一話 新人①

 警察署の地下。そこには小さな部屋がある。一般の署員は誰も知らない部署。人ならざる人外の存在を狩る為のその部署では、綾咲燈あやさきとうという刑事がいつも不機嫌そうな表情で時間を潰していた…………今日は、その隣のデスクで怯えるような視線を彼に向ける青年もいるが。


「…………」

「…………」


 不機嫌そうな表情で小説を読み続ける燈にちらちらと高坂が視線を送る。気付いているやらいないやら燈は高坂のほうを一瞥することすらしない。


「あの……先輩」

「…………なんだ?」


 目線はそのままで聞き返す。


「し、仕事とかはないんですか?」

「ない」


 この部署においては仕事=狩りだ。それ以外の間に特にすることはなく自由に時間を過ごしていいことになっている…………わけでもないがそれを指摘する人間が存在しない。しかしそれがろくに説明もされていない高坂に分かるわけもない。


「質問はそれだけか?」

「…………はい」


 その時だけは睨みつけるように高坂を見て追加の質問を黙らせると、燈は再び視線を小説へと戻す。

 頻繁にこの部署に狩りの仕事がやって来ることはない。だがそれまで高坂の相手をし続けなければならないと思うと気が滅入る…………かと言ってまともに扱ってもそれがすぐに無駄になると考えれば面倒くさいとしか思えないのだ。


「…………」

「…………」


 再び無駄な時間が続く


 ギィ


 と思われた瞬間、静かに部署の扉が開かれた。


「失礼します」


 響いた若い女の声を怪訝に思い燈が視線を向ける。そこにはまだ二十歳を過ぎたばかりくらいに見える若い女が立っていた。制服を着ているところを見ると婦警なのだろう。緊張しているのかそれが素なのか、硬い表情でこちらを見ると敬礼の姿勢を取る。


「本日付でこちらの部署に配属されました宮藤早苗です。よろしくお願いします」

「…………は?」


 驚きのあまり燈の手から小説がポロリと落ちた。


                ◇


「…………いや、だから。無理だって言っているんですよ」


 入室してきた早苗をとりあえずデスクに座らせ、燈は内線を使って上司へと連絡を取っていた。秘匿されている部署とはいえ管理するものがいないわけではない。仕事の連絡以外で話をすることはほとんどないが必要があれば連絡することもある…………今回のように。


「頼むって……いや、だから、死にますよ。五割がたどころか九割がた死にますって。それはあんただってわかってることでしょう?」


 物騒な言葉が入り混じりつつも燈は相手を説得しているようだった。しかし返ってくるのが彼の望んだものでないのはその表情から予想できる。


「だから…………って」


 言葉が途切れる。


 プー、プー、プー


 電話が切れたことを知らせる音が受話器から聞こえた。


「…………切りやがった」


 燈は受話器を睨むように見つめる。しかしすぐにそれを戻すと苦虫を噛み潰したような表情で早苗を見た。


「おい、新人」


 呼ぶ。


「はい!」

「はい」


 返事は二人分あったが燈は視線を固定してもう一人は無視する。


「ここがどういう場所だかわかってるのか?」

「知っています」


 答える瞳には強い意志がこもっていた。隣で「え?」というような表情を浮かべている奴がいるが視界に入っていないので問題ない。


「説明してみろ」


 試すような口ぶりで促す。


「有り体に言ってしまえばこの部署は化け物……通称妖と呼ばれる存在を退治する部署です」

「妖ってのは?」

「人を含む生物の一部が変異を起こし、人を襲うようになった存在です。変異の条件はわかっていませんが頻度はあまり多くなく、また同様の現象は古くから起こっています。古くから妖怪と呼ばれる存在がそれに当たり、現在でも個体の名称として用いられます」

「…………」


 よく勉強している。優等生タイプだなと燈は判断する。見るからに真面目そうで理想が胸にある…………それ故に面倒くさそうだと思った。


「退治する理由は」

「……妖が人を襲うからです」


 表情が一瞬こわばったのを燈は見逃さなかった。


「変異した生物の傾向としてそのほとんどが人を主食にします。またその身体能力は人間を大きく超えており一般の人間には非常に危険です」

「そう、危険だ」


 その単語が出たところで燈は質問を止めた。


「新人が銃を持った程度では簡単に殺されるくらいにはな」

「…………どういう意味でしょうか」


 燈は苦笑する。どういう意味も何もそのままの意味に決まっているではないか。


「すぐに死ぬだけだから大人しく普通の婦警に戻れって意味だよ、新人」


 あえてからかうように燈は軽い口調を使った。


「っ!」


 案の定容易く早苗は頭に血を昇らせた。それでも唇を噛んで堪えているのは自分が新人であり燈が上司であることを理解しているからだろう。根が真面目であるが故に上下関係をおろそかにできないのだ…………そういう奴に限って早死にする。


「この部署の話をどこで聞きつけて勉強したのか知らないがな、そういう奴に限って初陣でびびって死ぬ。お勉強で身に付けた知識と現場の恐怖ってのは別物だ」

「恐さならっ……!」


 我慢できないように早苗が叫ぶ。


「あいつらの怖さなら知っています!」

「ほう」


 半ば予想通りの言葉を引出し、満足げに燈は頷く。


「私の……私の家族はあいつらに殺されました」

「…………」


 まあそんなところだろうと燈は思った。

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