第91話 悪い物語も、また愉悦


「フフッ、フフフ。また一つ、英雄譚となるべき物語が生れましたね?」


 微笑を溢しながら、今回の件の報告書を読んでいれば。

 ズバンッ! と大きな音と共に、テラスの扉が開かれた。

 あぁ、嫌だ嫌だ。

 どうしてこう私の“平穏”というのは、すぐに崩れてしまうのか。

 などと考えながらため息を溢していれば、現れたのは兄さま。

 この国の王子の癖に、妙に短気な所がどうしても直らない人物。

 なんて事を思って、呆れた表情で彼に視線を向けてみれば。


「また、やったな? “マリアリーゼ”」


「はて、何の事でしょうか?」


 今度はどんな内容で文句を言って来るのかと、思わずゲンナリしながら演技掛かった大きなため息を溢してみると。

 彼は、更なる激情を顔に浮かべ。


「いい加減にしろ! 我が国に“英雄”なんてモノは必要無い! その為に騎士団を育てているんだ! 何故分からないんだ!?」


「それこそ、何故お兄様方は理解してくれませんの? 英雄とは、国どころか世界の象徴。そんな存在が我が国から生まれるのなら、良い事尽くしではありませんか」


「ふざけるなマリアリーゼ! 貴族や騎士ならまだ分かる。しかし今回仕事を頼んだ相手は、“平民”だぞ! これがどういう意味なのか分かっているのか!?」


 激昂する兄さまに再びため息を溢し、冷えてしまった紅茶を口に含んだ。


「いったい何を言い出すかと思えば……平民から英雄が生れる。こんなの、物語では定番じゃないですか。むしろそうであるから盛り上がる、成り上がるからこそ、民衆が求める娯楽になるです」


「民とは、国の宝だ! 彼等は自らの仕事して、国に貢献してくれている! だというのに、そんな相手に重すぎる責任を背負わせるな! かの御仁がクランを組んだ場合、間違いなく国に関わる組織に発展するだろう。なんたって竜殺しだ、注目されない訳が無い。しかしそんな“噂話”ばかりに影響され、個人では対処出来ない問題が降り注いだらどうする!? だから私は反対したんだ! あの冒険者は、人の注目を集めすぎる! その時国は、一人の人間では抱えきれない程の重責を背負わせる! 今すぐに止めさせるべきだ!」


 その言葉に、思わず笑い声を上げてしまった。

 何を言っているのだろう、この人は。

 人の注目が集まる、そんなの当たり前だ。

 だって相手は、“英雄”なのだから。


「お兄様こそ、少し冷静になった方が良いのではなくて? 彼は英雄、だからこそ人の目を集める。更に言うなら、今回の戦場も誰一人犠牲者無く終わらせてみせた。コレを英雄の所業と言わず、なんというでしょうか?」


「彼が有能で優秀なのは認める! しかしソレだけなんだ! 頼むから、誰かを祀り上げる様な行動は止めろ! 彼が必死に作り出した実績を、“当たり前”にする事だけはあっちゃいけない。今後彼が関わる仕事に、この実績が付いて回るんだぞ!? そんな事になれば、間違いなくリーダーとなる彼は壊れる! 今一度考えなおせ! 彼は英雄として生まれた訳ではない、ただ一人の人間なんだ! それらを考慮して、俺達にとっては彼も守るべき存在だと理解しろ!」


 あぁ、もう。

 お話にならない。

 コレだから兄さま達は頭が固いんだ。

 冒険者、ダージュ。

 前回は騎士団と協力し、竜の討伐。

 そしてこの前は、過去の書物に残る“鳳凰”の討伐。

 更に今回は、国が関わるべき規模のスタンピード。

 協力者を集め、未登録クランのままコレを殲滅。

 これだけでも、普通ではない。

 彼は、もっともっと上に行ける存在なのだ。

 だというのに、何故分からないのか。

 この国から、英雄譚が一つ生まれようとしている瞬間だろうに。


「何度でも言う。彼は、人間だ。だからこそ、あまりにも大きな負担を掛けるのは、今すぐ止めろ。俺は彼に対し、普通の冒険者として生きて欲しいと思っている」


「欲が無いと言うべきか、臆病だと言うべきか。彼は既に前に進み始めています。自らの意思で、組織を作ろうとしています。それをわざわざ妨げるのが、我々のする事でしょうか? お兄様こそ、もう一度考え直すべきでは?」


「その機会に乗っかって、無理難題を国の民に吹っ掛けるなと言っているんだ! 彼は平民だ! 前回も位や表彰を断っている! だったら守るべき民に他ならない!」


「我々を守れる力があっても、ですか?」


「関係ない事だ! 彼の力は彼の物であり、我々が好き勝手に扱って良いモノではない! 国は民を守る保証となり、騎士は民を守る剣となる。兵士は秩序を守る盾となり、民は安心して暮らせる国の為に貢献する。コレが国のあり方だ。なり上がる事を否とはしないが……お前がやっている事は、立場を超える責任を背負わせているに過ぎない!」


 叫ぶ彼に対して、コチラとしては何度でも大きなため息を溢す他無かった。

 あぁ、面倒臭いなぁ。

 そんな事を思いながら、相手に視線を向けてみれば。


「……なる程、お前が全く意見を変えるつもりが無い事は理解した」


「ご理解頂けて、何よりです」


 ニコッと微笑みを溢せば、相手は更に表情を引き締め。


「彼がクランを組んだ際には、コチラからも干渉させて頂こう」


「はぁ? 今まで散々反対していた身の上で、成功を収めれば掌を返しますか。随分と面の皮が厚い御様子で」


「何とでも言え。少なくとも俺は、彼を“平民”として扱う。どんな立場に立とうとも、彼は我々の保護対象だ。ならば、危険から遠ざけるのも我々の務め。お前の言う“英雄”など、所詮夢物語だ。彼は、我々が保護する。ちゃんと仕事をして、ちゃんと生きている人間なんだ。ならば、目を掛ける理由にはなる」


「本当に、喧嘩腰ですわね。お兄様は」


「お前のせいだろうが。憧れを捨てろとは言わんが、立場上現実を見ろ。それだけは、言っておこう」


 そんな事を言いながら、兄さまはテラスを後にするのであった。

 あぁ、本当に。

 面倒くさい事が多い世の中ではありますが。

 さぁ、ダージュ様。

 次はどんな物語を見せてくれますか?

 私は、ソレが楽しみでなりません。

 ニヤける口元を隠しながら、夜空に浮かぶ月を眺めるのであった。

 このまま彼が突き進めば、いったい何を見せてくれるのか。

 それが英雄譚なのか、それとも愚者の行進なのか。

 実に、楽しみでありません。

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