第3話

「ぅえ?!」


 音の方向を見ても、木々に阻まれて視界が悪い。よく見えない。

 ――もしかして、だれかが戦闘中?

 つい興味を引かれて、音の方へ足を進める。しばらく行けば、少し開いた場所に数匹の魔物が倒れていた。

 刀傷と、焼け焦げ。見る感じ、剣士と魔法使いのいるパーティにやられたのだろう。

 それにしても、この世界は魔物から素材を剥ぎ取ったりって文化はないんだな。彼らはやられた時の姿のそのまんまのようだった。あまり強そうにも見えないし、もしかしたら雑魚すぎて素材にならないのかもしれないなあ、なんて思いながらついしげしげと魔物を観察する。


「……ん?」


 よく見ると、角の生えたウサギ数匹の間に、ピクシーが2匹? 2人? いた。魔物ではあるのだろうけど、人型と思うと複雑な気分になる。ぐったりとしている2匹はピクリとも動かなかった。

 弔ってやった方がいいのかな。いや、魔物なんだろうし、そういうことはしない方がいい?

 悩んでいると、薄く目を開いたピクシーの1匹が『ウ……』と呻いた。


「あ、生きてる」


 驚いてピクシーを見ると、目が合った。ピクシーは苦痛に顔を歪める。


『トドメ、サスノカ?』

「え?! あっ、シャベッターッ?!」

『ドウセ、モウダメダ。コロセバイイ……タショウノ、ケイケンチニハ、ナル、ダロウカラナ』


 彼女? は苦しそうな息で言う。しかし、そう言われてザクっといけるほどには俺はまだこの世界に対応してない。

 経験値を得れば少しはスキルも使えるようになるのかも? とは思うけど、マージって能力は多分これ以上伸びないって予感もある。それに、相手はピクシーだ。身体は小さくても、見た目は人間、というか着せ替え人形の女の子みたいで、相手がモンスターとはいえ、いきなりこれをヤるのはハードルが高い。

 ゲーマー脳でもないから、いきなり殺せと言われて、はいはいありがとね経験値ウマーアイテムゲトーなんて出来るわけもない。

 ついでに、目の前で死にそうになってる生き物を見捨てるのも気分が悪い。

 俺はポーチから万能薬を取り出しながら話す。


「あー、俺さ、異世界ってところから来たばっかりなんだけど」

『……?』

「助けたら、この世界のこと教えてくれる? あと、元気になっても俺のこと攻撃しないで。敵対しないって言ってくれるなら、これで助けてあげる」

『??』


 ピクシーは、本気で意味が分からないという顔をしている。そりゃそうだろう。自分でもなにを言い出したのかわからない。本気で魔物と交渉できるとも思っていなかった。


「身体小さいし、一滴くらいで大丈夫かな?」

『ナニヲイッテ……?』

「だから、助けてあげるんだってば」


 ポーチから取り出した万能薬を、ピクシーの身体に垂らす。

 ……うん、なんか、白い液体ってこともあって、すっげぇイケナイことしてる気になるな、これ。

 妙なことは考えないことにして様子を観察していると、みるみる間に傷が直っていく。隣に倒れているピクシーにも、同じように万能薬を垂らしてあげると、そっちも完全に回復したみたいだった。


「えーっと、なにか食べる?」


 ステータスチェックなんて便利な能力はないから、彼女たちがどこまで回復したのかはわからない。少なくとも傷は治っていたけど、おなかは空いているかもしれなかった。

 リンゴやバナナ、野イチゴをポーチから取り出して見せれば、不審そうな表情を隠そうともしなかったわりには野イチゴを取って食べだした。どうやら空腹、もしくはHPは減っている状態のようだった。

 野イチゴ1個でおなか一杯になったらしいピクシーたちは、ふわりと舞い上がると俺の周りを飛び始める。


「あのさ、この世界について聞いても良い?」

『セカイ?』


 最初に助けた方、ピクシーAが首を傾げる。なにを説明すればいいのかわからないのだろうと根掘り葉掘り聞けば、ここはエルダーワイルドという大陸で、人間が支配しているのだということを教えてくれた。

 他にはドラゴン族が支配しているドラコニアや、海は人魚が支配し、地下にはアンデッドの住むシェードランドという国もあるらしい。

 モンスターはどの大陸や国にも環境に適応して住んでいるらしいのだが、固定の故郷というものはないのだという。それというのも


『マオウサマ、ズットイナイ』


 魔王がいなければ、モンスターたちの住む国はなく、各地で駆除対象となってしまうというのが、ピクシーたちの語るこの世界の話だった。

 ――まあ、魔物目線の話になるよな。

 もっと人間の社会について知りたかったのだけど、モンスターに期待すぎてはいけないだろう。


「お前たち、居場所ないのかー。俺と一緒だな」


 俺も、帰る場所どころか今日の宿もない。なにやら共感したような気になって、腕を組んで大きく頷く。


「あ、そうだ。そろそろ夜になるから寝る場所探したいんだけどさ。この辺に、雨露をしのげるような大きな木のうろとか洞窟ない?」

『ドウクツ、アル』

『アッチ』


 とりあえず敵ではないと納得してくれたのか、ふよふよと空を飛んで、ピクシーたちは案内してくれる。


「あのさ、ふたりのことは何て呼べばいいの? 名前は?」

『ナイ』

『ピクシー』


 弱いモンスターたちは、お互いに名前を呼び合うこともないらしい。ネームドになるには、一定以上の力を持たないといけないとのこと。これじゃホントにRPGのモンスターと一緒じゃないか。でもAとかBとか番号で呼ぶのもなんだ。


「名前って、俺が勝手につけることはできるの?」

『マオウサマジャナイト、ムリ』

「あ、そ。じゃあさ、進化みたいなのはするの? レベルアップすると上位の魔物になれるとか」

『スゴクタイヘン。ホトンド、デキナイ』

『ズット、ウマレタシュゾクノママ』

「そうなんだ」

 

 じゃあ、ずっと彼女たちはAとかBとか呼ばないといけないってことだ。それもなぁ、と思わなくもないが、いつまで一緒にいてくれるのかわからないから、ひとまずA、Bと頭の中で呼ぶことにした。今は服の破れている位置が違うから見分けがついているけど、同じ服を着られたら、きっとどっちがどっちかわからなくなるだろうという予感はあった。


 ピクシーたちが案内してくれたのは、10分ほど歩いた場所にあった小さな洞窟だった。どれくらい奥まで続いているのかわからない。この先は、もしかしたらダンジョンになっているのかもしれない。もしかしたら、宝箱とかあったりして、と想像しなくもなかったけど、今の俺に戦力はないから下手なことをして魔物に襲われてお陀仏なんてのは遠慮したかった。

 この世界には生き帰りの呪文があるのかもわからなかったし、きっとあっても高位魔法だからピクシーが使えるなんてことはないだろう。


「とりあえず、今日はここで寝るかぁ」


 自分の寝る範囲だけ、小石を払ってスペースを作る。藁も布もない。マントに包まるくらいしかできない。切ない。

 食べ物は果物だけだから、明日の朝起きてもバナナかリンゴを食べるしかないのも切ない。

 ――……あ。洞窟だったらキノコとかあるかもしれないな。

 いやダメだ。火をつける道具はあっても、たいまつとかランプがあるわけではないから奥まで入るのは危険だ。

 ――暗いなあ。

 洞窟の奥に目をやれば、無限にも感じられる暗闇が広がっている。あの奥には、モンスターがいっぱいいるのかもしれない。暗闇に光る眼を想像してブルッと震えがきた。

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