喧嘩売りのラーテル


 それは、突然現れて身勝手にもそう言った。

 ユナの持つ魔機を渡せと言い放った。


 サイバネティックな、魔機の鎧を纏う男……その男の鎧からは、1本のクローのついた機械でできた触手――いや、機械の尻尾が伸びて、アローカの脇腹を貫いていた。


「アローカさん!?」

「がっ……ぐぅ……!!」

「……。」


 鎧の男は、尻尾を巻き戻すとアローカの傷口を内側からえぐりながら尻尾が巻き取られる。アローカは苦悶の声を上げながらその場に血を滴らせてうずくまる。


「女、その魔機を渡せ。」

「ひっ……」


 ユナは思わず腰を抜かす。インディはアローカを支えながらユナと蹲るアローカを守る様に杖を伸ばす。鎧の男は小首を傾げながら呟く。


「……そこを退け、貴様に用は無い。」

「こっちはいきなりちょっかい食らってるのだけれど……?」

「俺が用があるのはそこの女の魔機だけだ。大人しく渡すなら危害は加えん……そこのダークエルフは勝手に庇って勝手にやられただけだ。自業自得だろう?」


 何の悪びれる様子もなくそう言い放つ鎧の男。


 しかし、インディはその不敵な目を鎧の男に向け続ける。


 ユナは自身の魔機……銃を見る、だがすんなりと渡すことができない。それ相応の理由をユナは持っている。


 鎧の男は時間切れと言わんばかりに溜息をついて


「……まぁ、いいか。時間が惜しい……殺してでも奪い取る。」


 そう言うと、鎧の男の腕が変形し剣の様に変化する。男はその剣を向けて、静かに歩みよる。


 そんな彼の後ろから飛びかかるケダモノの影があった。インディが引かない、勝ちを確信する理由があった。


「俺をッ!無視してッ!話を進めてんじゃあねぇぇぇッ!!」


 テルはその鈎爪を、鎧の男へと叩きつける。男の鎧にはほんの僅かに傷がつく。


 だが、つけられた傷直ぐに塞がってしまう。


 テルはそんな光景に目を見開くが、直ぐに元の不敵な眼差しへと戻り、鎧の男を蹴りつけて地面へと降り立つ。


「へへっ……楽しめそうだな……」

「……ラーテルの獣人か……去れ、お前如きに用は無い。」

「俺は用がアリアリなんだよぉッ!!」


 そう言ってテルは書きつ目を鋭くなる尖らせると、鎧の男の前に跳び、振り向きざまに鈎爪で切り裂く。だが、深くは刺さらない。


「……ちぃ!インディ!蜂蜜2瓶で手を打ってやる!早くそこのメイド服兄ちゃんつれて行け!」

「っ!わかった!……必ず戻ってきなさい!」


 インディはそう言ってアローカに肩を貸す。アローカは小声で謝罪するとインディに身を預ける。ユナもアローカに肩を貸して森の中へと逃げ込む。


「ちぃ……」

「おい待ちなよ兄ちゃん。先ずは俺と手合わせしようぜ……」


 鎧の男はユナを追おうとするが、間にテルが割って入る。


 鎧の男は、苛ついた溜息を漏らすと、魔機の鎧を変形させて両腕を剣にする。


 そして、テルへと顔を向けて言い放つ。


「このッ……害獣がッ!!」


 そう言って鎧の男は剣をテルへと向けて、斬りかかる。


 テルは男の一太刀を地面を蹴り上げて避けると、振り下ろされた剣に対してその鈎爪を振り下ろす。


 爪と機械、硬質な物がぶつかり合う音が響いた。


「ちぃっ……」

「硬えな……!」

 

 鎧の男は、片腕の剣をテルへと向ける。テルはもう一度それを後ろに跳んでかわす……が、次の瞬間、機械の尻尾が飛びついてくる。


「うおっ!?」


 テルは咄嗟に片手で尻尾を弾く……が、弾こうとテルの腕と尻尾が接触した瞬間。その腕に尻尾が巻き付いた。


「なっ!」

「!!」


 鎧の男はテルをその機械の尻尾で確りと掴んで彼を木々へと叩きつけた。


「ぎっ!?……こんなモンでぇッ!」


 しかし、テルの皮膚は丈夫だ。この程度の衝撃ならびくともしない。


 テルは自身の片腕に絡みついた尻尾を、その鉤爪で思いっきり切り裂いた。


 切り裂かれた機械の尻尾は、火花を上げながら千切れる。テルは腕に絡みついた尻尾を取って、苛つきながら地面に叩きつける。


「……ッ!あぁ!……オラ行くぞォォォッ!!」


 テルは鉤爪を研いで、鎧の男へと向かう……しかし、次の瞬間不思議な事が起こった。


 切り裂いて引きちぎったはずの、魔機の鎧の尻尾が一瞬の内に再生したのだ。


 さすがにその光景にはテルも驚きを隠しきれない。しかし、止まる訳には行かない。


 テルは鎧の男へと飛びかかるが、鎧の男は、機械の尻尾のテルへと叩きつけた。


 テルふっとばされまた木々へと激突するが、流石にラーテルの獣人、この程度ではやりきれない。


「まだだまだァッ!!」


 テルは今度は木を足蹴にしてもう一度、真正面から飛び掛かる。


 しなひ、今度は、鎧の男の両腕につけられた剣が飛び出したのだ。


 その根元はワイヤーのようなもので鎧と繋がっていた。


 飛び出した剣は、テルの腹部へと突き刺さる。


 テルの硬さ故、貫ぬ事すら叶わないが……その剣は、テルのみぞおちを大きく突くと、彼は口から液体を撒く。


「ぐおっ……がぁぁぁ……」


 すると、鎧の男は静かに言い放った。


「勝てると思っているのか……?確かに有象無象では無いが、貴様の様な手合はいくらでもいる。」

「ッ!!見下してんじゃあねぇぇぇぇぇッッ!!!」


 テルの叫びが、鎧の男の耳へと響き渡る。ケダモノの魂の叫び、だが鎧の男にとってはそれはただの害獣のうざったい遠吠えにしか聞こえないのであった。








 一方その頃、インディとユナ、そして二人に抱えられたアローカは森を抜ける為に進んでいた。アローカは、二人へと言葉をかける。


「済まないな……足を引っ張った……」

「そ、そん事なっ……アローカさんは何も悪くないです!私が……」


 ユナは少し俯いて、自身の持つ魔機……銃を見る。自分は、この魔機を渡せなかった。どうしても……そのせいで、こんな事になってしまった。だが、どうしても渡せない理由が、ユナにもあるのだ。


 ユナは、インディへと静かに問いかけた。


「あのっ……テル、さん……大丈夫……なんですか?」

「んっ?大丈夫大丈夫。アイツは強いから!」


 それは、共に戦ってきたインディのテルへの信頼。テルの強さはインディは良く知っている。


 魔機使い相手は初めてだが、A級モンスターレベルでなければ、やり過ごす程度は可能だ。


「戻ってこいとも言っておいたし、あの男が仮にテルより強くても……程々にしたら隙を見つけて戻ってくるでしょ。」


 インディはそう考えていた。

 テルは、こてんぱんにされるわけないと……あの鎧の男がテルよりも強くとも、テルなら必ず隙を見出して逃げられると。
















「貫かれろッ!害獣がァッ!」


 しかし、現実は違った。


「ガァァァァッッッ!!!」


 テルは、鎧の男の伸びた剣に貫かれる。


「お前がッ!お前如きがッ!俺の道を阻むなァッ!!」


 鎧の男の連撃が、テルへと襲いかかる。


「ぐぁッ!」


テルは反応することすら叶わずに、只管に剣に切り裂かれ、尾を叩きつけられる。


「ぜぇ……はぁ……」


 鎧の男は、いつぶりかの連撃に息をつく……テルはその場にうつ伏せになって倒れていた。しかし、男としても、あれほど食らいついてくるとは想定外だった。


 あの魔機を持った女はもう追えまい……この男のせいで……苛つきが男の中で大きくなっていく。



 すると、そんな男の神経を逆なでするかのように、テルは何度目かに、立ち上がった。


「っ!?貴様ァ……まだやるか!?」

「当然……コレは、俺がテメェに売った喧嘩だ。初めは早いうちから逃げようと思ってたんだが、ヤメだぁ…………とことんまでなぁ……とことんまでやるんだよぉぉぉぉ!!」


 そう言って、テルは鉤爪を伸ばして鎧の男へと駆け寄る。足音が迫りくる中、鎧の男は、腕を剣にして近づくテルへと……その剣を振るった。そして叫ぶ。


「ならば死ねェッ!!!」


 鎧の男はテルに向かってすれ違いざまに一太刀……テルはその一撃に苦しみながらも、振り向きその鉤爪を突き立てる。


「このッ!野郎ォォォォォォ!!!」

「吠えるな害獣がァッ!!!」


 しかし、テルの鉤爪をすり抜けてテルの腹に剣が突き立てられる。


 そして次の瞬間、突き立てられた剣が勢いよく放たれて、テルを吹き飛ばす……パイルバンカーの様にゼロ距離でつるを放ってテルの胸に打ち付けたのだ。


 テルの胸からは、血が溢れていた。まるで液体の入った瓶に穴を開けたようにゆっくりと漏れ出していた。


「がっ……あぁ――――」


 鎧の男は、振り向いて静かに……誰かに呼びかけるように呟いた。


「……ジャド、済まない。失敗した……あぁ、魔機は回収できなかった。」


 ……だが、そんな隙を逃すようなテルではなかった。


「……わかっている。追って連絡を……!?」

「顔面貰ったァァァァァ!!!!」


 テルはそう叫んで、鎧の男の顔面を書きつ目で切りつける。鎧の男の、マスクのような兜に深くついた傷は、またもや一瞬で治癒される。


 だが、その傷の深さたるや、一瞬鎧の男の顔が見えた……といっても、目と鼻と口があることくらいしかわからないのだが。


「へへっ……ざまぁ……みやが――――」


 テルは言葉を言い切る前に、鎧の男の剣に腹を突かれ……その場に倒れる。鎧の男は、テルを見下ろすと切られた場所をそっと手で撫でる。


「……確実に殺ったと思ったが……まぁ良いか。コイツの稼働時間もわずか…………いや、なんでもない。一度戻る。」


 そう言って鎧の男はその場にいない誰かと話し終えると、機械の翼を広げて飛び立つ……その最中で、鎧の男は空間に溶け込むように消えるのだった。その森の中に残ったのは、血を垂れ流すテルと、鎧熊の亡骸だけだった。












「テ……ル……?」


 それから、戻って来ないのを怪しんだインディによって、テルが見つかるまではそう短い時間でも無かったと言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る