第65話 退職出来ないシスター


「ところで、シスター。ここ最近何処へ行っていたんだ?」


 一通り大剣を観察した後、俺達は三人で夕食をとり始めた。

 基本的にシスターが作ってくれた様だが、やはりスープが独特。

 薬草系って、使い方次第で凄く良い味が出るから不思議だ。

 彼女がポーションを作った場合、もしかして味が良くなったりするのだろうか?


「ははは……すみません急に居なくなってしまって。簡潔に言いますと、シスターを辞めようかと思って教会に喧嘩を売ったんですけど」


「「ブッ!」」


 急にとんでもない事を言いだした事により、妹共々スープを吹き出してしまった。

 シスターを辞める、というのはまぁ個人の自由だとして。

 教会に喧嘩を売ったとはどういうことなのだろうか。

 もしかして、“執行者”というのは一度就いたら辞められない職業だったりするのだろうか?

 そんな事を言われてしまうと、本当に暗殺者稼業の様に思えてしまうが。


「あぁもちろん、若い執行者なんぞに負けたりしませんから、ご安心を」


「発言が色々物騒過ぎてついて行けないんですけど……」


 口元を拭いながら、ミーシャがジトっとした眼差しを向けてみるが。

 相手は何処に吹く風という調子で、アハハと軽く笑っていた。


「まぁ簡単に言いますと、色々と教会の黒い部分も知っているので簡単に辞める事は出来ないお仕事です。でもまぁ、そこはやはり戦闘職。力がモノを言いまして……辞めさせるつもりが無いのなら、まとめて潰すと脅しを掛けた訳なんですが」


「気のせい、かな。安心出来る要素が一つも無い」


 この人、俺が思っていた以上に物騒な思考回路をしているのかもしれない。

 しかし本人は特に気にした様子もなく話を続けていく。


「私が辞める条件として、保有している“宝剣”を教会へと返却。そして執行者として得た情報を外部に漏らさない事が条件として挙げられました。コレが守られる限り、今後教会側は私、および私の関係者に手を出さないと約束を交わして」


 い、意外と普通というか。まともな方法で解決した……と思って良いのだろうか?

 ちょっとだけ安心し、ホッと胸を撫で下ろしていれば。


「とりあえず此方に仕向けられた“執行者”を端から行動不能にした結果、教会側が私を殺す事を諦めた形ですね」


 全然安心出来なかった。


「なので、妥協策としてこの様な条件で、魔術付与の掛かった契約書を用いての退職……そういう形で収まれば良かったのですが」


 何やらまだ問題が残っているのか、シスターは随分と渋い顔を浮かべていた。

 俺もミーシャも、身を乗り出す様にして続く言葉を待ってみると。


「ダージュに“譲渡”したナイフ同様、教会のお偉いさんに“誓い”を立てたのですが……どうにも、私の所持している“宝剣”が彼等の事認めなくてですね……物自体は置いて来たのですが、所有者が決まるまでは残留という形になってしまいました」


 え、えぇとつまり?

 シスターが退職する為には、教会側で新しい剣の保有者が決まらないと駄目。

 しかし選ばれる人間がおらず、譲渡を宣言して聖剣は預けて来た……と言う事だよな?

 つまり相手側に頑張って貰わないと、シスターはいつまでもこのままという事になるのだろうか?


「あぁでも、“執行者”としての仕事はもう受けない事は確定しましたよ? しばらくは、普通のシスターとして教会で働く形ですかね」


「あ、あのぉ……“剣”そのものは教会に置いて来た、でも所有権はシスターにある。その場合もしかして、兄さんの“光の剣”みたいに……」


「えぇ、呼べば私の元に来てしまいますね。そして制限を外す鍵としての能力も果たしていますので、現状は今まで通りに戦えてしまいます。ダージュに一つ譲渡した為、以前の様な高速移動は不可能ですが……剣舞だけなら、これまで通りです」


 と、言う事らしい。

 何か色々大変そうだし、やはりあのナイフも返した方が良いのではないだろうか?

 なんて思ってしまうが、絶対に認めてくれないのだ。

 鳳凰を討伐したすぐ後にも、そういう話をしたのだが……笑顔で怒られてしまった。

 こう言う物は、簡単に貸し借りするような代物ではないと。

 次の誰かに“譲渡”しても良いと思える相手を見つけるまで、責任をもって保管しろと言われてしまったのだ。


「えぇと、とにかく。普通のシスターとして暮らす、今後は“執行者”としての仕事は入らない。で、良いのか? 完全に退職するには、もはや教会に残った“宝剣”次第だと」


「はい、その通りです。なのでしばらくはいつもの教会に戻り、ノノンの様子を見ながら普通に生活するつもりです。もう少ししたら、一度ロトト村に行ってアバン達と会わせてみましょう。今の彼女なら、きっと彼の奥さんと子供とも仲良く出来る筈ですよ?」


 とりあえずは穏やかな生活に戻った、という事で良いみたいだ。

 であれば、良かった。

 シスターが強いのはもう十分に承知しているが、それでも彼女が戦闘から身を離すというのなら、それで良い。

 執行者という仕事が少々後ろ暗いというのなら、なおの事。


「そんな訳で、暫くのんびりする事になりましたから。二人共、いつでも教会に来て下さいね? 多分暇になったら、コチラからもちょくちょく遊びに来ると思いますけど。教会は意外と退屈ですからねぇ」


 相変らず、たまに聖職者とは思えない発言もしたりするが。

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