プロローグ 鬼③了
「…………」
完全な暗闇の中で光源を失い先輩である
ガタ
その矢先に物音。思わず足が止まりそちらに視線を向ける…………けれど見えるのは暗闇だけだった。
「先輩…………?」
声をかけるが返答はない。
「せ、先輩なら冗談はやめてくださいよ」
口にしながらも燈はそんな冗談をするような人間じゃないとわかっていた。この状況そのものが高坂を引っかける為の壮大なドッキリである可能性もあるが…………そんなジョークのために銃の持ち出しまでは許可されないだろう。
「…………」
ゆっくりと音のした方に高坂は銃を向ける。敵は鬼。高坂は姿すら見たことはないし実在の確認すらしていない。しかしこの暗闇の恐怖感のせいか高坂の脳裏にはその姿がありありと浮かんだ。身の丈高く両の手には鋭く長い爪、口は耳元まで裂け鋭い牙が並んでいる。
「急所を撃ち抜けば…………殺せる」
燈の言葉を
「か、確実に当てるには…………」
燈の言葉を思い出すが…………肝心なその方法を高坂は聞いていなかった。
「…………」
ガサ
「ひっ」
右から聞こえたその物音に思わず高坂は反応した。
バンッ
反射的にそちらへ銃口を向け引き金を引く。マズルフラッシュで一瞬暗闇が照らされ、撃ちだされた銃口が虚空を撃ち抜いた。
「…………は、はは」
乾いた笑いを浮かべて高坂は首をふる。
「そ、そうだよな。鬼なんているわけがな」
その瞬間
「い……!?」
横薙ぎに振るわれた鋭い爪がその首を切り離した。宙を舞った首が床に落ち、それと同時に力を失った体が首から血をまき散らしながら倒れ込む。床に転がった高坂の頭は首の無くなった自身の体に驚いたように目を見開き、そのまま瞳孔が開いて息絶えた。
「グルゥウウウウウウ」
唸り声をあげてその手についた血を払う。それは化け物だった。常人の二回りほど大きな体躯にそれを覆う隆起したような筋肉。両手の先には長い爪が伸び、裂けた口からは鋭い牙が見えた…………そしてその頭部には頭蓋骨が変形したものか、ごつごつと突起のようなものが飛び出ている……まるで角のような。
ぽたり
高坂の死体に視線を向けるその口元から
その口を大きく広げ、堪えきれないようにそれは高坂の死体へと齧り付いた。
◇
虎のように俊敏に動く相手に銃弾を叩きこむのは簡単じゃない。
けれど当てなければ死ぬのはこちらだ。
ならば、確実にあたる瞬間を狙えばいい。
例えばそう、久しぶりの御馳走を存分に味わっている最中とか。
バンッ
大口径の拳銃がけたたましい音を響かせる。その生き物の後頭部を正確に狙って放たれた銃弾はその硬い頭蓋骨を突き破り、脳を滅茶苦茶に破壊して突き抜けた。例え人より並外れた頑丈な体をしていても脳を破壊されては死ぬよりほかはない…………即死だ。
「…………ふう」
燈は息を吐く。潜んでいただけ。一言にすれば簡単だが、鬼に気づかれぬように最新の注意を払って身動きを止め、呼吸すら我慢して機会を待ち…………その上で気づかれぬように背後へと回るのは中々に精神力を消耗した。一つ間違えば死んでいたのは自分なのだから。
「ご苦労さん」
首が無くなり、さらに貪られて損壊した高坂の死体を見やる。半ば予想し、半ば誘導するように起こった結果に燈は後悔…………は欠片も感じずにただ面倒くさいと思った。
「たく」
舌打ちして燈は携帯を取り出す。登録された番号を呼び出す相手はすぐに出た。
「ああ、終わった」
簡単に状況を説明する。
「そうだよ……いつも通りだ」
うんざりしたように。
◇
表向きはごく普通の警察署の地下。そこには小さな部屋がある。そこは一般の署員は知ることすらない部署。人ならざる人外の存在を狩る為のその部署では、綾咲燈という名の刑事がいつも不機嫌そうな表情で時間を潰していた。
バンッ
そしていつものようにそこの扉が大きく開かれる。
「おはようございます!」
その勢いに比例した声と共に若い男が部屋に飛び込んで来た。年齢は二十代前半くらいで純朴そうな表情を浮かべた青年。どこか諦観のようなものを感じる綾咲とは違い未来への希望に溢れたような表情だ…………それが殊更忌々しく思える。
「本日よりこの部署に配属されました高坂昇太郎です! よろしくお願いします!」
実に元気のいい自己紹介だ。
「…………」
それに燈は一目だけ視線をやって戻し
「あ、あの……」
「おい」
今日はなんとなしに気が変わり、もう一度彼を見た。
「お前、ドッペルゲンガーって知ってるか?」
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