第90話 リーダー
相手の武器と、コチラの武器を叩き合わせた。
こちらの刃が相手の大剣に食い込み、竜人はチッと舌打ちを溢す。
本当に、良い仕事をしてくれる。
見た目の割にかなり切れ味が良さそうな敵の武器に対して、俺の大剣が押し勝つ事が出来ている。
相手の剣を受ける度に表面に付いた黒い塗装が剥がれ、少しずつ綺麗な銀色の刃が露見していく。
「どうした、竜人。この程度か」
「黙れエェェェェ!」
連撃を叩き込んで来る相手の剣を、コチラの大剣の腹で受けながらも、イーサンに合わせて位置を調整する。
そして俺が相手に隙を作れば、この男が動かない筈も無く。
「フンッ、所詮はトカゲ頭か」
嘲るような笑い声を洩らす彼の剣が、相手の背中から連撃を食らわせ、間違いなくダメージを蓄積していく竜人。
戦士同士の戦いで、二対一では卑怯かもしれないが。
しかし、コレは戦争だ。
卑怯だと思うのなら、そう囀りながら沈め。
「どらぁぁ!」
「クッ! 人間、卑怯!」
「此方の何倍も数を集めておいて、ソレは今更過ぎる言い訳だな!」
防御姿勢の相手に対し、大剣を叩き込んだ。
周囲ではランブルとシスターが暴れ回り、端から駆逐していく光景が視線の端に映っている。
更には騎士団の皆も正面からぶつかり合い、一気に前線を押し上げている光景が。
勝てる、この戦争。
だからこそ、そのまま大剣を振るい続けた。
「コンナ、事して、恥ずかしくない、ノカ! 剣士は、一対一で戦うモノ、だ!」
相手が何やら訴えかけて来るが、知らん。
というか、聞くに値しない。
「戦場では数が全て、この時点でお前達は勝利している。策を講じて戦場を荒らす、それは定石。相手の策に嵌ったのは、貴様の無知が招いた結果。ならば、指揮官であるお前の責任だ。言い訳をするのは構わないが、敵に対して講じる事ではない。俺達戦士は、今この瞬間を生きているのだ。なら、生き残る為に頭を使うべきだ」
そう言いながら、相手に大剣を叩き込み。
防御した相手をそのまま岩壁に叩きつけた。
押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまった様だが。
構わずそのまま腕に力を入れる。
「半数にも満たない相手に敗北した。それは全て、お前の責任だ。貴様はその責任を背負って、死ね。お前の無知が、お前の慢心が。仲間を殺した。ソレを感じながら、天に帰れ」
「人間如きガァァァ!」
「その人間に、お前は敗北したんだよ」
それだけ言って、岩壁ごと大剣を引き抜いた。
相手は真っ二つに両断され、背後の岩壁には大きな傷跡が残ってしまったが。
討伐、完了だ。
「大将、討ち取ったり! さぁどうする貴様等、俺達に魔物を逃がすという選択はない……抗うのなら、相手になろう。しかし逃げるのなら……本気で逃げろ! 俺達“人間”の牙に怯え、本気で逃げてみせろ!」
宣言してみれば、残っていた魔物達は一斉に逃げ始めた。
こんな逃げ場のない場所で、一斉に背を向けて走り始めた。
「傭兵部隊! 一斉射撃! 駆逐せよ!」
魔物なんぞ、残しておいても得はない。
だからこそ、ココで情を掛けてやる必要も無い。
それは分かっているのだが。
逃げ惑う相手に、雨の様に降って来る矢の数々。
あぁ、本当に……嫌な光景だな。
しかし、俺達が生きて行く為には必要な光景。
これからクランを組むというのなら、こういう決断だってしなければいけない。
だからこそ、息を飲みながらも唇を噛んだ。
分かっていた筈だ、殲滅という言葉の意味を。
俺達が生きて行く為に、必要な事が何なのかを。
だからこそ、中止の命令は出せない。
これらの一匹でも逃がせば、それは人間の驚異に代わるから。
唇を噛んだままその光景を眺めていれば、やがて降って来る矢は無くなり。
「ダージュさん、報告致します。残党、ありません。完全勝利です」
ダリアナさんが、そんな言葉を残した。
そうか、全員死んだのか。
俺達の勝利、だからこそ……喜ぶべきだなんだろう、カチドキの一つでも上げるべきなのだろうが。
静かに膝をついて、掌を合わせた。
「ダージュさん?」
「すまない、本来なら雄叫びを上げる所なのだろうが……俺には、出来そうにない。だから、祈る。次は、友人になれる様に。俺は、彼等の静かな眠りを願う」
この奇行に影響されたのか、皆その場に膝をついて祈りを捧げ始めた。
普通の戦場なら、絶対に違う。
自らが生き残った、勝利したのだと声高らかに叫ぶべきだ。
ソレが戦った者への礼儀、死んだ者達への手向け。
だというのに、俺達は静かに祈りを捧げた。
戦って、倒してしまった者達の安然を願って。
終戦後としては、あまりにも静かな光景。
敵だった相手に対し、騎士も、傭兵も、冒険者も。
そしてシスターまでも魔物へ祈りを捧げるという奇妙な最後。
俺たちの組織は、どこまでも普通とは違うのかもしれない。
こういう組織が作りたかった訳ではないが、ソレでも。
コレを変えようと思えないのも、また事実だ。
「コレは、俺の“偽善”だ。言葉が通じるのなら、もしかしたら分かり合えるかもしれない。だが、殺してしまった。だから俺は、祈る。ただ……ソレだけなんだが。それでも、もしも。“次”があるのなら」
「ダージュ、良いのですよ。祈りとは、人々の欲望です。誰だって、自分勝手なのです。だったら、貴方は貴方の我儘を祈りなさい。ソレが叶うかどうかは別として、貴方がそうありたいと望む心は本物です」
そう言いながら、シスターが祈りつつ声を返してくれた。
なるほど、そういう考え方もあるのか。
正しい人が救われる、正しい願いだけを神様が掬い上げてくれる。
そんな風に思った事もあったが、一度も神様に救われた事はなかった。
だからこそ、俺の願いが不適切なのかと思っていたが。
祈りとは、願いだ。
ソレを言葉にして、心に抱いて。
それら自らの欲望を明確にして、改めて自覚する為にあるのかもしれない。
「帰ろう、皆。仕事は終わった」
言葉を残しながら、立ち上がってみれば。
皆は静かに撤退準備を始めてくれるのであった。
あぁ、本当に。
リーダーというのは、難しいな。
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