第78話 神父の説法
「おや、冒険者さん。ご友人に御挨拶は済みましたか?」
「えぇ、まぁ」
アバンの家を出てから実家に少し寄って、その後村の教会へと向かってみれば。
少ない人数のシスターと一緒に、ノクター神父が建物の掃除をしていた。
庭の隅で正座するロッツォと、彼に説教をしているシスターの姿があったが……あっちは、ソッとしておく他無いだろう。
気のせいだろうか? 膝の上に重しが乗っている気がするが……見なかった事にしよう。
なんか忙しそうだし、俺は戻った方が良いかな?
などと思っていれば彼は掃除道具をその辺に立てかけ、「どっこいしょ」なんて言ってから庭のベンチに腰を下ろした。
「さぁ、どうぞお隣りへ。何かお悩みなのでしょう?」
「……凄いな、神父様は。何でもお見通しだ」
「あははっ、そうであれば良かったのですけどねぇ。私は貴方が何に悩んでいるのか、さっぱりわかりません。だから、お話を聞こうと思ったまでですよ。言える範囲で構いませんので、ちょっとお喋りしてみませんか?」
あぁ、本当にこの人は。
どこまでも、“導く人”であり続けるんだな。
思わず小さく微笑みを溢してから、彼の隣に腰を下ろして。
「俺は、その……不愛想だし、言葉も上手くない。だから、友達が出来ないんだ」
「ほうほう、なるほど。それはお辛いでしょうね、友人というのは心の支え。いざという時に頼れる、愚痴を溢せる、共感してもらえる。そういう存在は、人にとって絶対に必要ですから」
「そう、ですよね……でも、そういう存在を作るのが、昔から苦手で。だから、パーティも組めなくて。でもずっとソレを夢見て、冒険者を続けて来ました」
「とても良い事だと思いますよ? 例え大変でも諦めず、それに向かって進む事は。今は叶わないと感じていても、いつか叶うかもしれません。しかし諦めてしまえば絶対に叶わない、だからとても素晴らしい行動です」
なんというか、シスターとはまた違った共感の仕方をしてくれる人だ。
本当に、相手から話させるのが上手いというか。
あぁそうか、“共感”してもらえば相手は気持ちよく話す。ソレが酒の席なら、なおさら。
そう、言われたな。
「でも上手く行っていないから、現実的に考えたら、一人の方が効率も良いから。そう……考えていた筈なんだが、今日……新しい目標というか、思い付きをしてしまいまして」
「ほほぉ、新しい試みですか? それはどのような?」
こんな事を言ったら、どう思われるのだろうかと少しだけ警戒してしまった。
もしかしたら、神父様なら賛同してくれるかもしれない。
けど背中を押されたからと言って、簡単に考えたら手痛いしっぺ返しがある事が分かっている事柄。
だからこそ、彼の意見も聞いてみたい。
「クランを……立ち上げれば。こういう村にも、人が派遣出来たりするのかな……と。冒険者を頼るには金が掛かる、騎士や兵士に縋るには事態が軽すぎる。そういう事例でも対処出来る団体を構成できれば……俺の友人の子供も、安心して成長出来るのかなと。そう、考えてしまって」
その言葉に対して、神父様は「う~ん」と少し悩んだ声を上げた。
やはり、無謀だろうか?
でもこれに関しては、彼の本心が聞きたい。
無理なら無理と、ちゃんと伝えてもらいたい。
俺一人だと、夢ばかり見てしまいそうで。
そんな事を、考えていれば。
「私も詳しい訳ではありませんが、“クラン”というのは……アレですよね? 一つの目標に同意、同調した者達が集まる集団であり、ある意味事業を起こすのと変わらないというか。しかし本人達が集まっているだけで、本当の事業という訳でもないので簡単な登録で済む。様々な職業の者達でも結集出来て、こう言っては失礼ですが……デモ団体、テロ組織。そう言った集団に近い、国に認められた場合の名称……みたいな」
「まぁ、そうですね。自らが名乗りを上げ、その知名度だけで食べていく……という様な感じです」
やはり、クランというものの一般知識というものはその程度。
というか、ある意味間違っていないのが痛い所だ。
国家に反逆を試みた連中が集まり、集団の名を掲げた。
それもある意味、“クラン”に近しい存在なのだ。
その名称は、国が認めていない以上クランとは呼べないが。
それでも、意味合いとしては同じようなモノだ。
「そうですねぇ……偉そうな事を言える程、私に知識が無いのも問題なのですが。その点に関して、一つ質問しても?」
「……えと、はい。なんでも、その……思ったままを口にして頂ければ、俺は嬉しいです」
もはや肯定的な意見は求められないだろう。
だからこそ、諦めた気持ちでそんな言葉を呟いてみれば。
「ダージュさんがその“クラン”を設立した場合、私は参加出来るのでしょうか? 戦闘も出来ませんし、お喋りくらいしか出来ない私でも……参加出来たりします?」
「え?」
一瞬、何を言っているのかよく分からなかった。
だって、今、この人、え?
「ありゃ、やっぱり駄目ですか? 何か新しい事を始める時って、やはりドキドキするじゃないですか。だったら私も混ざって一緒に楽しめたらなぁと思ったのですが……流石に戦えない者は役に立たないですよね」
そんな事を言いながら、ハハハッと笑い声を浮かべる彼に対し。
こっちは思わず立ち上がって頭を下げてしまった。
「是非お願いします! ま、まだクランを作るかどうかも分からない状況ですけど……でも、もしも結成したその時に、神父様が居てくれたら……その、凄く心強いです」
「おぉ! それはありがたい。クランというのはアレでしょう? 他に仕事があっても入れるモノなのでしょう? だったら私もお邪魔してみたいモノです。いやぁ楽しみですねぇ……新しい組織、新しい面々。そして何より、ダージュさんが夢見る事を実現する為に動く。それはきっと、良い組織になる事でしょう」
相手も相手で安心した顔を浮かべ、とても緩い笑みを浮かべながら再び座る様促されてしまった。
な、何と言うか……びっくりした。
クランを設立するとしたら、まずは人を集めなければ。
それが一番の課題だったのに、あっさりと一人目が見つかってしまった。
「で、でも……良いんですか? 俺はまだ、何も決めていない。詳しい事まで、全然考えが行き届いていない。それでも、協力すると?」
「ダージュさんは、三つ程。とても初歩的な間違いをしておりますね~。それがなんだか、分かりますか?」
間違い? しかも三つも?
はて、全く想像が付かない。
言葉に詰まってしまい、思わず首を傾げてみれば。
「一つ目。何か新しい事をしようとする際に、相談をしない人は続きません。いきなり事業を始めても、従業員が居ないのでは仕事にならないでしょう? だったらまずは、知り合いでも友達でも。色んな人に声を掛け、協力者を確保して置くことが先決です。その具合によってクランを設立するかどうか、度々考えながら日常を送れば良いのです。結果を先に出してしまう必要はない」
「た、確かに。俺がクランを作っても、誰も集まらない……では、話にならない」
盲点だった。
いや、其処は流石に先に気が付け。
俺だけ勢いに任せて突き進んでも、今と変わらない生活になっては意味が無いではないか。
「二つ目。未だ何も決まっていない、目標が定かではない。そんなの当たり前です。新しい事を始めようとしているのですから、無理に明確な目標など掲げても破綻してしまう可能性が高い。だからこそ、自分以外の人間を取り込んで一緒に考える事です。試行錯誤し、どんどんと目標を変えていく事こそ、柔軟性というモノです。ホラ、この時点で一つ目が絶対条件になるでしょう?」
「なるほど……一人で考えていても、答えは出ない。というか、出してはいけない……に近いのか」
「その通り。自分の理想と思考に、他者を酔わせる事は可能です。しかしその先にあるのは独裁のみ。貴方は他者を自らの駒として使いたい訳ではないのでしょう? なら、より多くの意見を求め、ソレを踏まえて思考し、大きな目的達成の礎として組み込むべきだ。だからこそ、より多くの意見。より多くの人の気持ちを汲み取る必要が出て来る」
そういう考え方も、あるのか。
クラン何て言えば、リーダーの意向に合わせて集まって来た者が動く。
というか、その思考に共感したから働く。みたいなイメージがあったが。
確かにその通りだ。
大きな目標がありつつも、ソレがぼんやりとした……は、言い方が悪いな。
大規模であればあるほど、実現するのが難しい程、様々な手法や思考が求められる。
たった一つ間違わないやり方、という物が無い以上……やはり多くの意見が必要であり、多様性や柔軟性も必要になって来る訳だ。
そうでないと、絶対に無用なトラブルに巻き込まれる事だろう。
世間の考え方と、クランの考え方が違う。
その結果、争いが起きる。
そんな事になればソレは、テロ組織と同一だ。
「そして三つ目……コレは非常~に、大きな問題です」
色々考えていた俺に対し、神父様は三本指を立てながら此方の顔の前に突き出した。
そして。
「お話はシスタークライシスから聞いております。冒険者として仲間を集めるのは、確かに難しいかもしれませんね。やっかみや、恐れ多いと思って肩を並べてくれる存在は少ないかも知れない。でも大きな世界に目を向けてみればどうですか? 貴方の周りには、既に沢山の仲間が居る筈です。肩を並べて来る強い者達も、協力してくれる友人も。そして何より、ちょっとしか助けにならない、私の様な存在も。そういう方々に声を掛け、様々な存在を集めたクラン。とても素敵だと、私は思いますけどねぇ。案外、人材としてはそれなりに揃って居るのではありませんか?」
クククッと悪戯な少年の様な笑みを浮かべる神父様は、怪しげな笑みを浮かべるのであった。
あぁ、そうか。
冒険者に限らず視線を向ければ……協力してくれるかどうかはまだしも、相談に乗ってくれそうな人はいっぱいいるのか。
「ところで、冒険者さんはこの村から追放されたとお聞きしましたが……そうまでして、守りたいと思えるモノなのですか? やはり故郷ともなると」
「あ、いえ……こう言ってしまうと白状かもしれませんけど、村自体は……そこまで。さっき両親とも話して来ましたが、その……謝罪されました。でも、あまり心は動かなかったというか、もう他人の様に感じられてしまって。親不孝者ですよね……友人の子供を見て、腕に抱いて、ふと思いついただけなんです。本当に、自分勝手な人間です」
両親に関しては、話したというよりずっと謝られてばかりだった。
主に追放の時、味方になってやれなかった事を。
そして普段からあまり深く関わらなかった事も。
こればかりは仕方ないと、俺の中では決着が付いているので……本当に、今更って気持ちにしかならなかったが。
そもそも俺とミーシャに歳の差があり、妹が生まれた事で育児に追われていたのは知っている。
つまり、親としても俺に構ってやれる状況になかったのだ。
忙しそうに動き回り、妹優先になってしまう家族を見て。
俺は反発ではなく、子供心に適応を選んでしまった。
その頃にはもう村の仕事の手伝いに出ていたし、あまり喋る方じゃなかった。
だからこそ徐々に距離は開いて行き、いつのまにか他人の様な距離感になってしまった。
結局は、俺の選んだ結果。
親だって人間なのだ。
何を考えているのか分からない子供の様に思えて、さぞ扱い辛かった事だろう。
ちょっと仄暗い過去を思い出し、アハハ……と乾いた笑い声を溢してみれば。
ノクター神父は笑みを深め。
「良いじゃありませんか、自分勝手でも。人はそうやって生きていくモノです、それに貴方のその”自分勝手”は、確実に誰かを救う我儘となる。全ての者を愛す、守ると、そんな事を語る方の言葉は薄っぺらい。でも貴方は友人の子供を見て、手の届く範囲を広げたい、その子供を守りたいと願ったのでしょう? そういう人間臭い目標の方が、私は好きです」
この人は、何でも肯定してくれるんだな。
そんな人が俺に協力してくれると言ってくれたのだ。
本当に、ちゃんと考えないとな。
そんな事を考えながら、今一度彼に頭を下げるのであった。
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