第77話 思い付き


「ダージュ! 見て! 私、叔母さんになった!」


 キャッキャと騒ぐノノンに腕に抱かれているのは、本当に小さな赤子。

 そして赤子を抱く彼女の様子を見つめるのは。


「アバン……ニナさん。本当に、お疲れ様でした」


 そう言って頭を下げてみれば、彼等は涙を溜めながら。


「馬鹿野郎ダージュ、お礼を言うのはコッチの方だろうが。ノノンの事、本当にありがとうな? すげぇよ、ほんと。ちゃんと俺達の事を認識してる、ちゃんと前みたいに喋ってる。本当……ありがとな」


「いや、俺は……何も。預かっておきながら、シスターに任せてばかりで」


「シスタークライシスから聞きました。ダージュさんのお役に立てるように頑張ろうって、そう言うと。ノノンは、凄く頑張ってくれたそうです。そのお陰で、回復も早かったって。本当に……ありがとうございました。もう、何とお礼を言ったら良いか」


 そんな事を言いながら、二人は涙を流しながら俺に頭を下げてくれた。

 止めてくれ、俺は本当に大した事なんてしていない。

 教会の人なら、専門家だから。

 そして丁度良くシスターが帰って来てくれたからこそ、頼った。

 本当にソレだけなんだ。

 何てことを思って、申し訳なくなっていると。


「ダージュ! 抱っこしてみて!」


 赤子をあやしていたノノンが、急に俺の元へとやって来た。

 そしてその腕には、何やら機嫌良さそうに笑っている赤子。


「いや、待てノノン。俺は子供を抱いた事が無い、危険だ。危険すぎる、そういうのは専門知識を付けた人間がやるべき事だ」


「うーるーさーい。赤ちゃんも抱っこ出来ない男は、将来夫としてやっていけないの。そうシスターに教わった」


「そ、そうなのか……誰かの夫になる予定はないが、頑張ってみよう。それで、どうすれば良い?」


「出来れば鎧を全部脱いでほしいけど、とりあえず籠手外そっか」


 そんな訳で、大急ぎで籠手を脱ぎ去った。

 あ、そうだ。

 赤子は病気になりやすいと聞いた。

 と言う事で慌てて妹に清浄魔法を掛けてもらい、綺麗になった事を確認してから掌を広げて見せれば。


「首、支える様に持ってね? 赤ちゃんはまだ重い頭を支えるだけの筋力が無いから。そうそう、優しく包み込んで。アハハッ、ダージュなら掌だけで収まっちゃうね」


 これまでに比べても、かなりしっかりした口調で話すノノン。

 赤子を前にすると、こんなにも変わるのか?

 などと思いつつ、両掌に収まった小さい命に視線を下ろしてみれば。


「ぁー、だーぅ」


「あぁ、俺はダージュだ」


 小さい、本当に小さい。

 落してしまったらどうしようと心配になる程の、小さな命が此方に視線を向けていた。

 しっかりと、兜の奥の俺の瞳を見つめている。


「兄さん、兜外しますね? このままでは、兜の形で覚えられちゃいますよ?」


 そんな事を言って、妹が俺の兜を取ってくれた。

 そして、素顔の俺と赤子の目があった瞬間。


「だーぅ!」


 掌に支える、この子が。

 俺の名を呼びながら、ニコニコ笑ってくれたのだ。

 あぁ、何という事か。

 こんな俺の顔を見て、こんなにも満面の笑みを浮かべてくれるのか。

 赤ちゃんという存在は、とても不思議だ。


「ハハッ、ダージュの事も気に入ったみたいだな」


「そりゃもちろん、アナタの一番のお友達ですから。きっと分かるんですよ」


 クスクスと笑うアバン夫婦。

 だというのに、何故だろうか。

 俺の頬には、涙が伝った。


「ダージュ? どうした?」


「兄さん?」


「ダージュさん?」


 皆が心配そうに声を掛けてくれる中、掌に抱いたこの子だけはキャッキャと笑いながら必死で此方に手を伸ばして来る。

 こういう子達を、例え自らの子ではなくとも、守りたいと。

 そんな感情が、浮かんだのだ。

 例え何が襲って来ても、例え俺が衰えた後でも。

 こういう子達を守ってくれる存在が居るのなら、どれ程安心出来るのか。

 そんな事を、想像してしまった。

 だからこそ。


「アバン、一つ聞きたい。もしも俺がこの村に居たとすれば……安心出来るか?」


「そりゃもう。ダージュが居てくれるのなら、怖い物の方が少ないくらいだよ。俺みたいなのだって、安心して子育て出来るってもんだ」


 本当に軽い様子で、彼は答えてくれた。

 冗談みたいに言っているが、コレが本心なのだろう。

 やはり、守る力は強ければ強い程良い。

 でもこんな村には、そう言った者達は集まらない事の方が多い。

 だこらこそ、情勢のバランスが崩れていく。

 こんな事、今まで意識した事は無かったが。

 こんな事、想像した事も無かったが。


「もしも……俺がパーティではなく“クラン”を作った場合。こういう子を守れる人間を、派遣出来る組織が作れるだろうか? そこまで多くの人が集まってくれるだろうか?」


 そう呟いた瞬間、ガタッと妹は立ちあがった。

 残る面々は、何の事やら? という表情であったが。


「本気ですか? 兄さん。アレは冒険者からでも申請出来ますが、ソレでは“冒険者”として枠組みを超えてしまいます。普通なら、私達の様な後ろ盾のない人間には縁のないお話です。本当に協同組合の様な組織ですよ?」


「願望、妄想の類だ。俺に付いて来てくれる人間なんてほとんど居ない。イーサンに頼って、そっち方面で組織を作った方が早いかも知れない。でも……」


 掌に乗せた赤子を顔に近付けてみた。

 すると相手は、嬉しそうに笑いながら俺の顔へと手を伸ばす。

 こういう存在を、無意味に殺させてはいけない。

 赤子を抱くという経験をして、俺を見て笑ってくれるこの子を見て。

 今までに無かった感情が湧き上がって来た。


「守りたいというのなら、それ相応の覚悟も必要だ。というのも……分かっている、だからこそ。俺は“コレ”を目標に、“パーティ”ではなく仲間を集めても良いんじゃないかと、今……思った。不合理で、不利益も発生するかもしれない。しかし、それでも……俺が勝手に目標にするなら、良いのかなって」


 これまで俺には目標らしい目標が無かった。

 ただただ、目の前の依頼をこなすだけの日々。

 でももしも、コレが“クラン”として動けるならどうだ?

 誰も彼も、実力に見合った仕事が振り分けられる上に、組織としてクランは動く。

 国にとってある種末端の組織であり、様々な枠組みを超えた人の集まりであり……全て自己責任な上に、ある意味“起業”するにも等しい行為。

 下手な手を打てば、国やギルドも敵に回してしまうかもしれない。

 大成すれば国にも認められ、騎士団になりえる事もあるという……まぁ、組織的な一発逆転みたいなやり方だ。


「“クラン”を名乗るという事は、パーティの様な簡単な事ではありません。誰も後ろ盾になっていない状態で、一つの組織を作ると言う事です。しかもそのトップに立つと言う事は、何か起こった際に全てクランリーダーの責任となる」


「分かっている」


「自由な結集団体にも近い為、ほかの業種との兼業でも可能には可能ですが……兄さんの場合、冒険者ギルドから仕事を貰っても、それはギルドからクランへの“依頼”という形になります。これまでの様に、ギルドからの保証は無くなる……それどころか、誰かが失敗でもしようものなら、クランの信頼問題に繋がります。つまり、兄さんが後始末をする必要が出て来るんです」


「第三の存在になるって事だもんな、そればかりは仕方のない事だ」


 ある種名乗りを上げただけの集団にしか過ぎないから、それら全てに責任が伴う。

 更に末端の人間が問題を起こしても、クラン全体の問題として見られる為、リーダーをやりたがる人間というのはとにかく少ない。

 しかし信用さえ掴めてしまえば、団結さえ出来てしまえば。

 これまで以上に、大きな力として動く事は可能だ。

 そして俺にとっての一番の問題は……人が、集まらない事。

 だからこそ、今の所は本当に夢物語でしかないのだが。


「帰ったら、リーシェさんにも相談してみようかなって。本当に、今は……ちょっと思い付いた程度だ」


「兄さんなら、しっかりとした仕事を貰える可能性も大いにありますから……反対はしませんが。でも、本当にやるなら……下地は整えてからにして下さいね? もしもクランを作ってしまえば、“切り捨てる判断”だって……兄さんがする事になるんですからね?」


「あぁ、その辺を含めて……これから勉強していくよ」


 そんな会話をしながらも、腕に抱いた赤子を慣れないながらもあやしてみるのであった。

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