第72話 ランブルという男


「どうした、おせぇぞ術師! 前衛は常に戦ってるんだ! 状況は待ってくれねぇぞ!」


「ぬっ、ぐぅぅぅ! 絶対一人で余裕な癖に、あえて囲まれてるでしょう!?」


「勉強勉強。頑張んな、お嬢ちゃん。ほら、また俺だけで片付けちまうぞ」


「ちくしょおぉぉぉ!」


 本日もまた、ランブルさんから教育を受けていた。

 必死に術を連発しているのに、相手が敢えて危険な状況に飛び込んで行くので、コチラとしては大忙しだ。

 分かっている、私の教育の為にわざと状況を作っているのだと。

 だかしかし、ここまでやられてしまうと。


「ランブルさん性格悪い!」


「悪かったって、フィア嬢ちゃん。でも、乱戦となっちゃこれくらい普通なんだぞ? さっきの状況に対処しながら、他の敵も抑える……とかな? ソレの練習だと思うこった」


 敵を槍で薙ぎ払った彼が、ケラケラと笑いながら此方に戻って来た。

 ベテランから教育を受ける、それはとても良い事だ。

 そして彼のやり方は、非常に合理的というか、分かりやすいとも思える。

 けど、ずっとこちらを焦らせる様なやり方ばかりなので、非常に疲れるのだ。

 ダージュさんの様に色々と説明してくれる訳でもなく、実戦に放り込んで「やってみろ」スタイル。


「あぁもう! 他の冒険者と組んだ時なら、もう少し考える時間があるのに!」


「だが、お前が組もうとしてるのは“暴風”だろ? なら、今の内から慣れておくこった。多分、こんなもんじゃないぜ?」


 クククッと笑う彼の言葉に、少々違和感を覚えた。

 なんて言うか……ダージュさんの事を上に見ているというか。

 彼もまた、自らの実力に不満を持っているかの様な発言。


「二人は、同格……なんですよね? あんな凄い戦いを繰り広げた訳ですし」


 首を傾げながら、そんな言葉を紡いでみれば。

 ランブルさんは「ハッ」と乾いた笑い声を洩らしてから。


「手加減されて、同等に戦ったからって言って。そこで調子に乗る程若くねぇよ、俺も」


「手加減?」


 あの戦闘で? 嘘でしょ?

 ギャラリーとしては、そんな感想を思い浮かべてしまう訳だが。

 彼は、苦い表情を溢しながら。


「本人としちゃ、本気のつもりだったかもしれねぇな。しかしながら、どこまでも“試合”を意識していた。多分“殺して良い”存在とそうじゃない相手を意識して、実力を無意識に抑えるタイプだ。全部使って勝負すりゃ秒殺、あの大剣でも本気を出せば俺なんぞ真っ二つになっていただろうよ」


 チッと舌打ちを溢しつつ、ランブルさんは視線を逸らし。


「分かるんだよ。あの戦闘でも……暴風は俺に“合わせて”戦っていた。アイツ好みの戦場にいつでも転換出来ただろうに、あえてやらなかった。つまり、手加減されていたって事だ」


 嘘でしょ?

 脅威と感じる程の模擬戦だったのだ。

 これまで見た事も無い程迫力ある対戦だったのだ。

 だというのに、ダージュさんは手加減していた?

 アレで? 耳がおかしくなりそうな衝撃音が響き渡っていた、あの戦闘で?

 とてもじゃないが、信じられない。

 というか、想像の範疇を飛び越えてしまっている。

 あの戦闘ですら余裕を残しているのなら……彼の“本気”は、どれ程の高みに居るのだろうか。


「普段から魔獣やら魔物やら相手にしている奴等は、どうしたって人間相手には力を抑えちまう。多分その手の類なんだろうが……嬢ちゃん、アイツと組みたいのなら覚悟を決める事だ。ありゃ……正真正銘の化け物だぞ。俺もアレから色々考えて槍を振るっているが、勝てる未来が見えねぇ」


 これ程の槍使いに、そんな言葉を吐かせてしまう大剣使い。

 私は前衛じゃないし、彼等の正確な実力は測れないのかもしれないが……。


「ちなみに……どうして、そう感じたのか……聞いても良いですか?」


「嬢ちゃんなら、核心的な事を言っても本能的に理解出来そうだよな? だから感じた事だけを伝えるぞ? 暴風を前にすると、俺の攻撃が届く想像が出来なくなるんだ。いくら打ち込んでも、アイツに俺の槍が届く未来が見えねぇ」


 それだけ言って、彼は自らの槍を空に構え。

 その穂先を睨みながら言葉を続けた。


「どんなにデカい魔獣でも、俺はコイツでぶっ殺して来た。でもよ……暴風に挑んだ時、何を考えたと思う? どう殺すか、じゃないんだ。どうせコイツは防御するだろうから、次にどう繋げるか。どうしたら相手が攻撃出来ないか、そればかり考えていた。無様だろう? 俺は攻撃しながら、守る事ばかり考えていたんだ」


「あ、あの攻防戦の中で……そんな事を?」


「そうだ、そもそも俺はラッキーだっただけ。本当は弱い人間なんだ、自分より強い相手にはビビっちまう。だからこそ、攻めきれない。だがアイツにはそんな制限が無い。まるで魔獣っつぅか……死んでも殺す、その精神が根っこから染みついてやがる。兜の奥の瞳が見えた瞬間、ゾッとしたぜ。あの戦闘でも、アイツは……すげぇ楽しそうな笑顔を浮かべていやがった」


 ※※※


 久しぶりに、全身が拒否するような“恐怖”というものを感じたのだ。

 コイツに挑んでは駄目だ、絶対死ぬ。

 そんな事を思いながら、死ぬまでの時間を稼ぐ為に攻撃を繰り返した。

 もはや泣き叫びたかった、負けを認めて助けてくれと叫びたかった。

 でも、ソレを我慢して武器をぶつけ合った結果。

 受付さんに、助けられた。

 正直、もう一度やりたいかと言われれば間違いなく断るだろう。

 それくらいに、“暴風”はヤバイ。

 アレで本気を出していない上に、“英雄の武器”を使っていないのだ。

 アイツは、正直そこらの人間が隣に並べる存在じゃない。

 だからこそ、俺はアイツのパーティの申し込みを断った。

 ギルドとしても、その方が良いというのは分かっていたが。

 今現状では、アイツに頼ってしまいそうで。

 俺は弱者なのだと、認めてしまいそうで。


「俺は……アイツの隣に並ぶには、まだまだ足りない。だからこそ……」


 グッと拳を握り、奥歯を噛みしめた。

 “英雄の武器”を手に入れたからなんだ? そこらの冒険者より強いからなんだ?

 その程度の条件では、“特別”にはなれない。

 俺は“暴風”に勝てない。

 なら何をすべきか、分かるだろう?

 俺自身が、強くなるべきだ。

 胸を張って、俺はコイツと同格だと言える程に、強くなるべきだ。


「貴方程の高みに行っても、そういう認識になるんですね……」


「なるさ。俺は多分、“殺し合い”ならアイツに負ける」


 チッと舌打ちを溢しつつも、ギリギリと握った拳を見つめていれば。


「おんなじですねぇ、アハハ。まだまだだぁって思って、上を目指す姿勢は。新人もベテランも」


 フィアの嬢ちゃんから、そんな言葉を貰ってしまった。

 確かに、そうなのかもしれない。

 久しぶりに上を見つけたから、久しく忘れていたが。


「ハ、ハハッ! 確かに、そうかもしれねぇな! 俺は久々に、“上”を目指してるのかもしれねぇ!」


 “英雄の武器”という物を保有してから、全てが上手く行った。

 誰も彼も、俺よりどんどん弱くなっていった。

 だからこそ、調子に乗っていたのかもしれない。

 こんなモノを持ちながらも、コチラを叩き潰して来る相手を。

 俺は、待ち望んでいたのかもしれない。


「うっしゃぁ! アイツがいざって時にちゃんと俺を頼る様に、実績を積むか!」


「暑苦しいですねぇ……まぁ、嫌いじゃないですけど」


 フィアからはそんな言葉を貰いながらも、本日の依頼を端から片付けていくのであった。

 そうか、そうだよな。

 今の実力に不満があり、更に上が見つかったのなら。

 俺は、努力する以外に道は無いのだ。

 戦え、戦え。

 これまで以上に考え、更に強くなる為にはどうすれば良いのか考えろ。

 更に上が居るのなら、追い付く為の努力をしろ。

 それが、“冒険者”ってモンだ。

 強く、更に強く。

 そしていつか英雄と語れるくらいに、強くなって見せろ。

 そういう物語は、大体平民からの逆転劇を描いているのだから。

 なら、俺が主人公になれ。

 その為には。


「おっしゃぁぁ! もっともっと、強くなるぜぇ!」


「暑苦しいなぁ、もう。別に良いですけど」


 一緒に付いて来た術師様は、随分と呆れた微笑を向けてくるのであった。

 まぁ、こんなのは普通理解されないよな。

 ガキの頃からの夢だったんだ……俺は、本になるくらいの英雄になりたい。

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