第71話 贅沢な悩み


「おはようございます、ダージュさん」


「おはよう、ございます……」


「あ、あはは……分かりやすく落ち込んでますねぇ」


 翌日、ギルドに顔を出した瞬間に困った顔をされてしまった。

 これではいけないと分かってはいるのだが、どうしても昨日気が付いた事が頭から離れず。


「あの……もしかして、なんですけど。妹が本格的に冒険者になっても、俺と固定パーティが組めない……とか、ありますか?」


「あぁ~なるほど、そっちに思考がシフトしたんですね。まぁ、アレです。ギルドの意見なんか関係ない! 俺はパーティを組むぞー! って勢いで申請してくれれば、コチラとしては許可するしかないのですが。そこら辺は個人の自由ですし」


「そこまで……図太くは、なれないです」


「で、すよねー……あはは」


 困り顔のリーシェさんが、今後予想される事態を説明してくれた。

 ミーシャが学園を卒業し、冒険者として本格的に活動し始めた場合。

 最初は“お目付け役”として俺が組む事は問題無し、これは昨日妹と話していた予想と一緒だ。

 しかし、問題はその後。

 どうしても俺と組み続けては、ミーシャの実力が評価し辛い事態に陥ってしまう。

 なので慣れて来た頃に他の者達とパーティを組み、妹の実力を正確にギルドが判断する時期は欲しいのだという。

 これがないと、依頼を任せられるかどうかの判断が取り辛くなってしまう。

 そしてもう一つ懸念材料があるのだとか。

 それはミーシャが“竜殺し”の妹であるという事実。

 これにより、周りの人間がどう動くか予想出来ないのだそうだ。


「も、もしかして……嫌がらせ、とか……」


「いやぁ、そっちは大丈夫じゃないですかね? 貴方は別に、他の冒険者から“嫌悪”されている訳ではありませんし。妬みはされている可能性もありますけど……それだけでミーシャさんに手を出す愚か者は居ないんじゃないですかね? 多分その場合、報復を恐れるでしょうし」


 と、言う事らしい。

 でも確かに、俺の妹だからと言って除け者にされては可哀想だ。

 もしかして、最初期ですら俺と組まない方が良いのだろうか……?


「いや、でもホラ。彼女の実力なら、短い間で評価が得られそうですし。もしも組んでくれる人を選ぶとしても、フィアさんも居ますから。大丈夫ですよ! きっと! 依頼はちょっと……選ぶ必要はあるかもしれませんが。あの子、攻撃力が普段からとんでもないので……」


「兄妹揃って……ご迷惑、おかけします」


「いえいえ、これも仕事の内ですから。というかギルドの都合で振り回してしまって、こちらこそ申し訳ないです」


 そんな訳で二人してペコペコと頭を下げていれば。

 リーシェさんが急に何か思い出したのか、あっ! と声を上げながら掌を叩いた。


「フィアさん、ギルドとしては結構評価が高くなっています。その為、彼女と組むなら全く問題ないですよ?」


「本当ですか!?」


 思わずカウンターを乗り出す勢いで話に食いついてみたが、彼女の場合……。


「本人の意思が……」


「結構拘りが強いみたいですからねぇ……本日もランブルさんと組んで、勉強するんだって言っていました。向上心は人一倍、良い事なんですけどねぇ。でもでも、ダージュさんと組む事を目的にしているって言っていましたから!」


「嬉しい、限りです……」


「ダージュさ~ん? 言葉と雰囲気の差が激しいですよー?」


 結局、俺はしばらくソロ。

 これは決定事項の様だ。


 ※※※


「フンッ!」


 猪の魔獣と正面から大剣がぶつかり合い、相手を真っ二つに切り裂いた。

 うん、やはり切れ味が前の物と段違いだ。

 と、これまではこんな感想ばかりを残していた訳だが。

 何の為にパーティを組むのか、か。

 最初の頃ならともかく、今となって魔獣数匹に苦戦する事の方が少ない。

 あるとすれば、剣の届かない相手か大物。

 でも、今なら。


「“空碧くうへき”! 応えろ!」


 空を駆け、鳥の魔獣に大剣を叩きつけた。

 呆気なく落ちる鳥……空中戦も出来る様になってしまった。

 だとすれば、本当に何を求めてパーティを組むのか。

 やはり思いつくもっともらしい理由としては、大物や軍勢の討伐時の為。

 それすら、仲間が居れば“楽だ”。なんて思った事だってあった筈だ。

 いざとなれば“光の剣”があり、対処は可能。

 前回の鳳凰とか、ドラゴンは流石に一人だと困るんだが。

 それすら、“困る”というだけで“絶対に勝てない”という訳ではない。

 自信過剰になったつもりはないが、多分その状況に陥ったのなら一人でもどうにか対処しようと足掻く事は予想出来る。

 “ズル”を使う事が出来る。それはある意味、心の余裕に繋がっていたのだろう。

 危なくなったら、大剣で対処出来ない事態に陥ったら。

 最終的には“光の剣”を使えば良い。

 いつからかそんな風に、考え方まで俺はズルくなっていたのかもしれない。


「確かにこの状況でパーティなんて、贅沢が過ぎるのかもしれないな……」


 楽をする為にパーティを組む、楽しそうだからパーティを組む。

 馬鹿か俺は。

 コレは仕事で、子供の遊びじゃないんだ。

 一つ一つの依頼には必ず依頼者が居る、彼等は困っているから冒険者を頼るのだ。

 協力して欲しい、助けて欲しい、救って欲しいと願っているからこそ金を払ってでも俺達を雇う。

 その願いを思えば、俺達みたいな存在は贅沢になってはいけないのだ。

 自分の事だけを考えるのなら、金払いが良い相手だけを選び、仲間と共に楽に仕事を終える。

 そういうのも、選択の一つだとは思うが。

 俺に、ソレが出来るか?

 そして“余り物”とも言える仕事を受ける毎日。

 数をこなせばそれなりの金額になるが、ソレをパーティで等分したらどうなる?

 俺は竜の報奨金やら、騎士団からの仕事があるから結構贅沢に暮らせているが。

 仲間達はどうだ?

 数名のパーティが組めたとして、分配した時の報酬で仲間達は十分な暮らしが出来るのか?

 それこそ、フィアみたいに金に困る事になってしまうのではないか?

 なんて考えてみれば、どれほど仲間を作るという事を具体的に考えていなかったのかが分かる。

 皆で稼げて、更には理屈としても周りを納得させるパーティにしたいのなら。

 それは、今のままでは不可能。

 残った仕事をまとめて受けるような生活ではなく、儲かる仕事を端からこなすような冒険者にならなくてはいけない。

 つまり、弱者を見捨てて我儘な存在にならないと……やっていけないのだ。

 朝の依頼争奪戦に参加し、稼げる仕事を確保し、より高みへ高みへと目指す冒険者。

 本来あるべき形に納めないと、金銭的に生きていけなくなってしまう。

 でも、俺には。


「強い相手を倒す、そして沢山稼ぐ。それは凄い事だが……そこは、高みなのだろうか?」


 ポツリと、そんな言葉を溢してしまった。

 強い相手を仲間達と討伐する、確かに凄い。

 でも、役割りを決めてちゃんとやれば。

 犠牲は出たとしても、人間は竜にだって勝てるのだ。

 過去の人々は策と武器と数で、いくらでも大物を殺して来た。

 だからこそ、出来ない事はない。

 しかしソレを少人数でこなせれば、確かに凄い。

 けど、それは軍団であれば叶う。

 であればそちらは他の人に任せ、身近な誰かを救う事だって大事な事ではないだろうか?

 魔物が増えて困っている、魔獣が作物を荒らして困る。

 そういう人達を救う仕事と、大きな災害になるだろう大物を狩る仕事は平等ではない。

 分かり切っているが、どちらも当人にとっては大きな問題だ。

 明日を生きるのに困るという意味では、ただその点だけを見れば平等なのだ。

 そう考えているからこそ、俺は“余った”仕事を端から受ける。

 そんな考えだからこそ、パーティを組んだら稼ぎは物凄く少なくなる。

 つまり、俺の生き方は。


「ズルがどうとか、恐れられているからとか。そういうの関係なしに……俺は、パーティを組むべきではないのかもしれないな……」


 こんな事に、今更気が付いた。

 これまでは漠然と考えていたんだ、それこそ物語の様に。

 仲間達に囲まれて、皆で協力しならが戦って。

 勝利すれば酒を呷り、失敗すれば反省会をして次に備える。

 そんな妄想ばかり浮かべていたが、現実的な問題を思考してみれば……俺のスタイルは、どこまでもソロ向き。

 むしろ一人だから任される仕事だって数多くあった事だろう。

 あぁ、ホントに……上手く行かないな。


「駄目だな、暗い思考になり過ぎてる。こんな時は、どうせロクな結果にならない」


 頭を振って、今の悩みを一旦思考の脇に追いやった。

 まだ仕事中なのだ、集中しなければ。

 しかし。


「楽しかったんだよな……それに、嬉しかったんだ」


 フィアと一緒に組んだ時、妹が一緒にロトト村に付いて来てくれた時。

 シスターと共に戦ったり、ピンチの時に駆け付けてくれた騎士団の皆。

 あの時の興奮と喜びが、胸の奥で燻っているのだ。

 仲間達と肩を並べて、皆で勝利を噛みしめる瞬間。

 その経験があるからこそ、俺の夢を捨てきれずにいる。

 あんな思いが毎回感じられたら、どれ程嬉しい事か。

 そう思うと、どうしても妄想してしまうのだ。

 皆と一緒に、“冒険”というものが出来たら……と。

 コレだって、物語に憧れた淡い妄想なのだろうが。


「誰かと共に生きるというのは……難しいな」


 答えの出ない難問ばかりを思い浮かべながら、魔獣の死骸をマジックバッグに納めていく。

 本当に我儘だな、俺は。

 普通なら、生きていけるだけの金を稼げているだけでも御の字だというのに。

 俺は、いつまでも諦められないでいる。

 本当に……贅沢な悩みだ。

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