第83話 急速にデカくなる、怖い


「何故……こんな事に」


 書類にサインした後、イーサンは意気揚々と俺を連れて騎士団の訓練場に足を運び。

 集合の声を上げたかと思えば。


「皆に緊急の話がある。“クラン”の存在は知っているな? 一般的にはあまり良いイメージが無いだろう。同じ方向を向く民衆が集まり、何かを成し遂げようとする組織。認められるのなら“クラン”と呼ばれ、犯罪に手を染めようものなら“テロ組織”に変わる。それに対処する為、苦い記憶を持っている者も多い事だろう」


 彼の言葉に、数名の若い騎士達がグッと奥歯を噛みしめているのが分かった。

 クランなど、我儘を叶える為に組織を作る言い訳。

 そう捉えられる事も少なくない。

 実際に認められ、最初こそ普通に活動していても。

 徐々に方向性がズレ、国に牙を向く組織に変わる集団だって少なくないのだから。

 そしてそれらの対処をするのだって、兵士や騎士の仕事。

 ならば、良い印象を持たれないのは当然……だと、思っていたのだが。


「が、しかし。ココに居るダージュが、今度クランを作るそうだ? どう思う?」


 イーサンの言葉により、皆の視線が此方に集まった。

 非常に気まずい、思わず視線を逸らしそうになってしまったが。


「団長、質問があります!」


「いいだろう、言ってみろダリアナ」


 一歩前に出た、副団長のダリアナさん。

 彼女はピシッと姿勢を正しながら。


「団長はダージュさんがクランを作る事に賛同している、それどころか自らも関わろうとしている。そういう認識でよろしいのでしょうか?」


「ハハッ、流石に理解が早いなダリアナ。その通りだ、俺はダージュの行動を支援すると決めている」


 そんな堂々と、騎士団長が宣言しても良いのだろうか?

 それこそ困惑や疑念が広がったりするんじゃ……なんて、思っていたのだが。

 皆、意外と冷静。

 というか、ムズムズしているかのように口元を動かしていた。


「率直にお聞きします。クランというのは所詮同志を集めて活動する集団です。ダージュさんのクランに団長も参加すると言う事は……“そういう事”でしょうか?」


 そういう事、というのはどういう事なのか。

 こちらとしては、はて? と首を傾げる他無いのだが。


「ハハッ、流石に気が付くか。そう、その通りだダリアナ。クランに加入してしまえば、俺達の自由度はかなり上がる。というか言い訳が利くようになる、と言った方が良いか? 給料は下がるかもしれないなぁ……何たって副業を始めてしまう訳だからな。しかし、クランでの報酬はそのまま此方の懐に分配され入って来る訳だ。更に言うなら……これからは俺達のトップが、ダージュになる。つまり」


「彼からの訓練受け放題な上に、仕事にも同行出来るってことですよね!? やりますが!? やらない筈がないですが!? 給料引き下げられようとも、自分達で稼げるようになる訳ですよね!? 強くなる為に、こんなチャンス逃す筈ないじゃないですか! ちょっと団長、クラン申請書出して下さい! 私も名前書きますから!」


 若干変なテンションになったダリアナさんがイーサンに噛みついてみれば、周りの騎士達もワイワイと騒ぎ始め。

 申請書は次から次へと騎士達の名前へで埋まって行ってしまった。

 え、えぇと……こんな事をして、この騎士団大丈夫なのだろうか?

 とか思ってしまったが。


「安心しろ、ダージュ。ココは元々訓練施設みたいなものだ。若い騎士達が下地を作る場所。だからこそ、全員がお前の下に付いた所で変わりはしないさ。むしろ実戦が多くなって助かるくらいだ。そして国がこのクランを認める以上、お前の指示一つで俺達は大いに動き回れる。それも承知の上で、陛下に認めてもらう訳だからな」


 などと言いつつ、イーサンからは名簿を渡されてしまうのであった。

 まだ加入希望者が居るのなら、そこに書き込めという事らしい。

 そんな物を眺めながら、トボトボと一人帰路に着いた訳だが。

 いくら読み返しても、実感が湧かない。

 俺がクランを作ると言ったら、騎士の皆が揃って協力してくれた。

 名簿には、数えきれない程の名前が書かれている。

 もしも本当にクランを作った場合、これが全て……俺の、仲間。

 固定パーティさえ組めなかった俺に、コレだけの仲間が出来る。

 本当に、実感できない事ばかりだ。


「下地を作る、どころか……外堀を埋められた気分だ……」


 いくら見返しても信じらない名簿を見つつ、テクテクと一人帰路に着いていれば。


「ダージュ、どうしましたか? そんなに深刻そうな雰囲気で」


「おやおや冒険者さん、また何か困りごとですか?」


 歩いていた俺に、声を掛けて来る人影が二つ。

 顔を上げてみると、シスターと神父様の二人が。


「あぁ、どうも、二人共。えっと、なんか色々と状況に置き去りになってしまって……いいのかなぁと、悩んでいた所です」


 買い物中だったらしい二人は此方に寄って来て、俺の手元の資料を覗き込んだかと思えば。


「これはこれは、いやだなぁ冒険者さん。約束したじゃないですか、言ってくれれば先頭に名前を書きましたのに。では、ちょっと私も失礼して」


 神父様が笑いながらペンを取り出し、名簿に自らの名前を記載していくではないか。

 あ、あぁ……外堀がどんどん埋まっていく。

 でもまだ、イーサンから許可が出るまでは申請をするなって話だし。

 ただの名簿に過ぎないのだが。


「クランの……申請、それに伴う協力者の名簿ですか……ダージュ、何故私に相談しないのですか?」


「あ、いや。本当に、つい最近思い付いたばかりで。まだ本当に申請するかも分からないというか……」


「なるほど、これから私の所にも相談にくる予定だったと。そういう事だと考えて良いのですね? ノクター、書き終わったら貸しなさい。私の名前も記載します」


「シスターまで!?」


 なんかもう、本当に凄い事になって来てしまった。

 もはや俺の知り合いのほとんどが協力してくれている形だ。

 こんな事、あって良いのだろうか?

 などと思っている間にも、二人の名前も名簿に載り。


「コレで私達も、クランの一員ですね? 今後ともよろしくお願い致します、冒険者さん」


「ダージュ、コレでちゃんとした繋がりが出来たのです。何かあった際は、すぐに声を掛けて下さい。ちゃんと、力になりますから。貴方一人で抱え込む必要はありませんからね?」


 そんな事を言いながら、二人は満足気に笑うのであった。

 コレ……申請が通らなかった時が本当に恐ろしいなぁ……。


 ※※※


「なぁ、フィア。何か今日ギルドが騒がしくねぇか? 変な感じで」


 本日も仕事に同行させてくれたランブルさんが、眉を潜めながら私に問いかけて来た。

 確かに、ギルドはいつも通り賑わっている訳だが……本日は少々趣旨が違う様で。

 何やら皆ヒソヒソと話しておられる御様子。

 リーシェさんから色々聞いた私自身は、色々と察しは付いているのだが。


「ランブルさんはクランとか興味ないんですか?」


「はぁ? クランだぁ? あんなのは調子に乗った馬鹿か、相当金があって後ろ盾のある貴族がやる事だ。だぁれが好き好んで競争率の高い世界に飛び込んで、今の保証を蹴るんだよ。冒険者だって、クランリーダーなんぞになれば敬遠されんぞ? 実体がない組織だからな、あんなもん同盟だのなんだのと一緒だ。現実的じゃねぇ」


 ハンッと笑い飛ばしながらお酒を呷っている訳だが。

 彼がライバル視している相手が、クランを立ち上げると言い出した場合……果たして彼はどんな反応をするのか。

 もはやニヤニヤしながら相手の様子を見つめていれば。


「おい、お前。何か知ってんだろ、教えろよ」


「キャー、脅しですか? 怖い先輩も居たものですねぇ、そんなんじゃ新人もランブルさんには懐かないかもしれませんねぇ」


「チッ! お前はいつもそうだ、フィア。ホレ、好きなの頼め。今日は俺の奢りだ」


「うっしゃっ! 流石はソロの槍使い! すみませーん注文お願いしまーす!」


「お前のせいで、最近はソロってイメージ無くなって来てるがなぁ……」


 そんな訳で好きな物を端から頼み、今日はお財布の心配はしなくて良さそうだとホクホク顔を浮かべていれば。


「んで?」


「はい?」


「何か知ってるんじゃねぇのかよ!」


 あ、そうだった。

 その情報提供の為に奢って貰うんだった。

 とはいえ……そうだなぁ。

 このまま普通に話しても、ランブルさんにしか伝わらなそうだし。

 周りでヒソヒソしている奴等も、多少はダージュさんの見方を変えてもらうには良い機会なのかもしれない。

 とはいえ、彼の不具合にならない程度で納めないと不味い。というのもあるが。

 なので、いつもより少しだけ大きな声を出しながら。


「あぁ~そうでねぇ。ダージュさ……じゃなくて、件の“竜殺し”。クランを作る事を考えているそうですよー?」


 そう声を上げた瞬間、周囲の声がピタッと止まり……しばらくすれば、ザワザワと小声で話している声が聞えて来る。

 さぁ、存分に予想しろ。

 これまでダージュさんを恐れたり、恐れ多いと距離を置いていた面々ならまだ良い。

 しかしあえて悪い噂を流したり、彼の不利益を狙う者も多かっただろう。

 冒険者とは、所詮素人の集まりだ。

 相手の足を引っ張る事で自らを上に立たせようとする連中だって居る。

 そういう奴らこそ、よく聞け。

 彼は、また別の組織のリーダーになる。

 つまり、お前等のせいでギルドが不利になる可能性すらあり得るんだ。

 これまでの態度と発言を思い出しつつ、反省と後悔をするが良いさ。

 クックックと黒い笑みを浮かべていれば、正面からは大きなため息が零れ。


「おい、ソレが事実だとしても、俺を使うな。お前は真面目過ぎんだよ、あぁいうのが更生するとでも思ってんのか?」


「さぁ、何の事ですかねぇ。更生するしないは本人次第ですが、今更慌てふためく何て滑稽じゃないですか。相手が何も言わない事を良い事に、今まで好き放題言って来た連中なんて」


「かぁぁ~、良い性格してんなぁお前……嫌いじゃねぇ」


「でしょう?」


 実際に、私だって耳にした事があったのだ。

 “竜殺し”と呼ばれるダージュという冒険者に近付くな、とか。

 アイツは普段は大人しいが、裏ではとんでもない悪事を働いているらしいとか。

 根も葉もない噂が、彼と関わっている私の耳にはより多く届いて来た。

 はっきり言おう、馬鹿かと。

 大人しいふりをして女を食い荒らしている、なんて噂も聞いた事があったが。

 あんなに可愛い妹を全力で守り、私と一緒に野営しても気遣いばかり。

 更にはリーシェさんに好意を寄せられても気づかず、あのたまに見るシスターにどっぷり甘やかされるような会話をしているらしい。

 それら全てに誠意を示している彼が、どうしてそんな事が出来る?

 何も知らず噂だけ流す馬鹿は、ここらで一旦反省すべきだ。

 などと思って、フンスッと勝ち誇った笑みを浮かべていれば。


「んで、マジな話なのか?」


「マジな話っぽいですよ? リーシェさんから聞きましたし。もしも作るなら、私も加入させてもらおうかなぁって。勉強にもなりますし、あの人の下なら仕事には困らない。更に言うなら、肩を並べるのではなく部下になる訳ですし。ハードルは滅茶苦茶下がりますよねぇ~もっと言うなら、リーダーではなく加入者。なら普段の環境はそこまで変わりませんから」


 ケラケラと笑って見せれば、相手は大きなため息を溢してから。


「そん時は……俺の事も話しておいてくれ。もう一回勝負して、負ければ傘下に下るってよ」


「え、それってクラン加入確定じゃないですか」


「うるっせぇ! 次は勝つんだよ! そしたら俺がクラン作って、アイツを手下にしてやらぁ!」


 という訳で、ギルドからも二名。

 いや、ミーシャも含めれば三名かな?

 ダージュさんのクランに加わる面々が確定したのであった。

 いやはや、何か面白い事になって来た。

 早く作らないかなぁ、クラン。

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