第84話 薄暗い微笑み
イーサンの知らせも無く、何事もなく数日間が過ぎた。
その間はいつも通り、仕事を受けて依頼をこなしていた訳だが。
そんなある日。
「ただいま、もどりました」
「お帰りなさい、ダージュさん」
普段通りの会話を済ませた直後。
ズバンッ! と良い音を立てて、ギルドの扉を開け放った人物が。
振り返ってみれば、そこには。
「ダージュ、すまない。今から時間を貰えるか? 大至急、というか……何よりも重要案件だ」
「え、えと……構わないが。どうした、イーサン。そんなに慌てて」
リーシェさんから許可を貰い、イーサンに続いて慌ててギルド前に止めてあった馬車に飛び乗ってみれば。
「お前がクランを組むという事に対し、陛下は大いに賛同してくれた。ウチの国に、新たなる信頼のおける組織が出来るのだとな。補助金も出すと約束してくれた程だ」
「いや、えと、本気か? たかが民間のクランだぞ?」
「お前はそれくらいの実績があると自覚しろ。それから……事態はソレだけでは収まらなかった。簡単に言うと、反対派だ。王子が、お前を国の戦力と認めるのは不安だと言い始めたんだ。……全く、誰が竜を殺したか知識としてしか理解していないのだろう」
「あ、いや。それはまぁ、仕方のない事なんじゃないか? 王子達は若いんだし」
なんて会話をしながらも、馬車で運ばれていれば。
彼は更に渋い顔をしながら。
「問題はそこじゃない。王子の意見は、今の若い衆代表とも言って良いだろう。予想はしていた。しかしながら……問題は、姫様だ。まだ世間を知らず、政治にも関わっていない。そんな女の子が、ある事を提案してしまったんだ」
「というと?」
何やら良くない雰囲気が漂い始めた環境で、イーサンは重々しく口を開く。
それはもう、非常に申し訳なさそうに。
「竜を殺す程のお前なら、今国が直面している問題だって簡単に解決出来る筈だと。そう仰った。ソレを現状で集められる面々と共にこなし、実績を示せば文句はないだろうと、王子に対して自信満々に言い放ってしまったんだ。そしてその話に、陛下が“乗った”」
「おい、まさか……」
「軍団規模のダンジョン産の魔物、本来なら国が相手する筈の相手。だが今回は……俺達だけで対処する事になった。騎士団一つと、お前だけで、だ。前のダンジョン攻略とは難易度が違う、本当に戦争規模だ。名簿に名を記してくれた人物以外に、誰か呼び込めるか? 正直、人数が全く足りていない」
ど、どうするんだよコレ……。
今集まっている面々を総動員しても手が足りないぞ。
せめて広範囲高火力の魔術師とか、俺達をサポートしてくれる手堅い術師。
一騎当千とも呼べる面々があと数人は必要、そして何より全体人数が足りない……とか思った所で。
「足りないには足りない。が、しかし……そういう役割が出来る人間を、呼び込めるかもしれない」
「本当か!? だったらコレが終わったらすぐに勧誘に行け! 本当に死活問題だぞコレは!」
えらく慌てている様子のイーサンが、俺の肩を掴んで来る訳だが。
コレは全て、“良い未来”が拾えた場合だ。
だからこそ、約束は出来ない。
「俺の知り合いに、全部声を掛ける。それは約束しよう。しかし力を貸してくれるかは、分からない」
「まぁ、そうだろうな……あぁそれから、今から向かうのは姫様の所だ」
「陛下と、反発派には合わなくて良いのか?」
「陛下はまだしも、そっちと会っても嫌味を言われるだけだろう? 今は時間が惜しい」
と言う事らしい。
まぁ確かに、この国の陛下の前に顔を出すというのは相当勇気がいるし、お喋りなんぞ不可能だ。
だからこそ、俺としてはありがたいのだが……。
「姫様から、依頼の詳細を聞く事になるだろう。覚悟して置け」
「……あまりにもおかしな依頼じゃない事を、祈るよ」
そんな事を言いながらも、馬車は王城へと向かうのであった。
あぁもう、胃が痛い。
※※※
「三年ぶり、くらいでしょうか? 冒険者、ダージュ様」
「お久し振り、です。姫様」
夜の中庭で、相手は紅茶を飲んでいた。
コチラは膝をつき、もはやいつ顔を上げて良いの? って感じになっているのだが。
「相変わらずですね、私などに頭を下げなくても良いのに。私が“面を上げよ”と言えば、貴方は従ってくれますか? 対面に座って、お茶を飲んでくれとお願いすれば、貴方は従ってくれますか?」
「……」
「そう、貴方はいつだって沈黙で返す。初めて見た時の事を思い出すようです、“寡黙の英雄”様」
ごめんなさい、マジで言葉に詰まっているだけです。
顔上げて良いの? 対面に着席? 無理無理無理。
俺、何の立場も無い冒険者なので。
恐れ多いどころではありませんって。
そんな事を思いながら、頭を下げたまま彼女の次の言葉を待っていれば。
「今回、私の我儘により……迷惑をお掛けしました。申し訳ありません。でもきっとこれを成せば、お兄様達も何も言えなくなる筈。政治や立場、それらを覆す一番の方法は“実績”。私が支援する“ダージュ”という冒険者が作るクラン、その足掛かりになるでしょう」
「……はっ」
「今回の仕事、貴方には可能ですか? 幾千、幾万もの魔物が、連携を取って攻めて来ます。詳細な情報は分かりません。でもこれに対し、本来は国の兵を動かす事態。しかし今回は貴方を先鋒部隊として派遣する、この意味が分かっておられますか?」
姫様は紅茶を飲みながら、そんな言葉呟いて来た。
少しだけ視線を上げてみれば、妹よりも若いんじゃないかって程の女の子が席に腰を下ろしている。
こんな子が、国を思うが為に俺に指示を出しているのか。
そう思うと、なんかやるせない気持ちが湧いてくるが。
「倒してしまって、問題無いのですね?」
「え?」
「先鋒というのは、基本的に調査……です。ですが……その。俺達だけで、勝利してしまっても……問題は、ありませんか?」
呟いてみれば、周りはざわつき。
目の前の彼女も固まってしまった。
でも、仕方ないじゃないか。
俺は、仲間を殺させるつもりはない。
それだったら、いくらでも“ズル”を使ってやる。
そういうつもりで、発言したのだが。
彼女は、クスクスと笑い始め。
「期待しています、冒険者様。本来国の問題でもあるスタンピード、更には知恵を付けた相手。その侵攻を止めるお仕事を、貴方に依頼致します。今の貴方はクランリーダーではなくただ冒険者、であれば……ギルドにお願いすれば、受けて頂けますか?」
「お心のままに」
と言う事で、大仕事を頂いてしまう事になった。
クラン云々の前に死ぬんじゃないのって難易度だが……ココで死ぬわけにもいかない。
ならば、使える手段は全て講じるべきであろう。
つまり俺には……もっと仲間が必要だ。
「そして先程の質問に答えましょう、冒険者ダージュ」
「はっ」
その声に、もう一度深々と頭を下げてみれば。
「依頼は普通の調査、斥候として出しておきます。しかし……殲滅せよ。そう、私からは声を掛けておきましょう」
「承知いたしました、姫様」
やけに黒い笑みを浮かべる王女に対し、俺はそう答える他無かった。
えらく年下な女の子には変わりないんだけど……この子、なんか雰囲気が怖いんだよな。
前に一回会っただけなのに、この微笑だけは以前と全く変わっていない。
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