第56話 物語は、休む間もなく


「兄さーん、起きて下さーい。ノノンも来ましたよー?」


「ダージュ! 配達の仕事の途中! 早く起きて!」


 俺の上に乗っかって来たノノンの体重を感じながら目を覚ましてみれば、目の前には笑顔が二つ。

 いつも通りの妹と、修道服に身を包んだノノン。


「おはよう、二人共」


 それだけ言って上体を起こせば、俺に落とされる前に飛び降りるノノンの姿が。

 これは、また。

 なかなか回復してきてるんじゃないか?


「最近宅配の仕事してる! ダージュの家は、牛乳!」


「そうか、ありがとな。ノノン、いつも助かっている」


「どういたしましてー」


 そう言って頭を下げるノノンだったが、随分と大きなバッグを背負っていた。

 重く、ないのだろうか?


「シスターがね、身体の余裕は心の余裕。身体は……鍛えるともっと心にも余裕が出来るって言ってた!」


「……そうか」


 つまり、物理。

 凄いな、シスター。

 あんな細身に見えて、教えている事は肉体強化か。

 などと思ってしまうが、間違ってはいない。

 筋肉は、大体の事を解決する。

 それが村を追放されてから、良く分かった。

 だが対話能力だけは解決してくれなかったが。


「兄さん、馬鹿なこと考えてないで……今日も指名依頼が入っているのでしょう? なら、早く起きて下さい。私は学園、ノノンはシスターとして仕事がありますから」


「シスターしながら、バイト!」


 元気良く答えるノノンの頭を撫でながら、妹に視線を向け。


「状況は?」


「そろそろ村に戻しても、生活には問題無いレベルに回復して来ています。私達では、以前の彼女の性格などは分かりませんが……でも、そう判断出来るそうです。シスターに感謝ですね」


 ふむ、それなら……随分と回復したと言っても良いだろうとは思ってしまうが。

 こればかりは、当人同士で摺合せしてもらうしかない。

 まだアバンの所に行って、確認してもらおう。

 俺は追放された身なので、シスターかミーシャに付いて来てもらった方が良いだろうけど。


「ミーシャの方は、大丈夫なのか?」


「何を心配しているのか知りませんが、コチラは既に単位を取り終っています。兄さんに学費を出して貰っている以上、半端な結果は残せません。なので、卒業までの残っている細々としたテストも、必ず満点で通過します」


 自分の事となると、少しだけ事務的になるというか。

 当たり前だと言わんばかりに発言する妹であったが。


「そうか、安心した。良く出来たな、ミーシャ」


 そう言って頭を撫でてみると、妹は少しだけ顔を赤くしながら。


「これくらい、当然です。兄さんに迷惑を掛けているんですから、努力を怠るなど有り得ません」


 だ、そうで。

 まぁコチラとしては安心だ。

 ニコッと微笑みつつ、ひたすら妹を撫で続けていると。


「私も!」


「あぁ、すまない。そうだったな、ノノン」


 腹にくっ付いていたノノンが不満そうな顔を向けてくるのであった。

 いやはや、平和なものだ。

 街に竜が出た、戦争が起きたなんて事態にならなければ。

 俺達はこうして普通に生きていける。

 やっぱりそう言うのは、何百年に一度ってレベルで丁度良いよ。

 そんな事を思いつつも、俺もまた準備を整え。

 本日もまたギルドへと向かうのであった。

 さて、今日はどんな仕事があるのかというのと……誰か、パーティを組んでくれるだろうか?


 ※※※


「シスタークライシス。随分と勝手な行動をしてくれた様ですね?」


 そんな事を言って来る異端審問会の皆様が、厳しい視線を向けてくるが。


「では、どうしますか? 私を敵に回しますか?」


 クスクスと笑いながら答えると、相手は奥歯を噛みしめつつ剣の柄に手を置いた。

 あぁ、本当に。

 そろそろ潮時かな、教会も。

 あまりにも“つまらない”のが蔓延っている。

 私の道具を、大切な誰かに渡したから……どうだというのか?

 彼等が依頼してくる内容なんて、残る一つでも充分にこなせる。

 だからこそ、全く問題は無いというのに。


「シスタークライシス。貴様の身柄は拘束した方が良い、そんな話も出ている。勝手に教会が所持する“宝具”を他者に譲渡した罪、それが軽い物だとは思うまい」


「戯言を……あの“空碧”は私が探し出した物。勝手に教会の所有物にされても困ります」


 コチラの声に反応して、一人が剣を抜き放った。

 ほぉ、なかなかどうして。

 自信だけはある様だが。


「では、そうですね。私が“執行者”を辞める。そう言った場合はどうでしょう? 他所の教会から別の執行者が来ますか? いいですよ、相手になります。しかしながら、負ける気はしませんね。私の周りに被害を出そうとした場合も同様です、相手になります。この状況で、大きく出られますか? 私を相手に、戦を挑みますか?」


 クスクスと微笑を絶やさず、コチラも長剣を構えてみれば。

 相手はグッと奥歯を噛みしめた。

 明らかに、私の気迫に押されている……本当に、最近の教会なんてこんなものだ。

 上層部の言う通りにならなければ処分、言う事を聞かなければ制裁。

 昔と比べて、本当に下らない組織に成り下がった。

 下手をすれば、若いシスターを上層部に差し出させる場所もあると聞いている。

 あぁ、本当に下らない。

 教会の上に立つ人間達の脳みそは、ゴブリンと同様なのだろうか?

 金の事と、若い女の事しか考えていないとは。

 これが、神に祈るモノ?

 ハハッ、笑える冗談もあったものだ。


「本気ですか? シスタークライス」


「本気ですよ? こんなにも下らない事ばかりをするのなら、私が協力する意味も無い。元々神様なんて、信じていませんから」


 その言葉と同時にマジックバッグから長剣を幾つも取り出し、周囲に展開させた。

 そして切っ先を相手に向け、口元を吊り上げながらも。


「つまらないんですよ……貴方達。本当に、ここ最近やる事が全て。この前の戦闘は久し振りに心が震えた……だというのに、まるでソレを侮辱された気分です。帰って“上”に知らせなさい。シスタークライシスは、神に祈る事を辞めると。これからは、リリエ・クライシスとして一般人に代わると報告しなさい。邪魔をするなら……全て、殺します」


「こ、後悔するぞ……」


「させてみなさい、三下。私には、幾多の英雄候補が付いていますから」


 それだけ言って、高笑いを浮かべてみせた。

 相手はソレに怯んだのか、逃げ帰ってしまったが。


「いいんですか? シスター、あんな事言って」


「あら、聞いていましたか。ノクター。別に良いんじゃないですか?」


 扉の向こうから現れた神父に、疲れた眼差しを向けてみると。

 相手からは、非常に呆れたため息が返って来てしまった。


「ダージュさんに、迷惑を掛けてしまいますよ?」


「確かにそれは申し訳ないですが……迷惑を掛けるのは彼だけではなさそうです。騎士団長に、ダージュの妹。イーサンとミーシャ。他にも色々、才能が有りそうな人が、この街には沢山いる」


「コレだから……貴女は」


「貴方にも迷惑が掛かりそうなら、私が助けてあげますけど」


「おぉ神よ。この自分勝手で、尚且つ人の一生くらい余裕で養える金銭の持ち主に祝福を」


「貴方のそういう所、嫌いじゃないですよ。いざとなったら逃げて来なさい」


「その時はどうぞよろしくお願いいたします。危険を嗅ぎ分けるのと、逃げ足にはちょっと自信がありますので」


 そんなふざけた会話をしながらも、私は全身の装備を整える。

 あんな風に、喧嘩を売ったのだ。

 またすぐにやってくるだろう、というか既に私の対策は済ませてから声を掛けて来た筈。

 教会とは、そういう組織だ。


「ノクター、隠れてなさい。くれぐれも皆を出て来させないで。それから、ノノンは特に守る事」


「それはもう、あの冒険者さんから預かっている女の子ですからね。彼女の情報も、外部には漏らしていません。ついでに言うと、シスターと彼女の関係性も漏洩させていませんから、すぐに巻き込まれる事はないでしょう。いざとなれば、”でっち上げます”ので、ご安心を」


「分かればよろしい」


 そんな言葉を交わしながら、教会の入口へと振り返ってみれば。

 その瞬間、扉が弾け飛んだ。


「こんな夜更けにどうしましたか? お祈りですか? 懺悔ですか? どちらにせよ、教会ではもう少しお静かにお願い致します」


 扉の向こうに居たのは、五人。

 誰も彼も、お高そうな白いローブに身を包んでいる。

 全て、“執行者”。

 私と同じ存在、だからこそ。


「さぁ、貴方方の罪を教えてください。全て曝け出し、私に教えてくださいませ。私は許しましょう、しかしながら……報復とは身勝手なモノです。生きて帰れるかは、この剣に聞いて下さいませ」


 周囲に浮かぶ長剣が、一斉に彼等の元へと飛来するのであった。

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