第58話 お礼と投資


「ただいまぁ」


 家の玄関を潜り、いつも通りの声を上げてみると。


「おかえりなさい、兄さん。お客様がいらっしゃっていますよ」


 顔を出した妹が、そんな事を言って来た。

 お客? 俺に? いやいや、それは何かの間違いだろう。

 そんな事を思いつつ、リビングに顔を出してみれば。


「あ、あぁっ! やっとお会い出来ました! 冒険者さん!」


 ソファーに座っていた男性が驚きの声と同時に立ち上がり、俺に向かって頭を下げて来た。

 そして両脇には男の子が二人。

 一瞬誰だろう? とか思ってしまったが、すぐに思い出す事が出来た。


「えっと確か、鳳凰の……時の。最初オークに襲われていた……」


「ほう、おう? というのは分かりませんが、夜道で助けて頂いた者です。名乗るのが遅くなりました、“リバー”と申します」


 父親に従って、両脇の男の子達もお礼を口にしながら再度頭を下げた。

 何か、コッチが申し訳なくなってしまうな。

 こうしてわざわざお礼を言いに来てくれる人なんて、今まで居なかったし。

 それにあの緊急事態だったのだ、俺の名前なんて覚えていなくてもおかしくない。

 更に言うなら。


「あの時は、俺も助けられた。三人はそのまま、走って街に行って、騎士団を呼んでくれたんだろ? その報告によって、俺は命を拾った様なモノ……だから」


 そんな風に言葉を紡ぎながら、三人にまた座る様に促してみれば。

 子供達は座ったが、お父さんの方は未だ立ったまま。

 はて? と首を捻っている内に。


「もっと早く、お礼に伺うつもりでした。しかし、ちゃんと返す物を用意してからではないと申し訳ないと思い……こんなに遅くなってしまった事をお詫びします」


「返す物……というのは?」


 何か貸しただろうか?

 色々忙しかったから、あまり記憶していないというのが正直な所。

 しかし、彼はテーブルに額を付ける程に頭を下げ。


「申し訳ありません冒険者さん! 貴方から預かったお金を、私は勝手に使ってしまいました! 生活用品を買ったり、借家が見つかるまで宿を取ったり。あまつさえ、仕事が見つかるまでの生活費として使ってしまいました!」


「……」


「本当に、申し訳ありません! 助けて頂いたのに、こんな無礼を働いて! 先日、仕事が見つかりました。だからちゃんと、働いて返します! 本日はその謝罪と、まずは残りのお金をお返しに参りました!」


 と、言う事らしい。

 勢いが凄すぎて、思わずポカンとしてしまったが。

 そうか、そういえばそうだ。

 相手に俺の財布を投げつけ、好きに使って良いと言った後鳳凰に攫われたのだった。

 もしかして、羽音で聞えなかったのだろうか?


「いや、あの……それは、好きに使えと、言ったつもりだったのですが。ホラ、馬車も馬も、アイツに連れて行かれて――」


「でもそれは、貴方のせいじゃない! 貴方はただ、私達を救ってくれただけだ! だというのに、他人の財布を当てにして生きて来た自分が……正直、恥ずかしいです」


 す、すごいなこの人。

 今までに見た事無い程義理堅い。

 そして子供達も、グッと堪えた様な顔をしながら頭を下げて来るし。

 こんな世の中だ、相手に財布を渡したら返って来る事など有り得ないと思っていたのだが。


「そういう事らしく、ギルドで兄さんの事を探し回っていた所を、私が連れて来ました。どうしますか? 兄さん」


「ど、どうと言われてもな……」


 あの財布、どれくらい入っていたかな。

 確かに普通の人からすれば、結構な金額を普段から持ち歩いているのは確かだが。

 家を買ったり、店を建てる程の金額は入れていなかった筈。

 と言う事で。


「えぇと、そっちの……男の子二人。君達は、今どんな生活を?」


 そう声を掛けてみれば、少年たちは気まずそうな顔をしながら。


「お父さんが働いている店の、手伝いをさせてもらえる事になりました……僕達のお給料は、凄く安いけど」


「こ、こら! 余計な事言うんじゃない! お前達の歳で働かせてもらえるだけ、ありがたいと思わないと!」


 そんな台詞を溢しながら、お父さんのリバーさんが子供の声を遮った。

 ふむ、やはり普通の暮らし……という所までは安定していないらしい。

 で、あるのなら。


「この財布は、貴方に渡したモノだ。馬車と馬を守れなかった謝罪と、騎士団を呼んでくれたお礼……として、貰ってくれないだろうか? それから、その……今度、貴方の作った料理を、食べさせてもらえないだろうか? ソレがお礼、と言う事で……俺は構わないから。この金は、生活と、子供の為に使ってくれ」


 なんて事を言いつつ、財布を彼の下へと戻してみれば。

 相手は、グッと奥歯を悔しそうに噛みしめてから。


「本当にすみません……本来なら、こんな風にお言葉に甘える事は許されないと分かっているんですが。今の私では、これを受け取らないと不安が伴うと……理解してしまっています。本当に、情けないです」


 テーブルに額を付ける程頭を下げ、彼がそんな事を言って来るが。

 この街に入る事は出来た、でも全てを失った。

 なら、誰かに支えられないと生きていけないなんて、当たり前の事だ。


「これでも俺は、“大物狩り”でして。困ってはない……なんて言えば嫌味になってしまうが、受け取ってくれると、その……嬉しい。それに店を持ちたいと、言っていただろう? もしもそうなったら……コチラから、雇って欲しいと提案する者もいるかもしれない」


 例えばノノン。

 もしもこのままシスターが長期不在となれば、いつまでもノクター神父にお願いする訳にもいかない。

 彼女は俺が預かっている以上、無関係の人間を巻き込んでしまうのは良くない。

 現状で言うなら、ノノンが今の仕事を離れても次の仕事が無い。

 ただそれだけの理由で、神父様にお願いしている様なモノだ。

 あとはフィアだってそうだ。

 実力の割には、結構金欠の事が多い彼女。

 だとすれば安全に稼げる仕事を用意して、保険として用意しておくのも悪くはない。

 臨時の働き口、みたいな形にはなってしまうだろうが。

 それでも、そういうモノの有る無しでは、結構変わるモノだ。

 俺だって、もしも困ったらイーサンに相談してしまいそうだし。

 多分コレだって、そういう道なのだろう。

 要は、普段から信頼関係を広げておく事が大事なのだ。


「すみません……本当に。ありがとう、ございます……」


「もしも、本当に……“そういう話”になったとしたら、俺の方からも、協力します」


「本当に、本当に貴方は……とても凄い冒険者だ」


 何やら凄い誤解をされている様だが。

 でもまぁ、俺としても保険になる訳だし。

 関わりが作れるのは凄く良い事だ。

 リバーさんが作る料理、どんな物なのだろう?

 今からでも楽しみになってしま……いや待て、もしも彼が店を持った場合。

 今度リーシェさんから食事に誘われても、彼の店なら鎧を着たままでも入店出来るのではないか!?

 これはちょっと、投資も考えるか……。

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