第80話 宣言、敗北


「お待たせしましたっ!」


 急いで仕事を終わらせてくれたのか、随分と慌てた様子のリーシェさんがギルドの裏口から飛び出して来た。

 そこまで急かしてしまったのは申し訳なく思うが、俺としてはありがたい。

 これから重大な話をしようと思えば思う程、緊張で吐きそうになっていた程だ。


「ありがとう、ございます……すみません、時間を頂いてしまって」


「い、いえっ! 全然、ホント、平気ですから。お誘い頂いて此方も光栄というか……」


 光栄? 光栄とは……いや、あまり難しく考えるな。

 変な事を考えていれば、その分思考が回らなくなる。


「リバーさんの所の……レストランで、予約を入れてあります。凄く大事な話なので、なるべく他の人に聞かれない席を……」


「は、はいっ! 楽しみです!」


 何やら相手も緊張した様子で、いつもより高い声を上げるリーシェさん。

 もしかしたら、これから相談しようとしている事にある程度予想が出来ているのかもしれない。

 だとすれば……俺は、彼女を裏切る提案をしてしまうのかもしれないな。

 これまで冒険者として、ずっとお世話になって来たのに。

 彼女の元を離れ、自分の好きにやっていくと宣言する様なモノだ。

 だからこそ、本当に申し訳ない相談だとは思うのだが……どうしても、リーシェさんの意見も聞きたかった。


「では、行きましょう」


「あ、あの……もしかして、なんですけど。私、ちゃんとした服に着替えて来た方が良かったり……します? 今後に関わる大事な話な訳ですし、もっとこう……雰囲気のある恰好というか」


「? いえ、いつものリーシェさんだと思いますが。ちゃんとした、恰好?」


「い、いえ! 何でもないです!」


 少々おかしな様子の彼女を連れて、リバーさんの務めるレストランへと向かうのであった。

 あぁぁ、もう。

 緊張する……。


 ※※※


「お待たせしましたぁ!」


 元気な声を上げながら、店員が飲み物だけを置いて個室から去っていく。

 レストランに来てからこれ以外の注文をしていない為、もう誰かがココへ入って来る事はない。

 と言う事で、改めて大きく息を吸い込んでから。


「リーシェさん」


「は、はいっ!」


 対面に座る彼女に声を掛けてみれば、相手は少々上ずった声を上げながらも返事を返してくれた。

 少々顔が赤い様だが……もしかして、体調が悪いのだろうか?


「あ、あの……もしかして、具合が良くないとか……ありますか? であれば、話はまた後日でも……」


「いいえ全然問題無いのでそのまま続けて頂ければと思います! ちょっと店内が暑かったんですかね!? あ、あははっ」


 そんな事を言いつつ、ギルド職員の制服である上着を脱いでいく彼女。

 赤い顔をしながら、パタパタと手で顔を仰いでいるが……そんなに、暑いだろうか?

 現状鎧を着ている俺でも、別にそこまでとは思わないのだが。


「本当に、大丈夫ですか? 無理をしてまで、付き合わせたくはないので……」


「本当に大丈夫です! えぇ、それはもう。ですので、どうぞ」


 ここまで言われては、コチラとしては話を引き延ばすのも失礼だろう。

 だからこそ、スパッと本題に入るべきなのだが……うぅ、緊張で胃が痛い。


「その、これはリーシェさんにしか出来ないお話というか。貴女に聞いて欲しい、というか。やはり、意見を交わさないと決められない事でして……その、今後の関係にも影響しますから」


「っ! は、はいっ! それはもう、そうでしょうね。大丈夫です、しっかりと聞きますので……ど、どうぞ」


 何やら相手も覚悟を決めた様子で、力強く頷いてくれた。

 しかしコチラは口下手な上に、対人に関してはビビリも良い所だ。

 いざ口に出そうとしても、なかなかこう……モゴモゴしてしまう訳で。


「あ、あの……俺はその、リーシェさんに……とても、感謝しています。ここまでやってこられたのも、貴女のお陰だと、実感しています」


「そ、そんな私は別に……私は私で、ダージュさんのお役に立てるように仕事をしただけですし」


「それでも、俺にとってはずっと心の支えでした。どんなに周りから拒否されても、リーシェさんだけは、その……俺に“おかえり”と言ってくれるので」


「ダージュさん……」


 言え、言うんだ俺。

 まずは彼女に相談しなくて、誰に話す。

 きっとこの人なら、真剣に俺の話を聞いてくれる筈だ。

 だからこそ。


「リーシェさん!」


「は、はいっ!」


 グッと拳に力を入れ、半ば席を立ちあがる勢いで身を乗り出してから。


「今後、色々変化があって、どんどん環境も変わっていくかもしれない。けど、俺は! 貴女に感謝しているし、今みたいに普通に話せる環境を壊したくない。もっともっと、分かり合いたいとさえ思っています!」


 コレは紛れもない本心だ。

 まだまだ俺は、彼女の事を知らない。

 何が好きだとか、どんな事を楽しいと思えるだとか。

 そういう個人的な事を、全く知らないのだ。

 だからこそ、今後クランを作って距離が開いてしまっても。

 こうして一緒にご飯を食べる関係が崩れてしまわない様に、もっともっとリーシェさんの事が知りたい。


「これから言う事は、全て俺の我儘です。でも、聞いて欲しい。今後の為に、ご相談したい事があります」


「はい……謹んで、お聞きいたします」


 顔を赤らめながらも、真剣な表情で此方を見てくれる彼女を確認してから。

 もう一度深呼吸して、そして。


「俺、“クラン”を作ろうかと考えています!」


 言った、言ったぞ!

 相手からすれば、貴女の元を離れますと言わんばかりの宣言を、俺はした。

 でも別に、リーシェさんから離れたい訳ではないのだ。

 少しばかり立場が変わるというか、ちょっと歪になるというか。

 それだけの事なんだが……それでも、この人には相談したかった。

 だからこそ、グッと全身に力を入れて相手の反応を待ってみれば。


「……」


 ポカンとした表情のリーシェさんが、コチラを見つめていた。

 なんだか、目に光が無い様に見えるのは気のせいだろうか?

 え、えぇと? こういう場合、なんと声を掛けるのが正解なのか。

 アワアワしながらも、結局言葉が思いつかず。

 とりあえずリーシェさんの反応を待っていると。


「……お酒、飲んでも良いですか? それはもう、強い奴を」


「あ、えと? あまり、無理しない程度に……なら」


 そう答えてみれば、彼女は徐々にプルプルと震え始め。


「すみませーん! 注文お願いしまーす! 大至急!」


 個室の扉を開き、大きな声を上げるのであった。

 こ、これはやはり……やってしまっただろうか?

 散々お世話になったのに、急に勝手な事をやり始めてしまうのだから。

 などと心配しつつ、彼女の様子を伺っていれば。


「ダージュさんのばかぁ……」


「す、すみません!」


 予想以上にダメージがあったらしく、彼女はテーブルに突っ伏してしまうのであった。

 やはりクランに関しては……考え直すべきだろうか?

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