二話 ろくろ首③

「お前、そもそも妖がどういったものか理解してるか?」

「知っていますし、以前にも答えました」


 発信機を頼りにビルの廊下を歩きながらふと口を開いて燈が尋ねる…………特にそれは必要な会話というわけでもなく単に彼が耐えられなかったからだ。ロビーを出てからずっと二人は無言だったが、背中にちりちりと感じる早苗からの不信と不満の視線はどんどんと強くなる。彼女は真面目な性格なので適当に食いつきそうな話題を提供すればそちらに意識が向くだろうという意図だった。


「そうじゃなくてだな…………その発生原因とかだ」

「それは解明されていないはずです」

「されていなくても有力な仮説なんかはある」


 あくまで確証がないというだけで、恐らくそうであろうという仮説はあるのだ。


「まずそうだな…………妖はなぜ人を食う?」

「それは…………」


 答えようとして早苗はその理由を知らないことに気づく。妖は人を食うものという事実を彼女は認識していたが、その理由について考えたことはなかった。


「以前、あなたから聞いたドッペルゲンガーの例であれば栄養補給のためでしょうか」

「あってるが、それはどんな生物でも同じじゃないか?」

「…………そうですね」

「俺が聞きたいのは対象が人間に限定されている理由だ」

「…………わかりません」


 素直に早苗は首を振る。自分は勉強のできる人間だと彼女は知っているが、同時に蓄えた知識以外で答えを導き出すことに向いていないのも知っていた。


「そんなに大した理由じゃない。身近に大量にいるからってだけの話だ」

「そんな…………現代なら他にいくらでも食べ物があるはずです」

「現代ならな」


 確かに飽食の時代とも言われる現代であれば他の食糧は豊富にある。


「だが妖が発生するようになったのはもっと昔だ。それこそ大飢饉なんてものがしょっちゅう起こっていたような時代になる」

「つまり妖の発生は飢えが原因ということですか?」

「今のところその説が有力だな」


 食欲は人間の強い欲求の一つだ。遠い昔、大飢饉が起こっていた時代には身近の喰えるものなど全て食い尽くして…………それでも飢えて同じ人間を食うことだってあったのだ。その中でより人間を食べるのに適した進化を果たした存在が生まれてもおかしくはない。


「もちろん人間が飢えたって化け物には普通ならんが、そこは何かしら遺伝子が変異しやすくなる外的要因が絡んでるのではないかと言われてる…………特殊なウィルスとかな」

「それに感染し、飢えがトリガーとなって妖に変異すると?」

「そういうことだ」


 燈は頷く。勉強はできるだけ会って説明されれば理解は早い。


「ですが現代なら飢えとは無縁では?」

「だから妖の発生も減っただろ?」


 文明の発達する前の昔であればそれこそ妖の存在は実在を信じられるほどに語られてきたが今はそうではない。政府も妖の存在を公に認めてはいないが厳格に秘匿してもいない…………単純にその発生頻度が少なく無理に秘匿しなくとも周知できないからだ。


「飢えがトリガーにならない以上は現在に発生している妖はなんらかの隔世遺伝なんじゃないかとも言われているな。遠い昔に人を食うものとなった誰かの血が、ある日突然目覚めるってわけだ」

「あれらがまともに子を残せるとは思えませんけど」

「そうだな。妖は大抵がまともな理性もない獣同然だ」


 妖に変異したその瞬間にそうなる。隠れて獲物を狙うような理性はあるが、人とコミュニケーションを取れるような存在ではなくなる。


「だがまあ人間も複雑怪奇な生き物だからな。何かしらの形で血が繋がることだってあったんだろうさ」

「…………ありえないとはいいません」


 例えば変異の途中で理性を失う前に子をなすことだってあるかもしれない。だからそれはある程度早苗にも納得できる話だったが、ここまで聞いて浮かぶ疑問もあった。


「ですが、この話とろくろ首に何の関係があるんですか?」

「ない」


 きっぱりと燈は告げる。


「ないが、いい時間潰しになっただろう」


 そして早苗が文句を言う前に足を止め、目の前の扉に視線を向ける。


「到着だ」


 ろくろ首の本体がいるその場所を、燈は早苗に顎で示した。五分ほど二人が歩いて辿り着いたのはサーバールームだった。なるほど日中でもほとんど人が寄り付かず隠れるには適した場所だ。


 しかし奥まった場所にあり出入り口も一つしかないから、居場所さえつかめれば逃げ場のない場所でもある。


「高坂の位置はまだ遠いな」


 受信機を見て燈が呟く。それまでの移動速度を考えれば首が本体の元に戻るにはまだ数分の猶予がありそうだ。吐き出してしまえばいいように思うが、撃たれたことでよほど慌てていたのと傷をいやすのに栄養が必要だと判断したのだろう。


「さて、留めはお前が刺せ」

「!?」

「何を驚く、お前は妖を殺しに来たんだろう?」


 その仕事を果たすだけだと顔を固くする早苗へと告げる。


「完全に止まった的だからさっきより簡単なはずだ。出来ないとは言わせんぞ」


 これが出来ないのであれば早苗にハンターとしての資格などないのだから。


「わかり、ました」


 頷く。頷くしかないのだから。


「対象は目も耳も使えないが振動は感知する可能性がある。出来る限り振動を立てないように歩いて対象を見つけたらその場から撃て…………狙うのは心臓でいいだろう」

「…………心臓、ですか?」

「ろくろ首の脳は内臓に紛れていて正確な位置を狙いづらい。心臓の位置は同じだしろくろ首のそれは大型で多少外れても当たる」


 あれだけ長く伸ばした首に血液を供給するのだからろくろ首の心臓は大型のポンプのようなものだ。それを破壊してやれば簡単に絶命する。


「俺は扉の前で待機する、行け」

「…………はい」

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