第87話 戦場を支配せよ
「報告! 第一波接近!」
斥候からの報告に、周囲の空気はピリッとした緊張感に包まれる。
深い霧に包まれた谷底、としか表現できない場所で。
俺達は相手を待ち受けていた。
今回ばかりは随分と街から離れた場所まで来てしまったが、あまり近くでは街に被害が出るかもしれない。
そして方角的に、相手は間違いなくココを通る。
「仕掛けはまだだ……術師、弓兵。正面から潰してくれ」
「了解しましたダージュさん。全員、剣を抜け!」
騎士団の皆が剣を抜き放ち、正面に構える。
一見このまま近接戦を始めてしまいそうな雰囲気だが、彼等彼女等は魔法が使えるのだ。
突きの様な姿勢で構えられた長剣は、術師にとっての杖と変わりない。
「ウチにはそんなお上品な存在は少ないんでね。お前等ぁ! 弓を構えろ!」
傭兵達も騎士達と共に並び、各々弓を構えていく。
どうやら中には腕利きも居るらしく、やけにゴツイ大弓を構えている者まで居るくらいだ。
組んだばかりだからこそ、相手の実力を正確に把握している訳ではない。
それもあって必要以上に安全マージンをとったり、“仕掛け”の方に力を入れた訳だが……これは、正面火力だけでも相当な物だろう。
「ダージュさん、私達は……」
「まだ、待機だフィア。俺達が暴れるのは相手が見えてから、まだ待つ」
「うひぃ……皆何かやってるのに、見てるだけって結構キツイですね。こう、そわそわします」
「適材適所、誰かに頼れる所は全力で頼る。それも長期戦の基本だ」
「了解、覚えておきます。先輩」
今の所、まだ相手も先行している部隊が近付いて来ているだけ。
だからこそ、温存しなければ。
しかし、次がいつ来るかも分からない以上。
「ミーシャだけは、準備しておけ」
「加減無しの大規模殲滅魔法、ですよね。ですが……本当に大丈夫ですか?」
「ここに居る術師は、騎士達だ。信じろ」
そんな会話を繰り広げていれば、霧に包まれ視界の悪い先から。
ピュー! っと音を鳴らしながら、一本の
どうやら相手が、射程内に入ったらしい。
では、始めようか。
「開戦だ……狼煙を上げろぉぉぉ!」
大声で叫んでみれば、周囲に居たリーダー格がすぐさま動き始め。
「全員、放てぇぇぇ!」
「決められた場所に矢を射るだけだ! 明後日の方向に飛ばすんじゃねぇぞお前等! ってぇぇ!」
騎士と傭兵達の遠距離攻撃が一斉に放たれ、霧の中へと数々の攻撃が叩き込まれる。
更には崖の上に待機している面々も、下に向かって矢を放ったり岩を落としたり。
前面からの攻撃が来るタイミングに合わせて攻撃した為、敵の注意は此方に向いている事だろう。
未だ視認は出来ないが、霧の向こうからは魔物の叫び声が聞こえ、更には此方に接近してくる足音が聞えて来る。
本格的に、相手も動き出した様だ。
それと同時に、鏑矢が二本飛んで来た。
予め決めていた合図。
先行部隊の半数は殲滅出来た、と言う事らしい。
「遠距離組は次の攻撃を準備。そのまま、動くな。残ったのは……俺達に任せろ」
大剣を引き抜いて遠距離組の前に出てみれば、俺の周りには数名の戦士が並ぶ。
「俺が正面、暴れる。イーサン、補助を頼む。フィア、術師一人で不安かもしれないが……一緒に来てくれ。他の術師は、全て攻撃に集中させる」
「あぁ、任せておけ」
「りょ、了解です!」
ニッと口元を吊り上げるイーサンと、グッと杖を腕に抱くフィア。
そして。
「私と、そちらの槍使いのお友達が左右から削る。それでよろしいですね? ダージュ」
「槍使いのお友達って……俺はランブルってんだ、シスター。アンタ本当に戦えるのか? 下がってても良いんだぜ?」
「あらあら、今度は随分お優しい男の子をお友達にしたのですね。嬉しい限りです。しかし、心配ご無用。これでも“宝剣”の所有者ですから」
「はーっはっはー……はは、マジかよ。ここに三本も“英雄の武器”があんのか」
シスターとランブル。
こちらに関しては全く問題ないらしい。
緊張した様子も無ければ、むしろ“慣れている”と言わんばかりだ。
ちなみに、この場に“英雄の武器”は三本ではなく四本なのだが……まぁ、今は良いか。
「では、行くぞ……」
グッと大剣を掴み、正面を睨めば。
皆武器を構え、姿勢を落として相手を待った。
まだだ、もうちょっと。
相手の姿を確認せずに突っ込むのは愚策。
しかし急接近して来ているのも確か。
だからこそ、判断を間違っちゃいけない。
焦れる、非常に焦れるが……待て。
そんな事を思いながら、ジッと待っていれば。
「見えた! ミノタウロスが正面に集合している! 左右には細かいのが集結しているが、シスターとランブルの位置を交代! ランブル、固い相手を頼む! シスターはとにかく数を減らしてくれ!」
「「「了解!」」」
「全員、突貫!」
攻撃指示と同時に飛び出し、走り寄って来る相手に大剣を振り抜いた。
多い、非常に多いが。これだけの面々が揃って居るのだ。
負ける気は、しない。
で、あるなら……俺は、“いつも通り”やれば良い。
「どらぁぁぁ!」
「もっと雑で良いぞ、ダージュ。援護する」
「速い! 速いですって! いやでも一匹も漏れて来ないのスゴッ!?」
俺が相手の正面から突っ込み、追従する形でイーサンが魔法付与された長剣を振り回す。
少し遅れたフィアが俺達に補助魔法を掛けながらも、片手間に牽制攻撃を仕掛けてくれる為、相手の足も一瞬だけ止まる。
いける、これなら俺達だけでも殲滅出来る。
更に言うなら。
「っしゃぁぁ! 余裕だぜ! おい暴風! もっとこっちに寄越しても問題ねぇぞ!」
「フフッ、皆様元気が有ってなにより。頼もしい限りです。コレは私も、もう少し本気を出さないと後れを取ってしまいますかね?」
良い勢いで端から大槍を叩き込んでいくランブルも流石だ。
彼の槍はどんなに固い相手でも的確に一撃を叩き込み、しかも突きが異常なまでに速い。
連撃ともなれば、面白いくらいに正面からバッタバッタと倒していくではないか。
そしてシスター、こちらはもう言う事が無い。
空碧のナイフを俺に譲渡した事により、高速移動は出来なくなってしまったと言っていたのに。
それでも充分過ぎる程の速度で戦場を駆けまわり、まるで重力を感じさせない様な動きで空を舞う。
彼女の周りには幾本もの長剣が飛び回り、敵は近づく事さえ出来ずに殲滅されていく。
強い、皆凄く強い。
この集団をまとめる人間にならないといけないと考えれば、少々背筋が冷える思いだが。
それでも、これまでに無い程口元は吊り上がるのであった。
これは、俺も頑張らないとな。
「イーサン! ペースを上げるぞ!」
「どうぞ? お前が頑張り過ぎるせいで、少々暇を持て余していたんだ。暴れろ、ダージュ。もっと雑に、大袈裟に、雄叫びを上げろ。俺が知っている最強のお前は、そういうヤツだ」
余裕の笑みを返して来るイーサンに一つ頷いてから、今まで以上に全身に力を入れた。
殲滅せよ、それが今の俺達の仕事なのだから。
「ガアアァァァァァ!」
「ハハハッ! なかなか面白い事になって来たじゃないか。いいぞ、俺も付き合わせろダージュ!」
「ちょいちょいちょい! 二人共暴れ過ぎですって! もはや人間がしていい動きじゃないんですけど!」
フィアの叫びを聞きながら、俺達は戦場を蹂躙する。
この光景が、後に“狂戦士と聖騎士の乱舞”とか恥ずかしい名前を付けられたらしい。
俺は狂戦士でもないし、イーサンも聖騎士ではなく魔法剣士なのだが……。
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