一話 新人②了

 妖の情報は秘匿されていて、直接関わった被害者でもない限り知ることはない。それを知っているということはつまり被害者かその身内の人間であるかだ。そして妖を狩ろうなんて発想をするのは大抵が家族を殺された被害者だ。


「ある日突然現れたあの化け物は私の家族を殺して、私自身も殺されるところでした…………だけど私はある人に助けられました。その人は私を庇って怪我を負いながらも家族の仇を取ってくれたんです。そしてその後もずっと私のことを気にかけてくれて色々と助けて頂きました」


 恩人に対する感謝と憧れに奴らに対する憎しみ。そして自分と同じ境遇の人間を生み出したくないという正義感。元からの気質なのか真面目な性格もあり、なるほど確かに命を賭けるだけの条件は揃っているのかもしれない。


「その好意を無駄にすると?」


 だからこそ馬鹿にするように燈は尋ねる。その理想に冷水をぶっかけるのは彼女の頭が熱しきった方が効果的だからだが。


「無駄になんてっ!」

「無駄だよ」


 断定する。


「多くの人間を犠牲にして助けられた命をあっさりと失くしてしまうんだからな」

「…………どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ」


 と言っても今度の言葉はさすがに理解できないだろう。


「お前を助けた恩人は俺も良く知っている人だ」


 さらに付け加えるなら直接の上司でもある。


「俺がこの部署に配属した時にはもう引退していたが元は優秀なハンターだったそうだ……ああ、ハンターってのはこの部署の人間を指す単語だ」

「…………知っています」

「そうかい」


 肩をすくめる。


「で、だ。その優秀なハンターはある事件で負った怪我が元で引退した…………その原因は現場で生き残っていた少女を一人庇ったかららしい。それが誰だかは理解できるよな?」

「…………」

「繰り返すが彼は優秀なハンターだった。そのまま続けていれば数多くの化け物を狩っていただろうが…………残念ながら彼は引退してそれは仮定の話になってしまったがな。ああ、これは蛇足だが彼の引退後に後を引き継いだ経験不足のハンターが何人も返り討ちに遭って殉職しているそうだ」


 それは理不尽な言いがかりに近い。なぜなら彼女は助けられただけだ。けれど別の一面から見ればその後救われるはずだった命が彼女のせいで失われたとも言えた。

 

 もちろんそれは全て仮定の話であまり意味はないと燈自身は思っている。なぜなら仮に彼女を見捨てていたとしても失われた命が救われた保証はない…………そこで引退しなくとも次の現場で死んでしまう可能性だってゼロではないのだから。


 だけど彼女はそうは思えないだろう。だって彼女は救われた当事者で、可能性の話だと切り捨てられない程度には真面目だろうから。


「…………」

「この部署や奴らの事なんて忘れて普通の婦警に戻ることをお勧めするね。そうすれば何も無駄にならないし救われる人間だっている」


 後で思えばこの言葉こそが蛇足だったのだろう。


「………ません」

「うん?」

「私は死にませんっ!」


 早苗は叫ぶ。


「私が死ななければ何も無駄にはならないはずです!」


 叫んで強い剣幕で燈を睨みつけた。


「…………そうかい」


 やれやれと息を吐く。


「なら好きにするといいさ」


 失敗した…………面倒なことになったなと内心で呟きながら。


                ◇


「どうしてあなたは彼に冷たく当たるんですか!」

「…………それがお前に関係あるのか?」


 詰め寄る顔にうんざりした表情で答える。面倒になったっという予想は正しく、宮藤が配属されて数日。最初から穏便な関係ではなかったが日が経つごとにどんどんとフラストレーションが溜まっていったらしくついに彼女は噴出した。


「同僚で同じ新人です」

「…………ああ、そうだったな」


 見かけ上は事実だけに面倒くさい。


「あの、宮藤さん別に僕はそんなに気にしては…………」


 高坂もおずおずと宥めようとするが


「あなたももっと強く抗議するべきです」

「…………」


 逆に怒られて押し黙る。


「あー、それで宮藤。お前は俺にどうして欲しいんだ」


 引き延ばすのも面倒なので燈は率直に要望を尋ねた。


「彼を無視しないで先輩らしく私たちにきちんと指導してください」

「…………」


 面倒くせえ、率直に燈は思う。


「指導ねえ…………銃の訓練なら射撃場に行ってこい。好きなだけ撃てるから」


 それがこの部署の唯一の特典のようなものでもある。


「それで私は死ななくても済みますか?」

「…………」


 答えに詰まる。追い込んで諦めさせるつもりの一計だったのだが、逆に彼女自身の強みになってしまったらしい。


「…………ち、わかったよ」


 諦めたように燈は呟く。

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