第88話 ドラゴンブレス


「流石ですね、兄さん」


 後衛として待機していた私達術師。

 皆が、その光景を目に焼き付けていた。

 “英雄の武器”の保有者が三人、これだけでも圧倒的だというのに。

 イーサン騎士団長、彼はもはや“ズル”を使わない状態でもその域まで達している。

 そんな化け物みたいな前衛四人が暴れ回り、フィア先輩が彼等のサポートを行っている。

 いつまでも新人という立場から抜けきらない、なんて自らを低く評価していた彼女だが。

 この光景を見て、フィア先輩の事を未熟だと言える人間がどれほど存在するだろうか?

 あの四人に付いて行けているだけで、共に戦場に立てるだけで。

 ある意味“超越”しているのだ。

 普通の人なら、絶対に及び腰になってしまう。

 普通の人なら、この状況で逃げ出さない筈がない。

 それでも彼女は彼等に続き、死の恐怖を押し殺しながらながら皆の補助を行っている。

 こんなの、そこら辺の人なら絶対出来ない偉業だろう。

 などと思っていれば、再び鏑矢かぶらやが二本。

 どうやら、第二陣が接近しているらしい。

 チラッっと谷の上へと視線を向けてみれば、敵を観察しているであろう者達がブンブンとランタンを振っているのが見えた。

 そして、魔道具を使って青い光を点滅させている。

 つまり。


「兄さん! 第二陣接近! 大規模です!」


 叫んでみたが、聞こえているのかいないのか。

 第一陣を端から片付けている皆。

 しかし、コチラは魔法の準備止める訳にもいかず。


「皆さん! 第二陣が攻撃ラインに入った知らせを受けた瞬間、軽くで良いので魔法を放ってください! 当てなくても良いです、前衛に事態を知らせて下さい!」


 私がそう叫べば騎士団の皆様は再び剣を構え、傭兵達は弓矢を構える。

 そんな準備を進めている内に、また観察している者達から合図が送られてきて。


「撃って下さい! 前衛を下げます!」


 声と同時に魔法が放たれ、乱戦状態の前衛組の近くを魔法が通り過ぎる。

 ここでようやく事態に気が付いたのか、攻め込み過ぎた前衛達が此方を振り返った。


「兄さん! “空”へ! 攻撃を開始します!」


 魔法によって拡張された大きな声を上げてみれば、前衛達は兄さんにしがみ付き。

 そのまま“空碧”の効果を使い、空に向かって駆けあがっていく兄さん。

 これで、巻き込む心配は無くなった。

 であれば。


「騎士団の皆様、“防御”をお願いします」


 兄の作戦通り、騎士団の皆様は私達の正面に“全員”で魔法防御壁を作り上げていく。

 さて、私の出番だ。

 この一手を、第二陣の殲滅を任されたからこそ。

 私はこの一撃に、全てを賭ける。

 例え一撃を放って魔力を使い切り、この後動けなくなってしまったとしても。

 竜さえ殺せる……かもしれない一撃を、ここで成功させる。

 それこそ私の目標であり、兄と並ぶ条件。


「この魔法に、“名前”はありません。ひたすらに周囲の魔素を調整し、管理し、支配する。その上で、私が“切っ掛け”を与え、環境を変化させる。ある意味……古代魔法に近い現象。行使させて頂きます、私の研究成果。とくと、味わいなさい」


 ニィッと口元を吊り上げてから、正面に杖を構えた。

 出現させるのは、変化させる環境は騎士団の皆様作ってくれた“プロテクション”の向こう側。

 何人もの騎士達で作り上げたこの魔術防壁が、私の魔法を防いでくれると信じて。

 “竜さえ殺せる一撃”を、初お披露目する事になるのであった。


「炎よ踊れ、風よ吹き荒れろ。空気の流れを調整しつつ、燃え上がる炎は全てを焼き尽くせ。全ての空気を燃やし尽くす勢いで、呑み込み、支配しろ! 名づけよう、今この瞬間! この魔法は、この攻撃は! “竜の息吹ドラゴンブレス!”」


 叫んだ瞬間、魔法壁の向こう。

 まだ残っていた初陣の魔物、追加で現れた魔物達。

 それらを全てのみ込む轟炎が巻き起こった。

 しかもソレは風の魔法と掛け合わさり、他の発火しやすい物質も混ぜ合わせ。

 更に言うなら、谷底と言う事もあり勢いよく後続に向かって炎が空間を呑み込んでいく。

 全ての物が焼かれ、谷底から上空に向かって竜の息吹の如く炎が噴き出し。

 霧を蒸発させながら、周囲の温度をあり得ないぐらいに上げていく。

 あぁ、これ……一応術として完成はしたけど。

 完全に環境破壊魔術だ、普段使ったら絶対国から怒られる奴だ。


「ミーシャさん、コレはその……しばらく続きますか?」


 何やら冷や汗を流しながら、女騎士が此方に声を掛けて来るが。


「あぁ、えぇと。もしかして、防壁が不味い……とか、ですか?」


「正直、そろそろやめて頂けると……嬉しいです」


 と言う事らしく、一旦魔法の行使を止めてみれば。

 一斉に魔術防壁を解除する騎士達。

 そして隔たる物が無くなってみれば、急速に吸い込まれる空気と此方に流れ込んで来る熱風。

 うわっ……谷だから上は開いている筈なのに、こんな事になってしまうのか。

 本当に使い所が限られた魔法になってしまったな。

 まぁ、他にも色々と考えてあるから別に良いけど。


「さて、どんな感じになりましたかね」


 谷の上に向けてランタンを振ってみれば、相手からは少々遅れて反応が帰って来た。

 第二陣、撃破だそうだ。

 まぁ効果としては申し分なし、と言った所だろうか。

 などと思っていいれば、上空から兄さんたちが帰って来た。


「お帰りなさい、兄さん。無事でしたか」


「まさか、上空まで被害が出るとは……熱かった」


 これは、大変申し訳ない事をしてしまった様だ。

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