第54話 パーティ


 空から魔獣が襲って来た瞬間、私達は二人して回避行動をとった。

 しかしながら、ダージュだけは。


「どらぁぁ!」


 再び上昇しようとした相手を追う様にして、“空中”を蹴った。

 アレが、ダージュの新しい力の使い方。

 私が譲渡した宝具、“空碧くうへきのナイフ”。

 飛ぶというイメージではなく、空を駆ける事を選んだらしい。


「全く、貴方らしい使い方ですね」


 地上に残された私は、空中を駆けるダージュの戦闘を見上げていた。

 空を駆ける大剣使い。

 それだけでも、異常な光景だというのに。

 彼は……そうか、そうなのか。

 あの大剣ですら、“きっかけ”があればここまで戦える存在になっていたのか。

 ダージュが“ズル”と表現するソレ。

 その一つを、彼に譲渡する事が叶った。

 私の使っていた武器の一つを、彼が受け取り、武器も彼を受け入れた。

 だからこそ、この戦闘がある。

 あぁ、なんて美しい光景なのだろうか……人が、生きる為に限界を超える瞬間というのは。

 あの子は、自らよりも格上の相手に……あんな大剣で挑んでいる。

 あり得ない肉体能力を使い、空中を駆けるという“ズル”を使いながらも。

 最低限のそれだけで、人間の限界に挑んでいる。

 そうか、そうだったのか。

 自然と人々が英雄と呼び、褒め称えるソレは。

 こういう光景から生まれるのだろう。


「様々な力に頼り、溺れ、崩れていく人間は多い。でも貴方は……実直に、堅実に、“敵”と殴り合うのですね。同じ土俵に立ってみれば、貴方は全力で“戦う”事を選ぶのですね、ダージュ。楽に勝つ事だけしか頭にない人間とは大違いです……貴方は、しっかりと相手の事を見ている。相手を、認めている。その上で、“対等な存在”と認めて剣を振るう」


 襲い掛かる魔獣に対し、ダージュは相応の対処をしながら大剣を振るう。

 互いに強者と認め合っているかのように、全力のぶつかり合い。

 こんな光景、そこらの戦場じゃお目に掛かれない。

 などと思いつつ、空を眺めていれば。


「見つけた、見つけたぞ! 全員戦闘準備! ダージュを援護する! 今回はドラゴン同様に警戒しろ!」


 彼を探していた騎士団が、この場に到着した。

 あり得ない化け物と戦う“超越者”、その彼を慕って駆け付けてくれた仲間達。

 幾つもの魔法が打ち出され、ダージュの事を援護していく。

 まるで物語の一ページの様じゃないか。

 偉業とは、一人だけで成す事柄ではない。

 多くの仲間達に囲まれ、多くの友を連れて、共に乗り越えるからこそ語り継がれる。

 たった一人の人間では、どんな“ズル”を使ってもいつか限界が来るからこそ。

 誰からも好かれない様な人物や、虚勢を張るような人間では、危機に駆け付けてくれる“友人”は居ない。

 何をしようとも、見向きもされなくなる。

 それはもう、主人公とは呼べないだろう。

 だからこそ、英雄とは常に人の目に晒されるべきだ。

 だからこそ、英雄は多くの人に囲まれるべきだ。

 そしてそれを、ダージュはしっかりとこなしている。

 彼の周りには、“友人達”で溢れている。


「本当に、仕方のない子ですね。貴方の求めるモノが、こんなにも沢山あるのに」


 微笑ながらも、バッグから何本もの長剣を取り出した。

 私も、彼の物語の一片となる為に。

 共に戦う仲間だと、主人公に認めてもらう為に。


「やはり一つを完全に譲渡すれば力は削られますか……しかし、引くという選択肢はありえませんね」


 執行者としては、失格も良い所だ。

 勝てる相手にしか、勝負をしない。

 負けて死体を晒せば、相手に情報を渡してしまうから。

 だからこそ、確実に勝てる相手にしか挑まない。

 でもそんなの、格好悪いじゃないか。

 今のダージュを見ていれば、心の底からそう思う。

 だって彼は、何の付与も付いていない鉄の塊で“災厄”をぶん殴っているのだから。

 抗え、戦え、全力で。

 本来勝てない存在にさえ、牙を向け。

 それこそ、進化だ。

 それこそ、人々の成長の証だ。

 私もその一員になるべく、全力で魔術を行使するのであった。


「イーサン騎士団長! このまま支援を! 私は……突っ込みます!」


「ご一緒しますよ、シスター。お前等! 指示通りしっかりやれ! 騎士を名乗りたいのなら、きっちりと仕事をこなせ! 全員で勝つぞ、我々全員で、仕事をこなすぞ! 異議の無い者は、武器を掲げろ!」


「「「ウォォォォォ!」」」


「では、参りましょうか。シスター」


「フフッ、最近の騎士様は、随分と緩くなったのですね」


「堅苦しいのは嫌いでしてね。それに、空中で遊んでいるアイツを見ているとヒヤヒヤする。それだけです」


 そんな会話を交わしながら、私達は強く大地を蹴るのであった。

 本来なら有り得ない、魔力を使った跳躍。

 こちらの動きに合わせて来ると言う事は……多分この騎士団長様も、“英雄”と認められる存在に近いのだろう。

 とはいえ、私自身が英雄だなんて思った事は無い。

 こう言った武具が使用できる適性があるというだけ。

 もしも彼がダージュの仲間として、本格的に活動してくれるのなら大歓迎だ。

 しかしながら、彼は騎士。

 きっとダージュの隣に並ぶ事は無い存在なのだろう。

 思わず、苦笑いを浮かべてしまった。


「どうか、貴方がダージュの良き友人である事を願います」


「俺はダージュの事を、ちゃんと友人だと思っています。アイツが認めてくれれば、ですけどね」


「男性というのは、どうしてこう不器用なのでしょうか」


「性分、ですので」


 それだけ言って、二人して敵に斬撃を叩き込むのであった。

 まず、一発。

 ダージュが抑えているからこそ、攻撃出来たが。

 私達だけでは追加攻撃にしかならない。

 攻撃した私達に、相手が視線を向けてくれば。


「何処を見ている……俺が、相手だ」


 魔獣の顔を、ダージュが大剣で引っ叩くのであった。

 あぁ、本当に……強くなりましたね、ダージュ。


 ※※※


 凄い、凄いぞコレは。

 騎士団が、来てくれた。

 しかも空中には、イーサンとシスターまで居る。

 特盛だ、仲間達がいっぱい居る。

 支援してくれる皆に視線を向けてみれば、以前一緒に戦った若い騎士達が叫んでいた。

 ただ、“勝て”と。

 そして先頭に居るのは、女性騎士のダリアナさん。


「ダージュさん! お願いします!」


 あい分かった。

 ここまでお膳立てされて、こんなにも集まってくれて。

 俺を助ける為に皆が駆け付けてくれたのだ。

 だったら、“やらない”のは男じゃない。


「勝負だ、鳥。俺の全身全霊を持って、貴様を殺そう」


 それだけ言って、空を蹴った。

 シスターが言っていた、これを使えば空も飛べると。

 しかし俺にはそんな柔軟な思考はない。

 だからこそ、蹴れ。

 空中に足場を想像しろ。

 そうすれば、彼女から貰ったナイフが応えてくれる。

 ついでにシスターとイーサンの足場を用意しながら、そこら中を駆け回った。


「どらぁぁぁ!」


「ダージュ、追撃行くぞ!」


「ダージュ、コチラもです! 何処に足場を作ろうと、私達なら“感じる”事が出来ますから安心なさい!」


 そういうもの、なのか。

 魔術を使える剣士ともなると、そんな事も出来るのか。

 やはり、この二人は凄いな。

 何でも教えてくれるシスターと、凄腕の剣士でもある騎士団長のイーサン。

 二人は、やっぱり凄い。

 俺なんかより余程先に居る、本当の意味で“超越者”ってやつなのだろう。

 それらは全て長い時間を掛け、自らで勝ち取ったモノ。

 だったら、共に戦うのであれば。

 せめて俺も嘘でも良いから強者を演じて、隣に立たなければ。

 今だけは、自信過剰になれ。

 今だけは、主人公のフリをしろ。

 俺が英雄なんだと、自分を騙せ。


「落とすぞ!」


「「了解!」」


 空を滑空する相手の頭に思い切り大剣を叩き込んだが、やはり再生力が高い。

 何だコイツは、いつ死ぬんだ。

 光剣を使わないと倒せないかもしれない、がアレは連発も出来ない。

 そんな風に思ってしまうが。

 叩き落とした先で、イーサンとシスターに切り刻まれる鳥の魔獣。

 しかしながら、彼等を通り過ぎた後からすぐに回復しているのが分かる。

 まだなのか、まだ死なないのか。


「下に、飛ぶぞ!」


「付き合うぞ、ダージュ」


「お任せあれ、最後まで戦い抜きましょう」


 二人はニッと口元を吊り上げ、不敵な笑みを見せてくれた。

 なら、いこうか。

 三人で、あいつを殺そう。

 あの鳥が、皆の驚異となるなら。

 俺達は、敵を殺そう。

 冒険者と、騎士団長と、教会の執行者という凄い組み合わせだが。

 それでも。


「足場は作った……全員、突貫!」


「「了解!」」


 三人揃って、地面に落下する相手に対して突っ込んでいく。

 普通なら終わっている、これ以上戦う必要などない。

 だというのに。

 俺達は、相手の肉片一つも残さないとばかりに、剣を振り続けるのであった。

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