夢見のラーテル

 テルは夢を見ていた。

 いつ頃の夢だろうか……兎に角、テルが幼い頃の夢だ。


 ラーテル系獣人は、一定の間隔で住処を移すのだが……テルは、その住処を移す際に他の仲間と逸れた……ハグレモノなのだ。


 テルの家族も、おいていかれたテルを探そうとはしなかった……その程度でおいていかれるなら、この先邪魔になることが確定しているようなものだったからだ。


 テルも、幼いながらにそれを理解していた。それを嘆くわけでもなく、おいていかれた自分が悪いとのみ込み、兎に角今を生き抜くために戦うことを決意した。


 ラーテル系獣人の住む場所は猛獣やモンスターの聖地だ。


 少しでも穴蔵の外に出れば、食い殺される……社会性も倫理もない完全なる弱肉強食の世界。


 テルはその悪夢のような土地を一人で生き抜くためにメキメキと力をつけていった。


 近づく者は皆敵だと言わんばかりにバッタバッタと野生動物やモンスター、人類族を退けていった。


 あるときは野ウサギに、ある時はやってきた空飛ぶトカゲに、ある時は鎧をつけた人間に……


 兎に角戦いに喧嘩の毎日だったテルは、力こそみるみるつけていったが、反対にだんだんと凶暴な暴れん坊に……もはや人類族なのかモンスターなのかわからなくなるほどだった。


 しかし、そんな負け知らずだったある日、ある時、ある荒野で……テルはとある人間に声をかけられた。


「よぉ、坊主。」

「……あ?」


 幼いテルは振り向く……そこにいたのは、巨大な鉄板のような大剣を背負う一人の青年だった。その青年は、静かに名乗りを上げる。


「おっと、俺とした事が名乗りを忘れちまった。俺の名はラジー……お前は?」

「ッ!」


 テルは咄嗟に目の前の……ラジーと言う男へと飛びかかり、その鉤爪を伸ばす……振り上げて、振り下ろす。


 だが、ラジーはあっさりとその大剣の先端でテルの一撃を受け止めると、その鉄板のような剣の側面でテルを地面へと叩きつける。


「ぐぁっ!?」

「おいおい、人の話は最後まで聞くもんだ。特に名乗りはな。……しかし流石にラーテル系の獣人、血の気が多い。噂通りのやつだな。」

「ゴチャゴチャゴチャゴチャ抜かしやがって……知る……かよ……名前なんて聞いたって、なんにも……ならねぇッ!!」


 一度叩きのめされたのに、テルは全く物怖じせずにラジーへと襲いかかる。


 しかし何度やっても同じ事、ラジーはさらりと体を翻してその攻撃を避けると、もう一度その大剣を振り上げて叩きつける。


 テルは大きく背後にふっとばされて木々に背中を打ち付ける。


「がぁっ!?」

「……いや!覚えられなくとも相手が名乗ったなら名前は聞いておくべきだ。名とはつまり相手を表すたった一つの記号!」

「くっそぉ!」


 テルはまた飛び掛かるが、今度ラジーは剣をテルへと投げつける。すると、テルが一瞬怯んだ内にラジーはその首根っこを引っ掴んだ。そして、また語りだす。


「それを覚えておかなくては世界は有象無象の塊になる、そんな世界はつまらない!お前も名前を覚える相手を見つけろ。」

「なんだ……?何を言ってやがる!?」

「もっとハッキリ言おう。今のお前はモンスターと同じ……ただのケダモノだ。思想も信念もない、そんな思いのまま振るう力は力とすら呼ばない。」

「俺が……弱いだと……!?」

「事実、俺に手も足も出ないだろう?」


 そう言ってラジーはふふふと笑う。テルは不機嫌そうに問いかける。


「……あんたには、思想や信念や……名前を覚える相手がいるってのかよ。」

「無い!無い!居ない!」

「はぁっ!?」


 飛んだ拍子抜けな回答に、テルはますますイラついてくる。あれだけ偉そうなことを言っておきながら何も無いだと……すると、ラジーは続ける。


「しかし、探している最中でもある。」

「あ……?」

「あるないは重要じゃない。その意味を理解する事が重要なんだ。」

「……」


 テルはうつむく……今まで考えたこともなかった。ここまでこてんぱんにされたこともなかった。


「お前、俺に名前を覚えられてみねぇか?」

「あっ?」

「お前のその血の気が多くて手が早い所嫌いじゃない……俺についてくればリベンジのチャンスもめくってくるぞ、どうだ?負けてばかりでいいなら別にいいが。」


 ラジーにそんな風に煽られては、テルも血管を浮かばせてピクピクさせながら、不敵な目でラジーを見る。


「へへっ……上等だ……俺に喧嘩売った事後悔させてやるよ……」

「さて改めて聞こう!お前名前は?」


 ラジーのその問いかけに、少年はまた素敵に笑って答えた。


「テルだ……よっと!」


 そう言って、テルは不意をついてラジーへとその鉤爪を伸ばした………………









「っ!」


 そんな所で、テルは目を覚ます。場所は……どうやら街の病院のようだ。


 妙に小綺麗にされた空間と心地の良いベッドがそうだ徒歩納が注げる……何度かお世話になったことがあるから、感覚は覚えているものだ。


「……起きた?」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはベッドに腰を掛けたインディが居た。


「インディ……あぁ、どうした?」

「いや、どうしたじゃなくて……アンタがどうしたのよ。あんなにボコボコにされて……さっさと逃げればよかったのに。」

「いやぁ……熱が入っちまってな……てっきりもう死んだもんかと思ったんだが。」

「縁起でもないこと言うなってのよ。」

 

 インディはそう言ってため息を付く……この男は本当に一度熱が入るとどこまでも喧嘩をやりたがる。


 この前のチキンの時も必要がないのに追いかけたりもした。全く持って度し難い奴だ……


「にしても、よく病院の入院費だしたな。」

「流石にアタシの基礎レベル以下の回復魔法じゃ同行できるレベルを超えてたからねぇ。まぁ、必要出費よ。」


 必要出費……この世界の病院は、大抵の怪我ならどんな怪我でも治すことができる。


 腕の一本程度ならば本人の治癒力にもよるが、病院に行けば再生回復することが可能だ。


 もちろん、それ相応に代金は高く付く。


 今回のテルの場合は外傷の他にも内臓がやられていたのだが、内臓の怪我は単純な外傷よりも金を取られるケースが多い。


 それだけ手間のかかる回復魔法が必要なのだ。下手な回復魔法だと肉体のほうがドロドロに溶けることだってある。


 掛かる金は……まぁ、今回のテルの怪我の具合ならば、ためておいた金とインディのヘソクリも大半を削って払える程度だろうか。それだけテルは死にかけていたということでもある。


 だから、なるべく病院行きにはなるなと何度も言われていた……今までも、病院行きになった時は、大抵外傷でそこまで大きな怪我でもなかったからなんとかなったのだが……まさかこんな事態になるとは。


 それでも今、テルが生きているということは……そういうことだろう。


 テルも、それに気づかぬほどの馬鹿ではない。テルは寝不足っぽくあくびを掻くインディを見て、テルは珍しく微笑んで言葉を投げかける。


「ありがとな。インディ。」

「パーティーのアンタに死なれちゃ困るってだけよ。」


 インディはそう言って妖艶に微笑むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界ラーテルは喧嘩を売る。 土斧 @tutiono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ