が薄くなっていく。
『そのままで元の世界には帰れるが、もし目覚めてもその石は売ったり手放すではないぞ。お主に力を譲渡して魔力も何もかも抜けておるが、それでも我とお主の『縁』になるからな。ああそうだ、たまにはそちらに扉を繋げさせてもらうぞ。寂しいからな』
勝手なことをのたまうゼルギアスに、俺は途切れ途切れになりながらも文句を言う。
「ま、て…………このアホ竜……ちゃんと、説明、を…………」
そこで俺の意識は途切れた。
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