第81話 リーシェ、暴走


「この際だから正直に言いますけど……ギルドとしては、ソレを勧める動きもありました」


「なっ!? 本当ですか!?」


 ガブガブとお酒を飲んで、顔が真っ赤になったリーシェさんの口から、思ってもみない言葉が飛び出した。

 ギルドが、俺のクラン設立を促そうとしていた?

 そんな事って、あるのだろうか?

 ちょっと信じられないが、リーシェさんの言葉を疑う訳にもいかずに耳を傾けていれば。


「貴方程の実力者を、依頼消化に使って良いのかぁとか。もっと有意義な依頼を回して、主戦力になって貰うべきじゃないのかぁとか。色々会議で言われている訳ですよ。でも私としては、ダージュさんが“パーティ”に拘っているからこそ、ソレに対して否定の声を上げ続けて来ました。貴方ばかりが目立つ依頼をこなしてしまうと、当然周りも育たない。その上、ダージュさんは周りからして雲の上の人になってしまうからです。ならばいっその事クランを設立し、仲間ではなく部下として仲間を集めてはどうか。そういう話題は上がっています」


「え、えっと……なんか、すみません。これまでも、すごく迷惑を掛けていた様で……」


 知らなかった。

 まさかその辺の調整をリーシェさんがしてくれていたなんて。

 それこそ、他の受付さんが担当になっていた場合。

 いけいけとばかりに大物の依頼を任され、ギルド内では更に孤立していた可能性さえあるのか。

 本当に、この人には頭が上がらないな……。


「まぁそっちの話は置いておいて……ダージュさん、貴方がクランを設立した場合ギルドからは結構な“お願い”をされると思います。それくらいに、貴方はギルドからの信用を得ているんです。言い方を変えれば、仕事に困る事は……多分、ないと思います。例え第三の関係性になったとしても、冒険者ギルドは貴方と関りを求める事に間違いはありません」


 お、おぉ……それは、なにより嬉しい言葉だ。

 立場が変わり、不安要素を含むのならば仕事は依頼しない。

 それが一番困る状況になってしまうのだが、ソレはないと断言してくれた。

 やはり、リーシェさんに相談して良かった。


「しかし依頼内容はガラッと変わる上に、生き方さえ変わってしまうかもしれません。クランを組む、というのは。ある意味今の業種に身を置きながら、他の業種に専念すると発言している様なモノです。分かっていますか? この時点で、専属では無くなってしまう。雇っている側としては、結構な信用問題です」


「すみません……冒険者という仕事を、蔑ろにするつもりはないんですが……結果的に、そうなってしまう可能性もある、という事ですよね」


 それだけいって頭を下げてみれば、彼女は随分と酔っぱらっているのか。

 ブンブンと拳を振り回し。


「違います! いや、違わないんですけど! 今後生活が変わりますよって言っているのと、それから……私だって、受付嬢と冒険者という関係では無くなります。貴方がクランリーダーになれば、その……冒険者というより、取引先と接している様な関係になりますし」


「……えぇと、冒険者も個人業の様なモノですから。その言葉だけ聞くと、あまり変わらない気が」


「ダージュさんの馬鹿!」


 また、馬鹿って言われた……悲しい。

 スンッと反省しながら俯いてみれば、彼女は次から次へとお酒を注文し、コチラの前にもグラスを差し出して来た。


「ダージュさんも飲んで下さい」


「……えぇと」


「飲んで下さい!」


「はいっ!」


 と言う事で、差し出された酒を一気飲みしてみたが。

 うおっ、結構強いなこの酒。

 こんなのをさっきからガブガブ飲んでいるのか?

 リーシェさん、帰りは大丈夫だろうか?


「もう簡潔に言いますね。ギルドとしては、冒険者に“お願い”する事しか出来ないんですよ。本人が拒否すれば、依頼はそのまま宙ぶらりん。冒険者は選ぶ権利を絶対的に持っている。だからいくら断ろうと、クエスト掲示板から自分に合った仕事が選べる。でもクランとなれば話は別です。お願いではなく、依頼すればそれは間違いなく仕事という扱いになる。そして断ろうものなら、それはクランの評価に繋がる。つまり仕事を断り辛くなると言う事です。個人ならまだしも、組織な訳ですから」


「は、はい……」


「更に言うなら、ギルドからの依頼だけではなく、他者からの“依頼”だって入る事になるでしょう。つまりこれまで以上に他人に振り回される人生になると言う事です。もっと言うなら、他からの依頼の場合はこれまでの様に“ギルドの調査”が入りません。全て自分達で判断、調査する必要があります。相手の立場や、どう言う人間なのかという意味も含めて。そこらへん、分かっていますか!?」


 なんかもう凄く赤い顔しながら、リーシェさんが物凄くお説教して来る訳だが。

 これ、本当に大丈夫だろうか?


「私は……心配なんです。確かにクランを作れば、周りの皆だってある程度の納得はするかもしれない。パーティとして同格に肩を並べる訳ではなく、貴方に教えを乞う形で人は集まるかもしれない。しかしソレだけではなく、貴方が戦場に赴く場合。判断するのは、全てダージュさんになってしまうんです。誰かを助ける為にと、無理な戦地に向かってしまわないか……正直、不安です」


 そう言いながら、潤んだ瞳を向けて来る彼女。

 不味い、コレは。

 酔っぱらい過ぎている。

 女性経験の無い男にとっては、この視線でさえ結構不味い。

 というか、普通に色っぽい。


「では……その、まだ決まった訳ではないとしても。俺がクランを作る場合には、どうすれば……良いと思いますか?」


 何とか視線を逸らし、そんな言葉を吐いてみれば。

 彼女はコホンッと咳払いをした後。


「まずはイーサン騎士団長を、どうにか口説いて下さい」


「うん?」


「彼が加わってくれるのであれば、後ろ盾としては十分です。むしろ彼の方から国の上部に訴えかけてくれるでしょう。コレがあるか無いかで、かなり信用が変わります。もっというなら、貴方の保険になる事は間違いありません」


 イーサンを、クランに誘えば良いのか?

 彼はかなり忙しそうだから、本当に名前を借りる程度になってしまいそうだが。


「次に、ギルドからお願いするお仕事は……主に冒険者の教育です。ソレが出来る様準備を進めておいて下さい」


「教育」


「採取系のお仕事や、戦闘に関しても。ダージュさんはかなり高水準を保っています。なので、ギルドからは“講習”のような形で貴方の元へ人を送り、知識と経験を積ませる内容を依頼すると思います。それも、かなり長期的に」


「長期的に」


 それはつまり、そういう意味でも仕事には困らないと言う事だろうか?

 だとしたら、コチラとしてはかなり嬉しいのだが。

 いやでも、俺が人にモノを教えるのか……あんまり自身が無いな。

 ん? 待てよ?

 リーシェさんがいう準備というのは、もしかしてこの事か?

 心構えはもちろんの事、教科書の様な物を作ってしまえば何とかなるかもしれない。


「そして大物が発生した場合の対処、これに関しては今までとそう変わりません。しかし貴方が達成すれば、それはクランの信用へと変化します。つまり」


「俺が信用と実績を稼げば、メンバーの信頼も向上する。そして、他の仕事も受けやすくなる……」


「その通りです。しかし若手を育てておく、という最低限の仕事は絶対に発生します。それら全てを、貴方がこなさなければいけません。それでも、やりますか?」


 未だ赤い顔をしているのが嘘の様に、とても真剣表情を浮かべるリーシェさん。

 その瞳は、まるで俺に最終判断を強いているようではあったが。


「ロトト村に戻った時……思ったんです。友人の子供を見て、あぁ……こういう子供を守れればなって。でも俺一人じゃ手が足りない、実力も足りない。だからこそ、もっと多くの人達と協力して……各地を回れる組織が作れれば、と。その為なら、俺はいくらでも大物を狩ろう、資金を作ろうと、思った。もはや子供の考える妄想、そういうものに近いと……分かっては居るんですが」


 それだけ言って、乾いた笑い声を洩らした。

 でもこの掌には残っているのだ、あの赤子の重みが。

 凄く軽かった、驚くほどに。

 でもその子の未来を考えれば、身体が感じる重みよりも、ずっと心が重く感じた。

 だからこそ、守りたい。

 そう、思ったのだ。


「ダージュさん自身は、どうなんですか?」


「俺、ですか?」


「貴方に子供が出来たら、ダージュさんは間違いなく大事にします。その状況で、他人の為に家族を置いても仕事に身を置けますか?」


 正直、考えた事が無かった。

 俺の身には起こりえない事なので。

 しかし、ソレをあえて考えるのなら。


「多分、今と同じ様な生活に……なる気がします。早く会いたいから、早く仕事済ませる……みたいな。相手も困っている以上、依頼を受けない理由にはならない。けど……俺の我儘で、急ぐと思います。俺は不器用ですが、やっぱり“おかえり”を言ってくれる人の元には……なるべく早く帰りたいですから。そういう意味もあって、リーシェさんには感謝してます」


 そんな事を言いながら、ちょっとだけ恥ずかしくなり視線を下げてみれば。

 リーシェさんは再びプルプルしながら。


「それだとまるで、今は私に“おかえり”を言って貰う為に、急いで帰って来ている様に聞えますが……」


「えと、そう……ですね。恥ずかしい話ですけど、一人だと良くない思考に陥る事も多いので。そういう時は、凄く急いで……リーシェさん所に帰る様にしています。すみません、気持ち悪いですよね。何か、依存してるみたいで」


 あははっと乾いた笑い声を洩らすと、彼女は何やら悶えているかのように身体を動かしてから。


「すみませーん! もう少し強いお酒はありますかー!?」


「リーシェさん!? 流石に不味いですよ!」


 彼女は、更に暴走を続けるのであった。

 でも彼女は、ガブガブとお酒を飲んで真っ赤な顔をしながらも。


「気持ち悪くなんか、無いです。私も、ダージュさんが早く帰って来てくれるのは……嬉しいですから」


「えぇと? なら、良かったです?」


 なんかもうふにゃふにゃしているので、そろそろ酒は止めさせた方が良いのだろう。

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