第2話

「見た目がウケないってなんだよぉ!」


 俺は嘆きながら噴水の水溜まりを覗き込む。そこに映っているのは、日本人らしいとは言い難い顔だった。


「いやだってさぁ」


 ウルフカットの紺色の髪。内側に濃いピンクのインナーカラー。

 長い睫毛に彩られた瞳は紺とピンクのオッドアイ。

 鼻も高くて、顔も小さい、そもそもが二次元的なイケメン顔。

 服装も、コスプレっぽい感じで、制服だとかスーツだとか、わかりやすく現代人――こっちの世界の人から言わせれば『異世界人』はしていない。


「だってこれ、ネットで使ってたアバターだもんよ……日本人らしくないのも当たり前だっつーの。ネットの世界で顔出しないなら、そりゃ自分好みの、見た目綺麗なキャラ作るよなぁ?!」


 誰にアピールできるでもない愚痴を呟く。

 あっちの世界での素の顔だったら、いかにも日本人然とした、不細工とは言わないけどイケメンと言ってもらえるかどうかは10人中甘々判定で1~2人くらい? というような十人並みな顔だったから、きっと異世界人として立派に――

 いや。別に奴隷になりたいわけでも、金持ちに飼われたいわけでもない。綺麗なお姉さんに甘やかされるのに憧れがないわけではないけど、でも男だったら女の子の世話になりっぱなしっていうのも情けない。

 にしても、肉体ごと召喚される人と転生してくる人と、なんかゲームとかで使ってたアバターで召喚される人とがいるってこの世界、あまりにカオスだ。


「なんでもありにもほどがあるだろ」


 ぶつぶつ呟いていると「そこ邪魔だよ!」と屋台を引いてきたお姉さんに追い払われた。誰も相手にしてくれない。切ない。

 なにもなくては飢えてしまうだろうと渡された数枚の銅貨は、よくある展開でもう盗まれてる。召喚の館とかいうのを裏口から出された瞬間にぶつかってきた少年にすられたらしい。なにも知らない異世界人、しかも使えないのが確定してるようなのが、いくばくかの小銭を握らされて追い出される場所。となれば、あそこはスリにとってはいい狩場なんだろう。


「うぅっ、おなかすいた……」


 ぎゅるぎゅる鳴っているおなかを抱えて、ふらふら歩き出す。


「もうヤダ。俺がなにしたって言うの。お家に帰りたい。帰して」


 愚痴りながら、歩いていると町の端まで来てしまった。目の前には、いきなりの鬱蒼とした森。

 ――町から出て、生きてけるのか?

 そう思いながら、自分の格好を見下ろす。今着ているマントは、よほどの攻撃力でない限り傷をつけることはできない。プラス、外気温に左右されないような温度調整機能がついているから、暑かろうが寒かろうがこれがある限り気温に苦しめられることはない。太腿につけているポーチには、さっきマージした中級ポーションと、元々万能薬や鑑定機能付きの虫眼鏡、簡単に火をつけられるような魔法具、折り畳みのナイフも入っている。そういえば、自動マッピングする地図も持っているんだったと思い出す。俺は方向音痴だから、これがないともう二度とこの町には戻ってこられないだろう。

 あと、ポーチは見た目小さいけれど容量無制限のインベントリになってるから、いくらでも物は入る。ブーツは雪山だろうと溶岩の上だろうと毒沼だろうとノーダメージで歩ける無敵靴。腰には、自分でマージした銅剣。

 役立たず認定された割になんでそんな便利アイテムを持っているのか、と言えば。そんなのはごく単純な話だ。

 ――このアバターのイラスト発注時に、くっそ厨二病拗らせた注文した俺GJ!

 ってなわけで。いやでも食べ物のことも考えとけよ、と今になればそれが一番悔しい。目の前に敷いてほしい料理を言えばそれが現れる、みたいなアイテムも発注しておけば、現世? の料理で無双できたかもしれないのに。

 ――でもそんなの持ってたら食いしん坊キャラになっちゃっただろうし、それは嫌だったしなー。

 配信デビュー当初は、イケてる歌上手お兄さんで売って行こうと思ってたんだよ。これから歌い手としてバズるはずだったんだよ。なのに、なんで俺は異世界とやらで途方に暮れているのやら。

 歌が得意だという話もして一節歌ってみたけど


「いやー、冒険者になりたいってこと? 戦闘向けのスキルじゃないし、残念だけどお兄さんの声には魔力感じられないからバードにもなれないねぇ」


 と笑われてしまった。この世界では、上手い下手は関係なく、魔力のない歌声には価値がないようだ。ああそうかい。

 

 ――にしても、これからどうすればいいんだろう。

 物乞いをする勇気はない。この世界の人がどれだけ親切かもわからない。奴隷を使っているでっぷりした商人だとか、ガリアリのスリの少年とか見ちゃってるから、ちょっと不安が大きい。

 森に入れば、鑑定虫眼鏡で食べられるものかどうかの判断がつくかもしれない。動物を狩っての料理なんてのは出来る気はしないけど、それなりに自炊はしていたから、まあ木の実やキノコが手に入れば万々歳だ。なにか作れるだろう。

 まだ明るい時間帯だから、魔物も……出るかもしれないけど、このマント、視覚妨害機能もついてるから大丈夫! 俺、隠匿値高いんじゃね? ステータスとか自分じゃ見られないけど。

 ……いやホント、あの時の俺、なに考えてこんな衣装で発注したんだろう。見た目に影響するわけじゃない設定送られて、絵師さん困っただろうなぁ……設定考えてる時は楽しかったんだけどなぁ。にしても、今となれば過去の俺よくやったな件だから、自分のことを褒めてやろうと思う。


 意を決して町を出て、森を当てもなくうろついていると


「あ、木の実発見!」


 赤くて丸い、リンゴみたいな実を見つけた。さっそく鑑定虫眼鏡で――うん、これはリンゴみたいな木の実じゃなくて、本当にリンゴだったらしい。俺がわかりやすいように翻訳されてる可能性はあるけど、見知った食べ物で安心する。


「ラッキー!」


 いくつかをもいで、ポーチに入れる。一回で食べきれる量じゃないけど大丈夫。これ、劣化しない機能がついてるから。中で腐って大変な事になったりはしない。超便利。

 続いてバナナみたいなのも見つけて、これも食べられると判明する。しかし見つかるのは果物ばかり。嫌いじゃないけどこれだけじゃなぁ、と贅沢を言いそうになる。

 でもとりあえず、果物なら料理しないでも食べられるから良しとしよう。よく考えたら調理道具は持ってないし、お金もないから買うことも出来ない。調味料もない状況で味気ないご飯になるよりも、いっそ果物だけの方があきらめもつく。

 適当な切り株に腰掛けてリンゴを袖で拭う。噛り付けば、もう間違いなくリンゴ。美味しい。空腹は最高のスパイスってのは本当の話だよな、と思いながら1個半くらいのところで案の定味に飽きた。

 これ、お金もない状況では、肉を食べたかったら動物を自分で狩って解体しなければいけないってことで。銅剣でどこまで出来るのかわからないし……

 ――解体作業、自分でするのは嫌だなぁ。

 虚無顔でしゃりしゃりリンゴを齧っていると、遠くから派手な爆発音が響いてきた。

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