一話 ドッペルゲンガー①
「よし、それなら一つ講義をしてやるよ。妖についてのな」
「最初から素直にそういう態度でお願いします」
「…………」
堪えるように燈は息を吐いた。一つ無駄な知識でも与えてやるとしよう。
「勉強家のお前さんならとっくにご存知かもしれんが妖と一口に言っても様々な種類が存在する。共通するのはその大多数が人を喰う点だ。ともあれ妖は種類で分けられるくらいには多数いて当然その強弱も出てくる……まあその強弱にもいくらか違いがあるが今は省こう」
彼らの存在は単純に強い弱いと表現できないくらいには怪奇だ。
「で、だ。弱い個体に対しては単純に討伐ではなく捕獲の命令が下ることがある」
「…………研究目的ですか?」
「そうだ」
あまり納得してない表情を燈は無視する。
「妖の根絶を目的として研究する機関がうちにもある。そこには何体かの妖が研究用に捕獲されていて中には制御可能となった個体も存在する」
「制御?」
「まあ、ようは危険性を限りなく取り除けたってことだ」
ちらりと一瞬だけ高坂に視線を向ける。
「そいつの個体名はドッペルゲンガーという」
「…………都市伝説の?」
「ああ」
自分そっくりの人間に会うと数日以内に死に至るという噂話。
「まあ噂通りの性質というわけじゃないがな…………簡単に言えばそいつは単細胞生物のような性質を持っている。無性生殖で自分自身のコピーを生み出せるわけだ。けれど活動するのは常に一体だけ…………オリジナルが死んでしまうまでコピーは仮死状態で眠り続ける」
「予備、ですか?」
「その通り。そいつの存在自体は人間と変わらない程度に脆弱だが常にコピーを作っておくことで一種の不死性を維持しているわけだ…………まあ、生み出すためには人間一人分の栄養を必要とするんだがな」
「…………それで人を喰うわけですか」
明らかに顔をしかめて早苗が呟く。人ひとりを生み出すのに人ひとりの犠牲。それは単純でわかりやすい理屈だからこそよりおぞましく感じられる。
「講義は以上だ」
これで理解できただろう、と燈は早苗を見る。
「興味深いお話でした」
しかしその言葉と裏腹に彼女の表情には不満が残っていた。
「ですが、その妖について説明した意図がわかりません。今後職務としてその妖に遭遇する可能性が高いなどの理由があるのでしょうか」
「…………」
至極まじめに自分へ抗議する早苗に燈は困ったように額を抑える。
「お前、頭が固いとか融通が利かないとかよく言われないか?」
「言われますが、その真面目さは美徳だとも褒められます」
「……………そうか」
自分の意図がまるで伝わらないことに燈は溜息を吐く。
「それならその真面目さで会話の機微というものを学んでくれ。人との交流において口にせずとも察するという能力は非常に重要だぞ?」
「理解はできますが、あなたの場合は私たちを指導する立場なのですから、私たちにわかりやすく説明する義務があると思います」
「…………お前なあ」
ここまでいっても察することができないのかと、燈はわかりやすく目の前で実証してやろうかと腰の拳銃に手をかけそうになった。
「そう言えばあなたは出動していない時にも拳銃を携帯しているんですね。不必要な携帯は職務規定違反ではありませんか?」
「必要だから携帯してるんだよ」
「この部署の中でもですか?」
「そうだ」
むしろこの狭い部屋の中だから必要なのだが、先ほどの話の意図もわからない早苗にはその意味もわからないようだ。
プルルルル
どうしたものかと頭を悩ませる燈の思考を妨げるように内戦が鳴り響く…………ある意味朗報だろうと手早く彼は受話器をとった。
「もしもし」
応えると受話器の向こうからは燈の望んだとおりの内容が伝えられる。仕事がやってくることを望んだことなど今までなかったが、今日だけは別だった。いつも通り一方的に伝えられる仕事の内容を記憶すると彼は受話器を置く。
「喜べ、初仕事だぞ」
これでようやく面倒な新人に現実を教えてやれると、燈は珍しく朗らかに笑みを浮かべた。
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