第86話 多種多用、しかし目的は一つ。
「本当に、行くんですか? こんなの、普通の冒険者だったら絶対受けませんよ?」
早朝、まだ冒険者達も集まっていない時間。
ギルドに顔を出せば、リーシェさんが心配そうな顔で待っていた。
「例え、間違いなく死ぬような依頼だったとしても、王家の人間から依頼されれば……断る事は出来ませんから」
「……それなら、逃げて下さいよ! この街に留まる理由も、この街を絶対に守らなければいけない理由も、アナタにはありません! 必要以上に目立ってしまったというのなら、他所へ逃げて一から始めれば良いんです! 例え凄く大変だったとしても、死んでしまうより何倍もマシです!」
彼女の叫び声が静かなギルド内に響き渡り、本日の準備をしていた他の受付嬢達もチラチラと此方に視線を向けて来る。
やはり俺は、変な所で目立ってしまうな。
だからこそ、悪目立ちというか……怖がられるのだろう。
普通の冒険者は、こんな風に担当受付嬢を本気で泣かせる事等ないのだから。
ボロボロと涙を流しながら、それでも此方を見つめて来るリーシェさん。
あぁ、本当に俺は……駄目だな。
女性を泣かせる様な行動は取るなと、シスターにも昔教わった筈なのに。
「生きて、帰ってきます」
なんの保証も無い、俺の気持ちの表明でしかないが。
思わず、口にした。
「私は! 逃げて下さいと言っています! 王族の依頼なら、確かに断る事は出来ないのは分かっています! でもこのまま貴方を送り出す事が、私にはどうしても――」
「“いってらっしゃい”って、いつもみたいに言ってくれませんか? そしたら俺は、全力で生き残ります。“おかえりなさい”って言って貰う為に、ちゃんと帰ってきます。リーシェさんの元に、俺は……帰ってきます」
そう言葉にすれば、彼女はグズグズと鼻を啜りながらも下を向き。
次に顔を上げた時は、とても無理をした様子で……笑ってくれたのだ。
「もう、私が何を言っても無駄って事なんですかね。でも、諦めた訳じゃありませんから。期待しております、信じております。ダージュという名の剣士は、絶対に帰って来てくれる。そう心において、いつまでも……貴方の帰りをお待ちしております。“いってらっしゃいませ”、ダージュさん」
「はい……リーシェさん。“行って来ます”」
それだけ言って、彼女に背を向けた。
背後からは、嗚咽が聞えたが。
周りの受付嬢が駆け寄って来る足音が聞えた。
でも、振り返ってはいけない。
彼女は俺が生きて帰ると、信じてくれるとそういったのだから。
だから俺は、振り返ってはいけない。
「すみません……いってきます」
そんな声を洩らしながら、ギルドの両開きの扉を押し開いてみれば。
「挨拶は終わりましたか? 兄さん」
杖を肩に担ぐ妹が、馬車に背中を預けてため息を溢した。
「うっへぇ……珍しく協力してくれ、なんて言うから普通に受けましたけど。まさか魔物との戦争だとは。ダージュさんと組むと、本当に退屈しませんねぇ……あ、私はダージュさんの補助って事で近くに居ますから、ちゃんと守って下さいね?」
いつも通り、軽い様子のフィアが敬礼の真似事をして来る。
「チッ、まだクランも組んでねぇってのに。おい“暴風”! 今回の事は、“貸し”だからな!」
「あら、随分と元気なお友達が出来たようですね。私としては嬉しい限りです」
苛立たし気に声を上げるランブルに、クスクスと笑い声を上げるシスター。
そして、彼等の後ろでビシッと敬礼を決めてくれる騎士団の皆様。
その先頭には、緩い敬礼を浮かべたイーサンが居るが。
「では、行こうか。ダージュ、お前が司令塔だ」
「あまりプレッシャーを掛けてくれるな、イーサン……今にも吐きそうだ」
「なら、今の内に吐いておけ。現場では、そんな暇はないぞ?」
クククッと笑う彼に肩を叩かれ、騎士団の面々の前に踏み出してみれば。
「本日我々の剣は、冒険者ダージュに捧げる! 全員、抜剣!」
ダリアナさんの声と同時に皆腰の剣を引き抜き、目の前に掲げた。
そして、それらの代表と言わんばかりにダリアナさんが俺に向かって膝を折り。
「ダージュさん。我々の剣を、受け取って頂けますか? 我々の“心”は、貴方と共に。存分に、お使いください」
「よろしく……お願いします」
そう言ってから彼女の長剣を受け取って、彼女の肩に当てた。
本来こういうのは、俺みたいな奴がやる儀式では無いのだが。
それでも筋は通さないといけないだろう。
今から俺は、彼等彼女等の命を預かるのだから。
「では、行こうか」
「はいっ! 全員、騎乗しろ! 即刻行動に移すぞ!」
ダリアナさんに剣を返してみれば、皆一斉に動き始めた。
凄い、本当に。大軍勢だ。
こんな規模の戦闘といえば、俺はいつも使われる側だった。
でも今回は、俺が“使う”側なのだ。
だからこそ、“ちゃんとしなければ”いけない。
「門の外で、傭兵達が待機している筈だ。このまま、進める」
「聞いたな!? お前達! 門で更なる仲間達と合流する! 馬車と馬の準備は問題無いか!? 人が増えるぞ!」
「「「問題ありません!」」」
と言う事で、そのまま多くの人達を連れて街の門まで辿り着いてみれば。
門番は敬礼を、そしてその先で待っている人達は手を振ってくれた。
「待ってたぜぇ、大将。俺達を雇った大剣使いってのはアンタだな? 傭兵団を三つも雇ったくらいだ、相当な相手なんだろう?」
傭兵、という割には小奇麗な格好した相手がそんな事を言い放った。
なるほど。
こういう集団とはいえ、取引先は貴族になる事が多い。
だからこそ、リーダーだけは綺麗な格好をしていると言う事か。
「そういう気遣いは、いらない。すぐに鎧に着替えてくれ。歩兵を連れて行く時間が無い、馬が無い者は、騎士団の馬車に乗れ」
「冒険者に、騎士団。更には傭兵と……しかも教会の人間まで居ると来た。クハハハッ! 気に入ったぜ旦那。アンタは何でも巻き込むんだな?」
「必要があれば、手段は選ばない」
そう答えてみれば、傭兵団のリーダー達は皆笑い始め。
「了解だ大将、何でも命令してくんな。金払いさえ問題無ければ、俺達はアンタの指示に従おう。あぁでも、全部捨て駒にはしてくれるなよ? 後が困る」
「誰も、死なせはしない。全員で生きて帰る。それが、俺の理想とする戦場だ」
「ハハッ、それはまた……随分とお綺麗な事で」
ニッと口元を吊り上げる傭兵のリーダーたち。
分かっているのだ、甘すぎる事を言っている事くらい。
それでも俺は、その偽善を押し通す為にクランを立ち上げるのだ。
だとすれば、この程度で止まってはいられないだろう。
「いくぞ、皆。時間が無い」
「騎士団の方は問題ない、いつでも行けるぞ」
「傭兵部隊もだ。コッチはある程度俺が管理するから、大将は勝つ事だけ考えてくれよ? 期待してるぜ?」
「あぁ~えっと、冒険者部隊の方も問題ないでーす。って、私が言って良いのか分かりませんが。準備万端でーす!」
「あら、では……協会側も問題ありません。いつでも行けますよ、ダージュ。とはいえ、戦闘員は私だけですけど」
そんな声を聞いてから、一つ頷いた。
では、行こうか。
“死地”へと、向かおう。
しかし誰も殺す気は無い、それは事実だ。
だからこそ、俺は。
「全員で帰る。だからこそ、死ぬな。これは、絶対命令だ」
「フッ、理想論ばかり掲げて。なんて、騎士が言ってはいけない台詞か」
「ククッ、偽善者の我儘に付き合うのも傭兵の仕事ですわな。金さえ貰えば、雇い主の命令は絶対ってな」
「兄さん、やりましょう。私達は、冒険者は生きる為に仕事するのですから」
「神のお導きを、なんて……何の慰めにもなりませんか。全ては実績、実力で叩き潰しましょうか。さて、英雄譚の始まりですよ、ダージュ」
やけに不敵に笑っている仲間達を連れながら、俺達は戦場へと向かうのであった。
色々と作戦を考えて来た訳だが……何かもう、物理だけでどうにかなりそうな気がして来た。
いや、流石にソレは軽く見過ぎか。
などと思いつつも、俺達は馬車を走らせるのであった。
さて、お仕事の時間だ。
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