第64話 祈りの言葉


「ただいまぁ」


 声を上げてみれば、いつも通りリビングの方からパタパタと走って来る音が聞こえ。


「お帰りなさい、兄さん」


 笑顔の妹が、扉の向こうから顔を出した。

 いつも通りの光景、いつも通りの日常。

 だがしかし、いつもとはちょっと違う所があるのだ。

 思わずフフンッと胸を張りながら、子供みたいに相手が気付いてくれるのを待っていれば。

 おや、何だかいつもとは違って珍しい香りが……でもコレ、どこかで嗅いだ事があるような。

 などと思い始めた瞬間、ピンと来た。

 昔、ある人が良く作ってくれたスープの香りだ。


「ミーシャ、もしかして……」


「兄さん、あの……」


 二人して同じようなタイミング気が付いたらしく。


「シスターが来ているのか?」


「大剣新しくなりました!?」


 両者共、思い切り声が被ってしまった。

 うん、なんか思った展開とは違う感じになってしまったが。

 とりあえず家の中に上がり、キッチンに顔を出してみると。


「帰って来ましたか、ダージュ。お邪魔していますよ」


 私服のシスターが、何故かウチのキッチンでスープを作っていた。

 この光景は何度も見た事があるが……シスターが私服を着ている所、初めて見たかもしれない。

 いつも修道服だったし、とてもレアだ。

 などと思っていれば、付いて来た妹が俺の腕を引っ張り。


「兄さん! その大剣! お願いしていた物が出来上がったんですよね!? ちゃんと見せて下さい!」


 興奮状態の妹がそんな声を上げれば、即座に火を止めたシスターもスープをそのまま放り出して。


「新しい武器ですか、興味がありますね。もうスープは出来ましたから、武器を見てからにしましょう」


 何故俺の周りの女性陣は、武器に興味深々なのだろうか。

 リーシェさんも、以前鍛冶屋で熱心に武器を見ていたしな。


「え、えぇと……色々話したい事もあるが。まずは……」


「「武器です」」


「ですよね」


 という訳で、夕飯の前に武器の鑑賞会が始まってしまうのであった。

 今日は鍛冶屋の皆さんと食って飲んでを繰り返して来た後なので、別に構わないが。


 ※※※


「これはまた……凄い物を作って貰いましたね」


「古代文字……ですよね? シスター、読めますか?」


 二人共、床に置いた黒い大剣に興味津々。

 ペタペタと触ったり、叩いたりしているが……アレで何か分かったりするものなんだろうか?

 ミスリルとただの鉄の塊では、確かに質が違うので音は変わる。

 しかしながら、やはり一番の特徴は切れ味と軽さ。

 頑丈さもそうだが、流石に叩いただけでは分かる筈も無く――


「ミスリルをふんだんに使っていますね。でもソレだけではなく、混ぜ込んでいる。なる程、大剣だからこそ重さを残しているという事ですか。良い鍛冶師と仲良くなったようですね、ダージュ。それにこの文字……フフッ、きっと書物から必死に解読しながら掘ったのでしょう。これは、とても良い剣ですよ?」


 そんな事を言いながら、黒い剣に掘られた赤い文字を撫でるシスター。

 結局何が書いてあるのかと、妹同様に興味津々で彼女の事に視線を送ってみれば。


「ちょっと文字が武骨というか、間違ってはないですが……ちょっと歪な文字とかもありますけど。コホンッ」


 何やら咳払いをしてから、大剣に掛かれた文章を指さしながら読み上げていくシスター。

 鍛冶師の皆は絶対教えてくれないから、彼女の言葉を一言一句聞き逃さない様にしないと。

 もしも恥ずかしい内容とか書かれていたら、俺はソレを背負いながら仕事をする事になるのだから。

 思わずゴクリと唾を飲み込み、耳を傾けてみれば。


「剣よ、この者を守りたまえ。剣よ、常にこの者に生きる道を示したまえ。この刃を振るう限り、剣士に祝福が有らん事を。例えどんな困難に立ち向かおうとも、この剣が剣士の生きる道を切り開く刃であれ。盾となり、牙となれ。この剣を担ぐ者を、無事に帰してくれる事を願い、ここに剣の祝福を捧げる……だそうです」


 書かれている内容を聞いて、思わず息が詰まった。

 そうか、そんな事を書いてくれたのか。

 古代文字だから、俺には……というか多分周りにも何かの模様にしか思えないが。

 彼等は、そんな言葉を刻んでくれたのか。

 人によっては、手紙みたいな内容が書かれていれば恥ずかしいと思うかも知れない。

 でも俺にとっては、彼等の思いが詰まった最高の贈り物だ。

 こんな代物に、こんな言葉を刻んでくれる程。

 彼等は真剣に、俺が生きる事を望んでいてくれる。

 なら、俺はこの剣を手にしている間……絶対に死ねなくなる。

 その自信が、今この瞬間に付いた気がするのだ。


「良い剣を、貰ってしまったな」


「ミスリルなのに……真っ黒なんですね?」


「それはきっと上から何か被せたんでしょうね。戦っていけば、いつか本当の姿を見せてくれると思いますよ?」


 そんな事を口々に呟きながら、今日貰って来たばかりの大剣を鑑賞していた訳だが。

 ふと思い出したかのように、シスターが手を叩き。


「今で言うと古代文字って、なんの力も持たない呪文の様なモノですが。“宝具”が使っているのって、その力なんですよ。なので……もしかしたら、この言葉の羅列が本当に意味を成すかもしれませんね。なんたってダージュは、その力を常に使っているような状態ですから」


 なんですって?

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