第93話 また一人


「お待たせしました、ダージュさん」


「ど、どうも……」


 ギルドの裏口で待っていれば、定時を過ぎたリーシェさんが姿を現した。

 食事の件もそうだが……パーティーの同行者の件。

 これも相談しないといけないとなると、今から胃が痛くなって来るが。


「どうかしました? もう私との食事なんて何度もしていますし、そんなに緊張しなくても」


「あ、えと、そっちも未だに緊張しますけど……今日は、その……別件も」


「あらら、実は私も、ご相談したい内容がありまして。まぁとりあえず、ご飯を食べながらお話しましょうか」


 そんな訳で、リーシェさんと並んで歩き始めた。

 夜の時間帯とはいえ、俺みたいな大男が歩いていれば注目を集めてしまう。

 更に言うなら、隣にいるのはギルドでも人気のリーシェさんなのだ。

 様々な人から視線を集めてしまい、コチラとしては非常に肩身が狭いのだが……。


「今日もリバーさんのお店ですか?」


「あ、すみません……毎回同じより、違う所の方が良かった……ですかね」


「いえいえ、あのお店の料理はどれも美味しいですし。それに、また新作料理を提供しているみたいですから。今日はソレを頼んでみようかなって、ダージュさんも一緒にいかがですか? なんか、すっごく辛いらしいです」


「では、それを、一緒に食べましょうか」


「はいっ! 楽しみです!」


 本人は特に気にした様子もなく、普通に話しかけてくれるのであった。

 女の人って、こういう所皆強いよね。

 俺も、彼女達を見習いたいモノだ。


 ※※※


「“激辛火鍋”という名前だけあって、凄く辛いですね。ダージュさんは、大丈夫ですか?」


 二人して汗を流しながら、一つの鍋を突いていた。

 真っ赤、見事に真っ赤な鍋料理。

 でも、癖になりそうな程に旨い。


「俺は、大丈夫です。元々、辛い物は好きなので。リーシェさんこそ、大丈夫ですか? 無理はしない様に」


 こちらとしては結構慣れているというか、ミーシャにもよく辛い物を作って貰っているので問題ないのだが。

 とはいえ、結構辛いぞコレ。

 お陰で酒の進みが早い事早い事。

 だからこそ、リーシェさんの心配をしてみれば。


「大丈夫ですよぉ~私、結構こういうの好きなので。前に連れて行ってもらった酒場の腸詰とか、あぁいうのも好きなので、結構分かりやすい味の方が好きなのかもしれないです」


 ハフハフと熱い息を溢しながらも、美味しそうに料理を口に運んでいる。

 無理をしているっていう雰囲気も無いし、本当に大丈夫なのだろう。

 よかった。俺が連れて行く料理店でも、毎回ちゃんと満足してくれて。

 本来女性を連れて行くなら、もっと豪華というか……洒落た店の方が好まれるのかもしれないが。

 今の所彼女には、そういう意見を貰った事はない。

 だからこそ、そういう席に同行してくれないかと言い出すのは……大丈夫だろうか?


「あ、あの……食べながらで、良いんですけど。ちょっと、ご相談というか、お願いしたい事が」


「あはは、食べる事に夢中になっちゃいましたね。それで、今回はどうしました?」


 汗を拭い、グラスを傾けてから、ふぅと息を吐き出して此方と視線を合わせて来るリーシェさん。

 さて……い、言うぞ!


「そ、その! 俺と付き合って頂けないでしょうか!?」


「……ふぁい!?」


 あ、違う。これじゃ伝わらない、言葉を端折り過ぎた。

 相手も顔を真っ赤にして、変な声を上げてしまったし。


「す、すみません急に。実は王家のパーティーに招待されてしまって……その同行者に、女性を誘えとイーサンに言われまして。なので……その、申し訳ないのですが……リーシェさんに、お願い出来ないかな、と。付き合わせる形になって、本当に申し訳ないんですが……」


「……」


「本当にすみません! 王家のパーティーとか、行くだけでも緊張するというか、慣れてないと不安しかないですよね……俺も、何かもう意識するだけで膝が震えそうで。だから、同行者には、ちゃんと喋る事の出来るリーシェさんが来てくれれば、と」


 必死に言い訳を続けながら、何度も頭を下げてみれば。

 彼女はムスゥッと非常に不機嫌そうな顔を浮かべ始めた。

 流石に……迷惑だったか。

 それはそうだよな、彼女はクランメンバーではないのだ。

 だとすれば、やはり妹かフィアにお願いするしか――


「ダージュさんの馬鹿。いいですけどね、二度目ですから、良いんですけどね。分かってましたとも」


「す、すみません……」


 何かもう非常に申し訳なくなってしまい、何度も何度も頭を下げていると。

 彼女はビシッと人差し指を立ててから。


「同行者、良いですよ。私が受けます」


「ほ、本当ですか!?」


 喜びのあまり、思わず立ち上がりそうになってしまったが。

 そんな俺に対し、彼女は更に立てた人差し指を近付け。


「でも二つ程、条件があります。これは今回私が相談したかった事、というのと、ギルドからのお願いでもあります」


「は、はいっ! 何でしょう!?」


 背筋を伸ばし、彼女の続く言葉を待った。

 当然だ、こんなお願いを無条件で呑んでくれるはずがない。

 ギルドからのお願いというのは、良く分からないが。

 俺に出来る事なら、何でも叶えると約束しよう。


「一つ目、ギルドからの提案は、貴方のクランに誰かメンバーとして滞在させる事。これは貴方のクランとギルドの関係をより深くさせる為に、一人でも良いから派遣しておきたいというゴマ擦りの様なモノですね。貴方の懐にギルド職員がいれば、いざという時に優先的に手を貸してくれるのではないかという、いわば打算ありきの提案です」


「それはまた……俺は、冒険者なので。何かあっても言ってくれれば、動きますけど……」


「確かな証明というか、保証が欲しいという事ですよ。組織とは、そう言う物です」


 そんな風に言われてしまった。

 やはり、組織というのは未だによく分からないな。

 などと思いつつ、首を縦に振ってみれば。


「で、誰を選ぶんですか?」


「はい?」


「だから、クランに欲しい人間を言ってくれれば、ギルドから職員を提供すると言っています。なので、ダージュさんの“好きな人”を選んで頂きたいのです」


 そう言ってからムスッとした顔をしながらも、真剣な瞳で此方を見つめて来るリーシェさん。

 とはいえ、俺には選択肢など無いと言える状態なのだが。

 だって、ねぇ?

 俺が普通に話せる人って、ギルド職員でただ一人なので。


「リーシェさんに、お願い出来ないかと」


「本当に良いんですか? 貴女の好きな人を選んで良いんですよ?」


「ですから、好きな人を、選びました」


 そんな事を答えてみれば、彼女は何やら赤い顔をしながら口元をモゴモゴさせつつ。

 静かに酒の入ったグラスを傾けた。


「えぇと、あれ? 何か、不味い事、言いましたか?」


「いえ、別に。“好きな人”を選べと言って、私を選んでくれた事が……嬉しかったので」


「あ、はい。えぇと、良かった? です」


 何やら良く分からないが、彼女が嬉しかったのなら良かった。

 と言う事で、コチラも酒を傾け始めてみれば。


「そして二つ目です、コレは私からのお願いというか、我儘になります」


「そうか、二つ条件があるって、言ってましたもんね。お聞きします」


 今一度気を引き締め、真剣な眼差しを彼女に向けてみると。

 リーシェさんは大きく息を吸い込んでから。


「ちょっと……本当にちょっとで良いので、支部長に圧を掛けてくれませんか? 私がダージュさんのクランに参加するなら、なるべくクランの方に貸せ、みたいな」


「え、えぇと? それはどういう意味が……」


「そしたら、私はクランの方で多くの時間が使えます。ギルドとの橋渡しの存在になるので、断わられる事は無いと思いますが……お願い、出来ないでしょうか?」


 なんか、全然分からないけど。

 とりあえずそうして欲しいというのなら、了承しよう。

 こっちで働いてくれる時間を増やすというのは、非常にありがたいし。

 でも、良いのだろうか?

 あ、もしかしてアレか?

 今の仕事が大変過ぎるから、少しでも休憩時間を増やしたいのだろうか?

 確かに俺のクランは、まだ何も方向性が決まっていない。

 だからこそ、暇になる時間は多いだろうしな。

 普段から忙しそうな彼女が休める環境を作れるのなら、大歓迎だ。


「分かりました。俺の方から、ギルド支部長に提案してみます」


「ありがとうございます! コレで私もダージュさんのクランメンバーですね、あとで書類にサインしに行きますから! って、あ、そうだ! ダージュさんの家の鍵、ずっと返しそびれちゃっていたんですよね。コレ、お返しします」


 そう言って差し出される、我が家の鍵。

 リーシェさんが酔いつぶれてしまった後、俺もミーシャも家を空けた影響で預けた物品だった訳だが。


「あの、ソレ……リーシェさんが持っていてくれませんか?」


「え、えぇ!? いやいやいや、私が持っていたら不味いじゃないですか!」


 そんな事を叫ぶ彼女だったが、今日の事を思い出すと絶対そうした方が良いだろう。


「クランの方に時間を多く使える、というのなら、出来ればその……クランに関わる仕事をしている間は、俺の家に、居てくれませんか? まだ本拠地が無いので、皆何かあると、ウチに来ます。なので俺がいない間は、リーシェさんが家に居てくれれば、安心かな……と」


「いや、でも、あの……いいんですか?」


 鍵を握り締めたリーシェさんは、真っ赤な顔を此方に向けて来る。

 今回もやはり、飲み過ぎてしまったのだろう。

 辛い物をずっと食べていたからな、普段以上に俺も飲み過ぎな傾向がある。

 こればかりは仕方のない事なのだろう。


「ですから、ソレは貴女が持っていて下さい。ご迷惑、お掛けします」


「い、いいえ……こちらこそ、ありがとうございます……」


 何故か、お礼を言われてしまった。

 これ以上酔っぱらって帰れなくなる前に、送って行った方が良さそうだな。

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