第59話 暴風と一本角


「ダージュさん、珍しく飲食業界から依頼が入っているんですけど。何か心当たりあります? 結構高級なレストランを経営している所です」


「レストラン、ですか」


 リバーさんが訪れてからしばらくして、俺に指名の依頼が入った。

 内容を確認してみれば、大量仕入れの護衛……との事らしい。

 食事処の名前は記憶に無いし、関わりは無いように思えたのだが。


「リバーさんという方の強い希望で、“試しに”お願いしている状態みたいなんですが……依頼に来た方は、普段は傭兵団を一つ雇っているんだぁとか。失敗したら責任は取って貰えるのか~みたいな、結構高圧的な態度でしたけど。報酬は、かなり良いです。あと、発案者の昇格チャンスみたいな事も言ってましたね」


 なるほど、彼の紹介なのか。

 どんな事を語ったのかまでは分からないが、これを成功させれば彼の地位も上がるかもしれない。

 そのまま支店長とかになって貰って、俺が気軽に足を運べるレストランが出来れば万々歳だ。

 というか、職に就いたばかりだというのに凄いな。

 凄腕のコックだったりするのだろうか?


「受けます」


「だ、大丈夫ですか? 今回は一台の馬車とかではなく、キャラバンの護衛になります。守る範囲が広いですが……他に参加してくれる人を集めてから……」


「フィアに、声を掛けておいて下さい、協力してくれと。あとはどうにかして、妹も連れて来ます。日程を合わせてくれるなら、出来れば学園の休みの日で」


「な、なんか凄くやる気ですね……どうしました?」


 若干食い気味で答えた俺に対し、リーシェさんが珍しく引いた感じになってしまったが。

 でもこれは、最善の可能性を考えるのなら。

 今後お食事処に困らなくなる可能性があるのだ。

 しかもリバーさんとも友人の様な関係になるかもしれない。

 絶対に信頼を確保しておきたい案件だ。


「もしかしたら、今度こそは。リーシェさんを“普通のレストラン”に連れて行けるかもしれないという事です」


「え、連れて行ってくれるんですか!? すぐ相手と交渉します!」


 物凄く私的な理由だが、コレはデカイ。

 彼等が満足の行く生活を送れる上に、俺にとっては気兼ねなく足を運べる店が出来るのだから。


「キャラバンの護衛……お任せください」


「こっちもフィアさんの交渉と、相手との日程交渉……お任せください」


 本来こういう仕事の受け方は、良くないんだけど。

 まぁ個人事業的な部分はあるし、仕方ないよね。


 ※※※


 ダーシュさんは数日後、やけにやる気を見せた状態でフィアさんとミーシャさんを連れて仕事に出た。

 あの調子なら、まず問題無いだろう。

 本人も乗り気だし、ミーシャさんが広範囲攻撃、フィアさんはダージュさんの援護が出来る魔術師だ。

 そして本人は、“新しい力”に関しては“光の剣”より受け入れている雰囲気もある。

 なら、心配の方が少ない。

 きっと「たった三人か!?」なんて文句を言われるだろうが、その三人で想像以上の仕事をしてくれるだろう。

 その自信が、私にはある。

 そんな事を思いながら、というか非常にニコニコしながら普段の仕事をこなしていれば。


「あぁ~すまねぇ、邪魔するぜ。ここの冒険者ギルドに……“暴風”、または“斬鬼”って呼ばれる奴はいるかい?」


 そんな事を言いながら、カウンターに肘を乗せて来た冒険者が居た。

 多分、この街の人ではない。

 やけに豪華な、魔道具の類なのか……妙な模様が描かれている鎧。

 そして肩に担いでいるのは、妙に大きな穂先を持っている“槍”。

 剣槍、というやつだろうか?

 ここまで大きな穂先が付いている物は、見た事が無いが。


「えぇと、すみません。お名前をお伺いしても?」


「こりゃ失礼、今日こっちに来たばかりなんだ。“一本角いっぽんづの”の冒険者といやぁ俺の事、槍一本でどんな相手でも打ち倒す、そしてソロ専門の一匹狼。風の噂に聞いた事くらいはあるだろう? それが俺、“ランブル”だ」


 キリッ! と前髪をかき上げて、キラッと白い歯を見せる彼に対して。

 こちらとして。


「あぁ、それはそれは。遠方からご苦労様でした、スタミナ回復のポーションなど如何でしょう。転移届け提出時の初回のみ、かなりお安くしております」


「一本いただきます、マァジで疲れたんで……つか、聞いた事ねぇか。そか……」


 そう言ってため息を溢してから、ポーションの代金と転移届けを差し出す他所の冒険者。

 勢いは凄いけど、もしかして結構絡みやすい人なんだろうか?

 そんな事を考えている内に、彼はゴキュッゴキュッ! とポーションを飲み干し。


「んで、だ! しばらくこっちに滞在する予定だからその手続きと、“暴風”ってヤツの情報をくれ!」


 とても良い笑顔で、そんな事を言って来るのであった。

 いやぁ……そう言われましても。

 などと、困った笑みを浮かべていたが。

 “暴風”という言葉を、以前聞いた事がある気がする。

 確か……そうだ、鳳凰の時に襲われた親子。

 その父親が、ダージュさんの事を見て“暴風”と表現したと聞いた気がする。

 本当に雑談程度、チラッと愚痴を溢した程度の報告だったが。

 俺は、ついに自然現象と間違えられる様になっちゃったんでしょうか……って、暗い声で言っていた。


「それは、二つ名的な意味合いでしょうか? 現在このギルドでそう名乗っている冒険者は居ません。しかし他所から来た方にそう呼ばれた冒険者を、一人だけ知っています」


「おぉ! 多分ソイツだよ! 俺はその男の実力を知る為にココに来たんだ! もう一度名乗るぜ? “一本角”の、ランブルだ。そいつは? ソイツの名前は? あぁ、それから失礼。受付嬢さんの名前は? 名前も呼ばずに、受付受付って呼ぶのは失礼だからな」


 興奮した相手の様子を見て、思わず口元が吊り上がってしまった。

 ダージュさん、貴方……他の場所では“暴風”なんて二つ名が付いているみたいですよ?

 確かに、ピッタリかもしれませんね。

 などと思いつつ、今一度表情を引き締め。


「ようこそ、いらっしゃいませ。ランブルさん、移転手続きを進めさせていただきます。そして貴方が探す冒険者、“暴風”に関しては……こちらの地域では、恐らく“竜殺し”と呼ばれ恐れられている冒険かと推測致します。私の名前は、リーシェと申します。以後お見知りおきを」


 それだけ言って、スッと頭を下げてみれば。

 彼は、更に口元を吊り上げ。


「“竜殺し”ねぇ……そいつは本当に、竜を狩ったのか?」


「ギルドの記録では、確かに」


「ク、クハハ! ハハハハッ! いいね、そういうのを待っていたんだ。是非紹介してくれ! もしかしたら俺は、“ソロ”って縛りを捨てるかもしれねぇ! 強い奴は大好きなんだよ!」


 そんな事を言いながら、彼は高笑いを浮かべながら槍を握り締めた。

 そして、今まで以上に口元を吊り上げて。


「ソイツの名は?」


「ダージュ、“竜殺し”のダージュです。そして彼は、ここ最近“鳳凰”という大物を倒しています」


「そのほう、おう……てのは、強いのかい?」


「間違いなく。ドラゴンと同格、もしくはそれ以上の存在ですね」


「いいね、いいぞ! 俺はそういう奴を探していた! リーシェさんって言ったか!? 俺とソイツを会わせてくれよ!」


 随分と興奮した様子で、相手はコチラに声を掛けてくる訳だが。

 このテンションの相手に、ダージュさん合わせられるかな?

 いやでも、本人が望むのなら喜んで紹介するけど……未だにこの人の実力は分からないし。


「その為にはまず、貴方の実力を見せて頂きたいなと。ギルドとしては」


「くははっ! そりゃそうだ! そんな強い奴に会うのに、俺がクソ雑魚じゃ話にならねぇしな。何をすりゃ良い? 試合か? それとも仕事か?」


「では、お仕事を。しかも貴方の実力を計る為に幾つか受けて頂きます。“竜殺し”が普段受けている様なモノで選びますので、比較対象としては丁度良いですよね?」


 今日来たばかりの知らぬ人に簡単に情報を漏洩する訳にもいかない。

 だが、しかし。

 本人の言葉通りなら“腕利き”と言ってよさそうな雰囲気。

 であるならば、ダージュさんの隣に並ぶ前衛として機能するのなら。

 是非この人には、この街に残って貰わないと。


「少しだけ、ヒントをあげます。彼は仲間を求めている」


 人差し指を口の前に持って来てから、クスッと笑ってみせれば。

 相手は更に口元を吊り上げ、獣かという程豪快な笑顔を浮かべた。


「それだけの二つ名を持って、化け物を狩る実力があり。そんでもって、仲間が欲しい。つまり、強者しかいらねぇ。話を聞くのはそれからだって事だな?」


「彼なら多分、話くらいは聞いてくれるでしょうけど。お情けで共に居ても、良い結果にはならないでしょう?」


「ほほぉ……言うねぇ、受付嬢さ……じゃなかった、リーシェさん。つまり、俺の実力を見せれば、不安なく紹介出来るって事で良いんだな?」


 そう言いながら相手は槍をブンと一回転させてから肩に担ぎ、コチラに挑発的な笑みを浮かべた。


「このランブル、依頼は完璧にこなしてみせるぜ! 件のダージュって男と、一度勝負もしてみてぇしな! 組むかどうかは後で決めるとしても、まずは腕試しだ。そいつの武勇伝が嘘っぱちじゃない事を祈ってるぜ!?」


 なんて言葉を吐きながら、渡した依頼書に端からサインしていくランブルさん。

 なかなかどうして、勢いの凄い御仁ではあるものの。

 もしかしたら、ギルドとしても彼にとっても良い人物が訪れてくれたのかもしれない。

 コレはまた……楽しい事になって来たぞ。


「ダージュさん、前衛のお友達が出来るチャンスですよ?」


 ンフフッと変な笑い方をしながら、彼の移転届けの処理を進めていくのであった。

 あぁもう、早く帰ってこないかなぁ。

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