3章

第57話 トラウマ


 本日も、一人でお仕事。

 ぼんやりと焚火を眺めながら、干し肉を齧っていた。

 たまにフィアに色々と教える為に一緒に組んだり、騎士団との合同訓練などには顔を出してはいるが。

 相変らず、固定パーティは組めていない。

 話せる人も増えて来たから、少しは成長したと思いたいが……どうなのだろうか。

 と言う事で、俺自身は変わらぬ日常を送っている訳だが。

 周囲の変化は多少なりあった。

 何やらシスターが忙しくなったらしく、教会に預けられているノノンがノクター神父のお付きになった。

 それは流石に申し訳ないからと、ウチに戻そうとしたのだが。


「構いませんよ、冒険者さん。ノノンさんも、最近では楽しそうに仕事をしていますから。前と変わらず、お友達のシスターに囲まれながら毎日を過ごしています。なに、ただ保護者役が少しの間私になった、というだけです」


 との事で、再びお世話になる事になってしまったのだ。

 いいのかなぁ……とは思ったが、本人も仕事をする事を望んでいた様なので、お言葉に甘えてしまった。

 そんな訳で、暫くシスターとは会っていない。

 他の変化、というと……ミーシャの卒業時期が近付いて来た、というくらい。

 こればかりは本当に楽しみだ。

 妹が卒業すれば、念願の固定パーティが組める事を約束されているのだから。

 とはいえ、それももう少し時間がある訳で。


「あとは……誰か男性冒険者と仲良くなれないものか。前衛タッグとか、憧れるんだけどなぁ……」


 ぼんやりと独り言を溢しみたが、そちらは望み薄という他無いのだろう。

 皆怖がってくるし。

 それに若い子なら、可愛い女の子と組みたいなんて話をチラホラ耳にする。

 俺と同い年くらいか、年上の冒険者になると……今度は逆に俺の存在が面白くないと思っている人が多い感じがするのだ。

 まぁ冒険者といえば誰だって名を上げたいモノだ、なんて言うし。

 こればかりは仕方ないのかもしれないが。


「腕利きで、俺の事なんか怖がらず、話してくれる人……他所の街から、来たりしないだろうか」


 流石にソレは都合が良すぎると、自分でも思ってしまった。

 現実はそう甘くない、分かってはいるのだが。

 どうしてもそんな妄想をしてしまうのだ。

 などとやっていれば、周囲の草木がガサガサとかすかに動き始め。


「やっと、来たか」


 小さく呟いてから、大剣を構えた。

 最近この周辺で、野営者が襲われるという事件が多発していた。

 相手は音もなく接近し、急に襲って来るんだとか。

 警戒していなければ、確かにこの程度の音は気にしないかもしれない。

 と言う事で、僅かに聞こえる音の方へと視線を向けていると。


「フンッ!」


 急に飛び出して来た影に向かって、勢いよく大剣を振り抜いた。

 結構肉厚で、固い。

 しかしながら、刃からは何かを砕く様な感触が伝わって来た。

 仕留められた訳ではなくとも、もう戦う事が出来ない負傷を負わせた事だろう。

 と言う事で焚火から一本火の付いた薪を抜き取り、相手にむかって投げてみれば。


「やはり、依頼にあった大蛇の魔獣か」


 光に照らされた場所で、首の骨が砕かれた蛇がのたうち回っていた。

 大の大人でも、もしかしたら呑み込まれてしまうかもしれない程大きな口。

 闇夜に溶け込む為か、黒っぽい身体に、馬鹿デカイ牙。

 こんなのにいきりなり襲われたら、正直たまったモノではないだろう。

 そしてなにより。


「蛇は……なかなか死なない」


 グネングネンと動き回っている蛇に対し、一気に近付いて大剣を振り下ろした。

 グシャッと、見事に頭は潰れたが……果たして。


「まだ動いているな……」


 完全に死んだ様に思えるのだが、身体の方は未だ止まらず。

 先程よりも緩慢な動きになったから、このまま放っておけばその内動かなくなるとは思うのだが。

 こういう時に、相手に無理して近付くのは危険だ。

 と言う事で、暫くグネグネ動く蛇に剣を向け続けるのであった。

 なんか、最近こんな事ばっかりだな。

 まぁ良いんだけど。


 ※※※


「お疲れ様でした、ダージュさん。それで……今回の獲物はぁ……」


 ギルドに戻ってみれば、いつも通りリーシェさんが出迎えてくれる訳だが。

 何やらちょっと、顔が引きつっている。

 どうしたのだろうか?


「いつも通り、本体ごと、バッグに。コレです」


「ヒィッ!?」


 マジックバッグを差し出した瞬間、何故か怯えたような声が上がってしまった。

 え? あれ?

 もしかして俺、リーシェさんにも怖がられる様になっちゃった?

 だとしたら相当ショックというか、今後他の誰かに担当の受付をやってもらう事になってしまうのだろうか?

 そんな事を考えていれば、もう今後まともに仕事が出来る気がしなくなり。

 こちらもカウンター前でガタガタと震えていると。


「す、すみませんダージュさん。違うんですよ? 違うんですけど……その。今回の魔獣の確認作業、他の職員にお願いしても良いですか? 解体作業員とかも確認しますから、買い取り金額とか報酬に影響する事はないとお約束します」


 何かに焦った様子でバッグを受け取り、すぐさまカウンターの上に乗せる彼女。

 珍しいな。

 普段ならマジックバッグを預かっているからと、解体場に行くまで彼女が肌身離さず持っていた記憶があるのだが。


「え、えぇと? 別に、良いですけど。何か、あったんですか?」


 そう声を掛けた瞬間、リーシェさんは非常に気まずそうな顔を浮かべて視線を逸らし。

 そして。


「蛇……苦手なんです。見るのも、ちょっと……何かもう、ゾワゾワしちゃうっていうか」


「……」


「他のなら大丈夫なんですよ!? 鰐とか、トカゲとか! でも蛇だけはちょっと……昔、噛まれた上に巻き付かれた記憶がありまして」


 そんな事を言いながら、チラチラとマジックバッグに視線を送っている彼女。

 つまり怖がっていたのは俺ではなく、中に入っている大蛇。

 頭も潰れているので、もはや見るも無残な蛇の胴体って感じではあるのだが。


「よ、良かったです……俺が怯えられたのかと」


「そんな訳ないじゃないですか! 鳳凰を討伐しても、私は貴方を恐れたりしてなかったでしょう!?」


 彼女がちょっとだけ怒った顔をしながら声を上げると、今度は近くで呑んでいた冒険者達ヒソヒソと声を上げ始め。


「ほう、おう……って何だ?」


「さぁ……何だろうな? でも竜殺しが狩って、受付嬢があんな事言うくらいだ。ヤベェ奴に決まってんだろ」


「あんまり話題に上がらなかったけど、また大物狩りしてきたのかよ。すげぇなオイ」


 あ、あはは……また始まってしまった。

 前回の鳥に関しては、情報が少なすぎる為あまり話題に上がらなかった。

 元々調査段階の仕事でもあったし、本体は俺が光剣で消し去ってしまったのも大きいのだろう。


「と、とにかく! そういう事でもよろしいですか?」


「大丈夫、です。でもその、昔襲われた蛇というのは……魔獣、ですか?」


 ちょっとだけ心配になり、声にしてしまった。

 トラウマになる程の記憶なのだ、あまり聞かない方が良いかとも思ったのだが。

 しかし彼女は、ちょっとだけ顔を赤めてから。


「笑わないで下さいね? 本当に……小さい、普通の蛇です。しかも、無毒で力も弱い。幼い頃は、そう言うのでも凄く怖がってしまうくらいに……臆病だったんです、私」


 と、言う事らしい。

 まぁ子供の頃なんて、そんなものだろう。

 怖い物ばかりだったり、ふとした事がトラウマとして記憶に残ってもおかしくはない。

 幼い頃……というと、どれくらいなのかちょっと気になるが。

 ミーシャは結構小さい頃からも、家に入り込んだ蛇に対し「不快です」とか言いながら手掴みで捕えていたが。

 未だに百足ムカデだけは苦手だしな。

 風呂場で出た際には、素っ裸で俺に助けを求めた程だ。

 こういうのもやはり、過去の記憶から来るモノなのだろう。


「怪我した記憶、とかでないのなら、良かったです」


 それだけ言って、少しだけ笑い声を洩らすと。


「あぁ! 今笑いましたね!? 当時はソレでもすっごく怖かったんですからね!? 蛇に噛まれたら、毒で死ぬものだと思っていましたし! にょろにょろって、物凄く巻き付いて来たんですからね!?」


「違います、そこを笑った訳では、無いです。俺だって、昔は嫌い物とか……いっぱいありました、から」


「ちなみに?」


「……セロリ、とかですかね?」


「それはまた違うお話だと思います」


 そうか、違ったか。

 本日もまた、話題選びを間違ってしまったらしい。

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