第85話 何が必要か、奇跡以外に


 王城から解放されてから、すぐさまギルドに向かった訳だが。

 既に時間はかなり遅い、他の冒険者達が帰って来ている後だろう。

 そんな事を思いながら、ギルドの両開きの扉を開いてみれば。

 やはり、沈黙が訪れた。

 でも、今は。

 それらを無視して、カウンターへと向かった。

 その先のリーシェさんが、やけに高級そうな封筒を手にしてながら。


「本気ですか、ダージュさん。こんな仕事を受けたんですか? コレを成功させればクラン設立に王家が協力すると書いてありましたが……こんなの、自殺行為です。本来、国が対処する様な事態ですよ? 個人どころか、民間でも対処しかねる問題です」


 既に内容は確認済みなのか、彼女は物凄く怒った様な表情を浮かべていた。

 それはもう、これまでに見た事が無いくらい。

 俺の為に、彼女は……ここまで怒ってくれるのか。


「すみません、リーシェさん。確かに俺がやらなくちゃ、という仕事ではないかもしれない。けどコレも……足がかりであり、必要な事なんです。というか、姫様の依頼を断る訳にも……」


「貴方は! 友人の子供を守る為にどうにかできないか、そう考えただけでしょう!? だったらもっと簡単に守れる方法を教えます! この街に連れて来れば良いんです! 貴方の近くに住まわせれば良いんです! そっちの方が、全然楽じゃないじゃないですか!」


 確かに、その通りだ。

 でもアバンが転居を望まなかったら? 無理やり此方に連れて来る様な真似はしたくない。

 俺にとっては嫌な思い出が多い村でも、彼にとっては違うかもしれない。

 それに、今後そう言う人間が増えたらどうだ?

 全てを身近に置いて、守る形をとるのか?

 それは流石に、不可能というものだ。

 俺が、全ての不幸から彼等を守れない以上。

 だからこそ、俺のやるべき事は何か。

 未だ激昂しているリーシェさんの前を離れ、夕食を楽しんでいるであろう席の一つに近付いた。

 そして。


「ランブル、そしてフィア。すまない、手を貸してくれ」


 そう言って頭を下げてみれば、彼等は。


「ういっす、先輩。いつもお世話になってますからね、私なんかで良ければいくらでも手を貸しますよ?」


 軽い調子で笑うフィアと、もう一人。

 非常に渋い顔を浮かべている相手は。


「チッ! 緊急かよ。良いぜ、手を貸してやる。但し俺は髙いからな!? 対等の状態で、俺の力を借りようってんならそれなりの報酬を用意しろよ!? ソレが嫌なら、俺もテメェのクランに入れる事だ! 分かったな!?」


「素直じゃなぁ~い」


「うるせぇ! 男同士ならこんなもんなんだよ!」


 何やら良く分からないが、二人共協力してくれると言う事で良さそうだ。

 可能な限り、戦力と整えておく。

 それは、今回の依頼に対しての絶対条件。

 で、あるなら。


「二人共、よろしく頼む。あとは妹と……“皆”に頼る他あるまい」


 ※※※


「兄さん、流石にコレは……いくら光の剣があっても厳しいという他ないのですが……」


「あぁ、だからこそ、人数を増やす」


「そんな当て、どこにあるんですか? 冒険者の皆様にお願いしても、動く人の方が多分少ないですよ?」


 一度家に帰り、ミーシャに事態を伝えてみれば。

 妹は二つ返事で協力すると言葉にしてくれた。

 そして次に向かっている先は。


「ここだ」


「ここって……」


 辿り着いた場所は、傭兵の集まる酒場。

 傭兵というのは、金で動く存在。

 ただし、本当に軍団規模で動く集まりが多い為、一般人が雇おうとすると破産する可能性の方が高いが。

 それでも、短時間で仲間を集めるともなればコレしか無い。

 と言う事で、酒場の扉を開いた瞬間。


「うわっ!?」


「……またか」


 酒瓶が、飛んで来た。

 キャッチしてから近くのテーブルに瓶を置き、店内へと入ってみれば。


「おい! 他の客が来たんだ、喧嘩はその辺にしておきな! いつもの冒険者さんだ!」


 店主が声を上げれば、喧嘩していた者達は各々自らの席へと戻っていき、コチラに対して軽い挨拶を投げて来る。

 いやはや、俺もこの店なら馴染んだモノだ。

 などとちょっと嬉しくなってしまうが、今日は酒を楽しみに来た訳では無いので。


「いらっしゃい、今日もとりあえずいつもので良いかい冒険者さん。それから……おや、今日の子は随分と若いな。酒が飲める年齢かい?」


「いや、今日は別件で……あぁでも、何も頼まないのも失礼か。とりあえずいつものを頼む。この子はミーシャ、俺の妹だ。十八だから、酒も飲める」


「というと、今日は周りの奴等に用事か。いいぜ、飲み物は用意しておくから、勝手に演説を始めてくんな。しっかし十八か……俺が前に住んでた所じゃ、二十歳まで飲酒禁止だったりしたんだが。街によって常識が違うねぇ」


 そんな事をいいながら、店主はキッチンへと下がっていく。

 その間、俺達の会話を聞いていたらしい傭兵達が此方に視線を向けて来ていた。

 うぅ、振り返るのでさえ緊張する。

 しかしながら、今回ばかりは勇気を振り絞るしかなく。


「今日は、その、皆に……頼みがあって、来た」


 いつも通り、ボソボソした喋り方になってしまったが。

 静かな店内ではよく響く。

 だからこそ、振り返ってみれば皆俺に注目していた。

 い、胃が痛い。

 などと思いつつ、大きく息を吸い込み。


「俺に、力を貸して欲しい。もちろん、仕事として、だ。報酬は払う。相手は、軍団規模の魔物、連携してくる。本来は国が対処するほどの数、コチラも軍勢でないと……対処出来ない。だから――」


「俺達傭兵を、捨て駒として使いたい。と、そう言う訳だ?」


「ち、違う! 俺は誰も死なない様に、作戦を立てる……つもりだ。でもそもそもの数が何倍も違うと、話にならない。だから……その」


 一人の傭兵の呟きに、否定の声を上げてみれば。

 周りの皆はゲラゲラと笑い始め。


「いいかい冒険者さん、俺達は傭兵だ。傭兵ってのは本来戦争屋なんだよ、魔物を専門としちゃいないが、相手できない事はない。そんでもって、もう一つだけ大事な事を教えてやるよ」


 そんな事を言いながら、一人の傭兵が此方に近付き。

 ドンッと胸の鎧を叩いたかと思えば。


「俺達傭兵は、元々“捨て駒”なんだよ。誰だってそんなつもりで戦に行くつもりじゃねぇが、役割りとしては間違いなく“金を払えば死地に向かう馬鹿”なんだよ。よく覚えておきな、冒険者さん。アンタらの“パーティ”とは違って、俺等は守り合いながら戦おうとはしない。死ぬのが当たり前の世界だからこそ、守るより“殺す”を考える。俺達を使いたいなら、優しくなり過ぎない事だ」


 え、えぇと?

 思わず困惑してしまい、相手と目線を合わせてみると。


「使いたきゃ金を払え、そうすりゃ俺達はアンタの指示に従うさ。本当にそのまま“死ね”って言う様な指示じゃない限り、俺等はアンタの戦力になってやるって言ってんだ。教えな、冒険者さん。どれくらいの規模で、どんな傭兵が欲しい? ここには色んな所に所属している奴等がいるからな、我儘言い放題だ。アンタの希望を、傭兵団の頭に伝えてやるよ。さぁ、どういう戦が好みだ? 教えてくれよ、大剣使いの冒険者」


 その発言と共に、酒場に居た全員がニッと口元を吊り上げた上、喝采を上げながら皆酒を掲げた。

 もしかしたら、傭兵というのは……俺が想像していた以上に頼もしい存在なのかもしれない。


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