第62話 ただの、普通の冒険者
「お帰りなさい兄さん! 大丈夫でしたか!?」
家に帰った瞬間、妹が此方に駆け寄って来た。
いやはや、本当に申し訳ない。
俺と相手だけ衛兵の詰め所に連れて行かれて、ミーシャとフィアは放置されてしまった訳だしな。
「す、すまない……フィアは?」
「あ、フィア先輩なら……」
「お帰りなさいダージュさん、お邪魔してまーす」
妹と会話しながらリビングに移動してみれば、普通に夕飯を食べているフィアの姿が。
良かった、二人共無事だったか。
ホッと安堵の息を溢してしまった訳だが、フィアはケラケラと笑いながら。
「あの後凄かったんですよ? 物凄い形相でミーシャが騎士団の所に走って……というか、ダージュさん騎士とも関わりがあるんですか? いやはや、凄いですね。ミーシャが行った瞬間、騎士の人達が普通に動き始めちゃって」
どうやらイーサンがあの場に来てくれたのは、この二人の行動があったからこそだったらしい。
ホント、なんとお礼を言ったら良いか。
「悪かった……フィアも、ミーシャも。巻き込んでしまって……あ、そうだ。ギルドには?」
「問題ありません。イーサン騎士団長が動いてくれる事を確認してから、コチラでギルドには報告しておきました。リーシェさんは兄さんが捕まったと聞いて、発狂しそうになってましたけど……」
「うぐっ!? 今からでも無事の報告に行った方が良いだろうか……」
何かもう、滅茶苦茶申し訳なくなって来てしまった。
また迷惑をかけてしまったというのと、未だにリーシェさんが俺の事を心配しているのなら……行った方が良いよなぁ。
などと、思っていたのだが。
「あ、そっちは大丈夫だと思いますよ? えぇと……イーサン? 騎士団長? が直々に私達の前に出て来てくれて、“任せろ”って言ってくれたって報告したら。リーシェさんもホッとしていましたから。今からギルドに行っても、退勤した後じゃないですか?」
えらく軽い調子で、フィアがそんな事を報告してくれる。
いやはや、もう何というか……周りに迷惑ばかり掛けているな、俺は。
「なら……良かった。とにかく、皆……すまなかった。迷惑を、掛けた」
それだけ言って頭を下げてみれば、妹からは溜息が。
フィアからは「いえいえ~」という軽い言葉が返って来た。
とにかく、今回の件が大きな問題にならずに済んで良かった。
改めて、イーサンにお礼をしないと。
「あぁそれから、あの槍使いの人。なんでも最近他所から来た冒険者で、ダージュさんを探していたみたいです。実力を計る為に色々依頼をこなして貰ったみたいですけど、その帰りにコッチと遭遇したみたいですね。えぇと、確か……ランブルさん? そっちはどうするんですか?」
夕飯をモグモグしながら、そんな事を言い放つフィア。
そうか、何か勝負しようぜって感じで来たとは思ったが。
俺を探してココまで来たのか……だとしたら、悪い事をしてしまったな。
「彼の事も、イーサンに頼んだ。だから、大丈夫だとは思うのだが……」
「あぁいうお調子者は、あまり関わる事をお勧めしませんよ? 兄さん。何かとトラブルを起こされては、パーティとして成り立ちません。仲間の尻拭いばかりでは、仕事にならないでしょう?」
「駄目、だろうか……」
パーティが組めそうな気がしたので、ちょっと良いなって思ってしまったのだが。
駄目かぁ……ミーシャは間違いなくパーティを組むと言ってくれているし、妹の意見は非常に重要だ。
だからこそ、勝手にパーティを組んでくれとお願いする訳にもいかず。
「前衛タッグ……組みたかったなぁ……」
「きっと良い人が見つかりますから、それまでは我慢です」
そんな慰めを受けながらも、俺達も夕食を採り始めるのであった。
どうやらフィアは今日泊まっていくらしく、非常にのんびりした様子を見せていたが。
あぁそうだ、この機会に余っている魔道具とかを紹介しよう。
もしも欲しい物があれば、今日なら理由を付けてプレゼント出来そうだし。
※※※
「おせぇ! アイツはいつになったら来るんだ!?」
朝一からギルドに来ていた槍使い、ランブルさん。
他の冒険者が各々仕事に旅立った後、思い切り不満を漏らしていた。
まぁ、ダージュさんは他の人と顔を合わせない為に、もっと後になったら来ますから。
なんて事を言う訳にもいかず。
「今日は諦めて、他の仕事をしたら如何ですか? ほら、残っている仕事もいっぱいありますし」
「こんな小物ばっかりの仕事なんぞ――」
「“竜殺し”なら、こういう仕事も二つ返事で受けてくれますよ?」
「……っ! 受ける! これも評価に繋がるんだろうな!?」
「それはもちろん」
そう答えてみれば、彼は少々苛立たし気な雰囲気を持ちながらも、余っていた仕事のほとんどにサインした。
おほほっ、計画通り。
これらの仕事はほとんどダージュさんがこなしてくれていたが、これからは更に回転率が上がりそうだ。
「では、行ってらっしゃいませ」
「あぁ、分かった! でも“暴風”に伝えておけよ!? 絶対勝負するって!」
「えぇ、彼がギルドに来たら、伝えておきますねぇ~」
そんな事を言いながらも、彼は今日も“余り物”とも言える仕事をこなしに向かった。
これでは良い様に使っているとしか思えない状況だが、これだってギルドからしたら必要な事なのだ。
こういう“余った”仕事をしっかりとこなしてくれる冒険者、というのは非常に少ない。
それぞれの都合で、どうしてもこれ以上報酬が出せないという依頼だって、少なからずある。
以前ダージュさんが受けたゴブリン退治みたいに、あえて低く設定しているという場合も少なくはないが。
本当の意味で“これ以上出せない、けど助けて欲しい”という依頼は、間違いなくある。
そんな時に駆け付けてくれる冒険者というのは、依頼主にとっては救世主に他ならない。
そういう相手がその後軌道に乗り、資金が集まった時……どうなるか。
当時助けてくれた相手に、依頼を出すのだ。
例えその冒険者が名を上げていなくとも、どうかその人にと。
そういった依頼は、少なくない。
要は信用問題。
彼がこの街に完全に移住するというのなら、これは必要な事だ。
この街に訪れた“腕利き”、だからこそギルドとしては残って欲しい。
なればこそ、彼を頼る依頼主が増える事は良い事だ。
そして、そう言う冒険者が増えるのなら。
私達の仕事はより多くなってしまうのだが……でも、それ以上の価値があると言うモノ。
この街を支える冒険者が増え、頼る人たちが居る。
とても良い事で、皆も仕事に困らないと言う事。
などと思いながら、笑みを浮かべた先には。
「おかえりなさい、ダージュさん。まだ、言ってませんでしたから」
「た、ただいま戻りました……すみません、昨日は帰るのが遅かったので。言いそびれました。えぇと、妹から聞いていますか? イーサンの助けで、無事、釈放されました」
「全く、心配させないで下さい。ではどうぞ此方へ、今日も貴方指名の依頼が来ていますよ?」
「あ、ありがたい事です……」
ちょっと情けないくらいの声を上げながら、彼はいそいそと私の前に訪れるのであった。
冒険者とは名を上げたら、威張り散らす者が殆どである。
そんな話は何処に行っても聞く。
確かに、私から見てもそう言う人が多いのも事実だ。
大物を狩ったから、そんな凄い俺とデートしようとか。
昇格試験に受かったから、一晩相手してくれとか。
口を開けば猥談ばかりの人達だって、数多く見て来た。
でも、この人は全然違うのだ。
物凄く真面目で、しっかりと目の前の事を見ていて。
そして何より、誰よりも優しい冒険者だ。
「今日のお仕事は此方になります、どうします?」
「……うん? 普段よりも、なんか……少ないですね」
「ダージュさんと同じ様な活動を始めた冒険者さんが居るので、多分その影響ですね」
「おぉ……それは、良かった」
などと言いながら、彼は方角が似た場所の依頼をまとめて受けていく。
例え報酬が少なくとも、誰かの助けになるのならと。
戦う力があり、実績もあり、本来私達より上位に君臨出来る存在だというのに。
彼は今日も、“普通の冒険者”として仕事を受ける。
こういう人だって、中には居るのだ。
どこまでもお人好しで、お節介な上に自らの不幸や苦労など顧みない。
そういう人の担当受付になったのだから、私こそしっかりしないと。
「それじゃ、今日は……コレと、コレ。それから道中で片付けられそうなモノを、まとめて」
「はい、承りました。よろしくお願いしますね、ダージュさん。いってらっしゃいませ」
「えと……はい、行って来ます」
それだけ言って、彼はギルドを後にするのであった。
はてさて、あの彼と槍使い。
テンションの違いが凄いが……実際に組ませたら、上手く行くのだろうか?
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