第82話 行動力の違い


「うぅぅ……頭痛い……」


「大丈夫ですかー? リーシェさーん?」


 ガンガン痛む頭を押さえながら、カウンターで青い顔を浮かべていれば。

 仕事を選び終わったのか、フィアさんが首を傾げながら依頼書を此方に差し出して来た。


「あ、あはは……ちょっと昨日飲み過ぎまして」


「珍しい、というか初めて見ますね。結構お酒好きなんですか? 意外です」


「普段はこんなに飲まないんですけどねぇ……昨日はダージュさんも一緒で、色々あって飲み過ぎてしまいました」


「おぉ、なんか順調そうですね? もうそろそろお付き合いしちゃいそうな感じですか? それもまさか……昨日の時点でお持ち帰りされちゃってたり?」


 彼女も年頃だから仕方ないのだろうが、この手の話に敏感の様だ。

 しかしながら此方としては彼女の発言に対し、思う所が多過ぎてボッと顔が真っ赤になってしまう始末。


「え、えぇ!? まさか本当にお持ち帰りされたんですか!? 朝帰りでそのままギルド来ちゃったりしてます!?」


「フィアさんシー! シー! 声が大きいですって! それから……その、多分想像とは全く違う結末を迎えましたので」


「……ちょっと詳しく」


 リバーさんのお店で派手に酔っぱらった私は、クランの話もそこそこに喋りに喋った気がする。

 正直記憶が曖昧な所も多く、もはや失言していないか気が気ではないのだが。

 それ以上に、目が覚めた場所が問題だったのだ。

 起きたら……ダージュさんの家に居たのだ。

 一瞬、酔った勢いで!? とか想像したが、服に乱れた様子は無かったし何より客間だった。

 彼の性格を考えれば、そういう状況の相手に手を出すとも思えない上に。

 ベッド脇に、私の荷物と……解毒と体力回復のポーションが置いてあったのだ。

 浮いた話云々ではなく、普通に心配されてしまったらしい。

 それらを頂いてからリビングへと足を進めてみれば、学生服のミーシャさんがパタパタと忙しそうに動き回っていた。


「あ、あのぉ……」


 声を掛けてみれば、ミーシャさんが此方を振り返り。


「リーシェさん、おはようございます。すみません! 私もう学園に行かないといけないのでコレ!」


 そういって差し出されたのは家の鍵。

 え? 預かっちゃって良いの?


「えぇと……」


「時間が許すまでゆっくりしていって良いですからね。あ、勝手ながら“清浄”の魔法は掛けさせていただきましたから、一応そのままギルドに向かっても問題ないと思いますよ? 気になる様ならお風呂使ってください。兄さんも朝早くから騎士団の方へ向かってしまったので、戸締りお願いします! ではっ!」


「い、いってらっしゃーい……」


 と言う事で、ダージュさんの家に一人残された私。

 家まで、というか私が借りている寮まで送って貰った事はあるので、場所は知っている筈なのだが。

 多分彼の性格からして、泥酔状態の私を連れているからといって部屋に勝手に入る事を拒んだのだろう。

 と言う事で、何の進展も無いまま彼の家にお泊りしてしまった。

 事実としては凄い事なんだが……ミーシャさんの様子から、間違いなく何も起こっていない。

 というか、私が醜態を晒しただけ。

 思わず、その場で蹲って頭を抱えてしまったのは言うまでもない。


「と、言う事がありまして……」


「それは何と言うか……同情します。というかポーション各種を使っても、なお続く二日酔いって……」


「言わないで下さい……そもそも解毒ポーションでは二日酔いは完全には治りません! 本来なら間違った使い方ですから!」


「回復系の魔法……掛けましょうか? 一応色んな種類使えるので」


「すみませんフィアさん……お願いします」


 物凄く情けないが、これから仕事に向かうという冒険者に治療してもらう事態になってしまった。

 これでは受付嬢失格も良い所なのだが。


「でも相手の家の合鍵を預かってるって状況も……こう、普通だったら凄い事ですよね」


「今日返しに行きますよ!?」


「あ、そっか。ダージュさん騎士団の所に行ったっていうのなら、今日はギルドに来ない可能性もあるんですもんね。でもホラ、またお邪魔できるきっかけと言う事で。案外良い感じに収まったんじゃないですか?」


 確かにそう言われれば、“アリ”な事態なのかもしれないが。

 昨日どんな失態をしたのかが、怖くて仕方ないのだ。

 何か失礼な事言ったりとか、変な絡み方をして無ければ良いのだが……。


「はぁぁぁ……」


「えぇと、頑張ってください」


 フィアさんから励ましを頂きながらも、回復魔法をかけてもらうのであった。

 何やってんだろ、私。


 ※※※


「急に、すまない……」


「いや、むしろ待ってもらう間部下の相手をしてもらったんだ。礼を言うぞ、ダージュ。アイツ等にも良い刺激になっただろう。それで、どうした? 急にココへ来るなんて珍しい」


 朝早くから騎士団にお邪魔した俺。

 流石に予約も取らずに訪れては迷惑かとも思ったのだが、門番はあっさりと通してくれた。

 そして、イーサンは午前中に色々と予定が詰まっていたらしく。

 待っている間騎士団の皆様と稽古をしていたという。

 なんか皆の予定をかき乱してしまった様で申し訳なくなっていたが、若い団員達は次から次へと俺に挑んで来てくれた。

 突然訪れて、訓練場の隅でボッチにならなかった事を感謝しながら皆の相手をした結果。

 誰も彼もが、俺も俺もと賑わってくれたので、中々実のある訓練になったと思う。

 何より、楽しかった。


「イーサンに、ちょっと相談が……あるのだが」


「あぁ、なんだ? 実際の所、公表されていないだけでお前の立ち位置は物凄い所まで上っている。大体の事は聞いてやれると思うぞ? あぁ、そうそう。新しい珈琲が入ったんだ、試しに飲み物はソレで良いか?」


「それを、頂こう。俺も興味がある」


「フフッ、お前も珈琲が分かる様になって来たな。若い時に一口飲んで渋い顔を浮かべていたのが嘘の様だ」


「あの時は、イーサンだって若かった筈だ」


「とはいえ、五年経つかどうかの話だがな?」


 軽い会話をしている間にも、室内には珈琲の香りが漂い始める。

 凄く、良い香りだ。

 そして何より、俺が彼の真似をして珈琲を入れても同じようにならない。


「何か、コツとかあるのか? 家で淹れても、こんなに良い香りが出ないんだ」


「おっと、もうそういう所まで気にする様になっていたか。良いぞ? 今度一から教えてやろうか?」


「頼む」


「クククッ、ソレが聞きたくて今日来た訳でもあるまいに。まぁいいか、ホラ、どうぞ?」


 そんな事を言いつつ、俺の前に珈琲を差し出して来るイーサン。

 受け取り、一口啜ってみれば。

 あぁ、なんだろう。

 “深い”という言葉が一番合う気がする。


「旨い、凄く。こんなにも奥深さを感じる珈琲は久し振りだ」


「分かる様になって来たじゃないか、ダージュ。一袋やるから、持って帰れ」


「感謝する」


 などと会話しつつ、二人して珈琲を堪能してから。

 空になったカップを皿に戻し、深呼吸を一つ。

 未だ優しいコーヒーの香りが漂っていて、思わず落ち着きそうになってしまうが。

 俺は今日、とんでもない提案をしようとしているのだ。

 だからこそ、コレは慎重に言葉にしないと。


「イーサン。今日は、その……相談と、提案。それから……お願いがあって、来たんだ」


「ほぅ?」


「あの、その……俺みたいな庶民が、何を言っているのかと思われるかもしれないが。あの……だな、俺がその……“クラン”を作りたい、と言ったら……どう、思う?」


 そう言葉にした瞬間、彼はガタッと席を立ちあがり。

 無言のままツカツカと自分の机を漁り始めた。

 やはり、呆れられてしまったか……思わずため息を溢して、視線を下げてみれば。

 目の前には、一枚の用紙が差し出された。

 コレは?


「ダージュ、そこにサインしろ」


「え、えぇと……」


「安心しろ、お前に不利益が出る内容ではないと俺が保証する。そしてソレが認定されるまで……クランを作るのは待て。大丈夫だ、俺がお前のクランの後ろ盾になってやる」


 いったい何を言っているのかと、ひたすらに混乱してしまったが。

 渡された用紙は、クラン申請書。

 しかもギルドやそこらの商会に提出するものではなく……国王陛下に申請する様な、簡単に言うと“位の高い”人間が使用する物だった。

 更に言うなら、保証人の欄にはイーサンの名前が既に記入されているではないか。


「イーサン!? コレは流石に!」


「やっと使う機会が来たな、この時をずっと待っていた」


 クククッと、悪戯を考えている様な顔のイーサン。

 流石にこんなモノを使ってしまえば後に引けないというか、失敗など許されない程の組織が最初から出来てしまう気がするのだが。

 もはや緊張と驚きでプルプルしていれば。


「正式に、お前の隣に並ぶチャンスだ。俺がソレを逃すと思うか?」


「いや……しかし」


「それに、正直な所を言うと……上からも“さっさと竜殺しを取り込め”とせっつかれているんだ。お前を騎士にするのは諦めた、しかし。お前が作るクランに我々が加入すれば、同じ事だろう? クランに対しては、国からだって依頼出来るのだからな。これで繋がりも出来れば、国の重大機密でも共有出来る合同組織……いや、今まで以上に動きやすい最大戦力の出来上がりだ。クランメンバーである以上、上からの命令が無くとも俺達も動ける訳だしな」


 なんか、本当に凄い事になって来てしまったのだが。

 コレ、大丈夫だろうか?

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