第75話 ロトト村、再び


「では兄さん、ちょっと行って来ますね。ノノンの事が決まり次第、一度此方に報告に戻ります」


「あぁ、頼んだ」


 そんな会話を交わしてから、俺と馬車だけ村の入口に残された。

 よぉ、馬。

 水と食事は先程摂っていたからな……果物でも喰うか?

 などと思いつつ、二匹の馬にリンゴを差し出してみれば。

 二頭ともガツガツと良い勢いで果物に齧りついた。

 もしかしたら教会の教えで、馬も質素な生活をしているのかもしれない。

 でもシスターも神父も、隠れて酒を飲む趣味はある様だからな。

 今の内にいっぱい食べておけ。

 などと自分でも良く分からない事を思い浮かべ、リンゴを木箱のまま取り出して馬と戯れていた。

 相手は、リンゴを喰う事に必死だが。


「おい、ダージュ。その……何やってんだ?」


 しばらくして背後からそんな声が聞こえ、馬を撫でながら振り返ってみると。


「……ロッツォ」


「……おう」


 ムスッとした顔の彼が、コチラに訝し気な視線を向けて来ていた。

 他の皆が訪れた事により、俺も来ている事を聞いたのだろうか?

 しかし彼以外に姿が見えない、では単独でココへ?

 何故。

 彼は俺の事が嫌いだった筈なのに。


「どうか……したのか? 俺達の用なら、いまミーシャとシスター達が済ませている。俺は、その……追放されたから、入らない。安心してくれ」


 そう言ってみれば、彼はガリッと音が鳴る程奥歯を噛みしめ。


「なんで、お前はいつもそうなんだ?」


「……えぇと、何が?」


「その態度だよ! 昔からちっとも変わらねぇ! 何をやられても、何を言われても澄ました雰囲気で。普通もっと俺を恨むだろうが! 怒るだろうが! ミーシャを傷付けた時のお前は、あの時だけは! ……本気で、怒っていた。なのに、また前のお前に戻るのかよ」


 いまいち相手が何を言いたいのか、良く分からない。

 俺の態度が……というか、反発しないのが気に入らない。ということで、良いのだろうか?

 確かに、怒りを覚えた事もあった。

 妹を傷つけた時は、殺してやるってつもりでロッツォを憎んだ気もする。

 でも、それ以上に。


「俺だって、ロッツォを傷付けた。その腕……すまない。俺は、取り返しのつかない事をした。だから……」


「それ以上謝んじゃねぇ、俺の方が惨めになる。俺は俺なりに、腕の事は決着を付けてる。もうお前に謝られる義理はねぇ」


「す、すまな……いや……そうか」


 では、なんと声を掛ければ良いのか。

 次にかけるべき言葉が思い当たらず、微妙な沈黙を作ってしまったが。


「お前は、何でそうやって……いや、聞き方を変える。ダージュ、お前は……俺が憎くないのか?」


 そんな問いを投げ掛けられた。

 憎い、憎いか……。

 確かに昔から色々と言われたし、妹だってイジメられた記憶のある相手だ。

 好きかと言われれば、間違いなく違う。

 ただし憎しみを抱いているのかと言われると……それも、多分違うのだろう。

 妹を傷付けた報復として、俺は“光の剣”を使った。

 そして相手の片腕を切り落としてしまったのだ。

 だからこそ、そういう感情とは別の所で。

 哀れみや、同情……いや、違うか。

 俺個人としては、申し訳なさが先に来てしまう気がする。


「好きではない……が、俺のやった事を考えれば――」


「関係ねぇ。お前の感情のままを教えろ、ダージュ」


 喋っている途中で、言葉を被せられてしまった。

 こうなってしまえば、やはり俺は言葉に詰まってしまう訳で。

 そうだな……あえてロッツォという人間を言葉にするのなら。


「苦手、だ。そうだな……コレが一番しっくり来るかもしれない。俺は、お前の事が……苦手だ」


「ハッ! 全く……最初からそうやって言えば良いものを。いや、悪い。俺もガキだったって事だよな」


 それだけ言って、彼は此方に深く頭を下げて来た。

 こんな事一度だって無かった。

 ロッツォという男は、こんな事をする人間ではない。

 そう、思っていたのだが。


「悪かった、ダージュ。謝って許してもらおうなんて思っちゃいねぇ、だが言葉にはさせてくれ。すまなかった、全部。俺も、お前が苦手だったんだ。だから周りの奴らを使って嫌がらせしたり、当時の大人達にお前が嫌われる様に仕向けたりもした。それにミーシャにだって……すげぇ申し訳ねぇと思ってる」


 こんなにも、素直に謝罪する人間だったのか。

 これまでのイメージとは違い、随分と真っすぐな性格に思えてしまうが。


「俺からも、謝る事は多い。でも……多分俺は、ロッツォを許す事は出来ない。これからも、苦手のままだと思う。妹を、傷付けたから……あの子に危害を加える人間を、俺は許す事は出来ない」


「ハハッ……相変わらず、お前等兄妹は互いの為にってか。お前の感情で、お前の気持ちで嫌われてりゃ……もう少し違ったのかもしれねぇけどな」


 そんな事を言いながら、彼は腰に下げた長剣を抜き放った。

 以前も見た、村にあった“光の剣”の刃。

 思わず警戒し、仲間を守る様にして片腕を広げたが……後ろには、馬しか居なかった。

 何だよ? と言わんばかりに、未だ箱で出してやったリンゴを齧っている。

 下がれ、馬。被害が出たら不味い。

 帰りの足が無くなってしまう。


「なぁダージュ……勝負してくんねぇか? 昔から、一回もお前に勝った事無かっただろ? 俺が勝ち誇ったフリをしただけで、お前が一切抵抗しなかっただけだ。皆で取り囲んで、一対十みたいな数でさ。全く……情けねぇよなぁ。でもさ、今だけは……一対一で本気で勝負してくんねぇかな。わりぃ、コレも俺の我儘だって分かってんだけど」


 何故だろうか?

 彼の顔が、今にも泣きそうな表情に見えてしまった。

 ロッツォという男は、こういう奴では無かった。

 いつだって仲間を侍らせ、嫌がらせみたいな真似をして。

 俺を困らせる代表格の様な存在だったのに。

 今の彼は、何と言うか……凄く、救いを求めている様に感じられたのだ。


「模擬戦を、すれば良いのか?」


「あぁ、頼む。俺はこの剣に選ばれた……そう思いたいんだ。そうじゃないと、責任に圧し潰されちまいそうで。本当の意味で期待される、誰かの命を預かるって……こんな怖い事だったんだな」


 多分、村長の仕事を引き継いだ影響なのだろう。

 冒険者の新人でもよくある、依頼に対してのめり込んでしまう状況に陥っている。

 自分がどうにかしなきゃ、自分でなんとかしないと周りに迷惑が掛かってしまう。

 そんな風に思いつめて、どんどんと心の余裕を無くしてく。

 そういう人間は、意外な程多い。

 そしてそんな人ほど……総じて責任感が強いのだ。


「良いだろう、ロッツォ。相手になる……しかし、その前に一つだけ」


 大剣を抜き放ち、彼に向かって構えてから。

 静かに、呼吸を整えて言葉にした。


「もっと、周りを頼って良いんじゃないか? お前だけで全部やる必要なんて、無いんだ」


「けど! 今じゃ俺が村長代理だし、親父の件もあるから……俺が人一倍頑張って、村に寄って来る魔獣なんかもぶっ殺して! ギルドには頼みづらくなっちゃったし、調査がいちいち入る分金も掛かる。そんなの毎回やってたら、村の皆が!」


 思った以上に、ロッツォは真面目に働いている様だ。

 そして父親の罪を背負い、その分頑張らないといけないと気を張っているらしい。

 なら、そうだな。

 別に俺は、彼の事が好きではないが。


「俺は……正直、この村も、お前も苦手だ。でも本当に困った時には……俺を、指名しろ。そうすれば、ギルドから必要以上に料金を吹っ掛けられる事はない。俺からも、そうギルドに伝えておこう」


「……え?」


 こう言う他、ないのだろう。

 彼は村の為に頑張っている様だし、ココは一応俺の故郷だ。

 そしてもう一つ理由をつけるなら……ミーシャには、また怒られてしまうが。

 今のロッツォは、好きではないが嫌いではない。

 それに“頑張ろう”としている様にも見える。

 だったら、俺みたいなのんべんだらりと生きている冒険者程度なら。

 少しくらい力を貸してもバチは当たらないだろう。

 甘いとか、助ける必要なんて無いと、他の人だったら言うのかもしれないが。

 俺は冒険者で、何でも屋。

 依頼が来たのなら、金が入るのなら動く。そういう存在。

 それに何かや誰かに悪感情を向けるのが……俺は、苦手だ。

 憧れた人が、そう言う人だったから。


「勝負、するんだろ?」


「お、おう! 頼む!」


 そんな会話をしてから、合図も無く両者とも飛び出した。

 “光の剣”の刃を使っているからなのか、能力的にも武装的にも、他の面々とはまた違った感覚。

 そしてなにより。


「ロッツォは、努力を人に見せないタイプだろう」


「う、うるせぇな! 稽古なんてのは、人目に付かない所でやるもんだろうが!」


 前の時より、ずっと強くなっていた。

 やはり、凄いな。

 目標のある人間というのは、どこまでも強くなれる。

 俺もいつか、正確な“目的”という物を胸に抱きたいモノだ。

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