第53話 新しい力


「すみません! そこの馬車の方! 巨大な大剣を背負っている冒険者を見ませんでしたか!?」


「ひぃっ!? 何だいアンタ! って、こんな時間に……シスター?」


「何でも良いですから、答えて下さい! 凄く大きな体の男性冒険者です!」


 依頼を出した各所に全速力で向かって聞き込みをしたのだが、コレといって有力情報は得られず。

 現在は街の周辺で片っ端から声を掛けている状態。

 思わず大きなため息を溢しつつ、旅人や行商人を探して走り回っていれば。

 街道の先から、大軍勢が進行をして来るのが見えた。

 なんだ? こんな時に。

 まさかまた何処かの馬鹿が、戦争なんて始めた訳では無いだろうな?

 苛立たしい視線を向け、静かに剣の柄に手を添えていれば。

 相手は私の目の前で馬を止め。


「失礼、特徴を見るに……シスタークライシスとお見受けする。間違いは無いか?」


「……えぇ、私がそうです。貴方は?」


「コレは何と、都合が良い。初めまして、私は“イーサン”。この騎士団を預かっている者だ」


 騎士団? 彼らが来た方向からすれば、ダージュが住んでいる街の?

 確かにギルド受付のリーシェさんは、騎士団がどうとか言っていた。

 でもそんな立場の者が、こんなにも早く動くのか?


「事態が差し迫っている為、情報共有を致します。我々は仲間です、そこだけは信じて下さい。ダージュが、件の魔獣と接敵した可能性有りと情報が入りました」


「それは本当ですか!? どこで!? どちらに向かいましたか!?」


 彼の話では、子連れの男が夜に街の門を叩いたらしく。

 門番が事情を聞いてみれば、冒険者のダージュという大剣使いに助けられたんだとか。

 その際彼は、大型の鳥の魔獣の背に飛び乗り、大剣を突き刺しながらも北の空に消えていったという。

 あぁもう、あの子は……無茶ばかりして!


「すぐに向かいます!」


「お待ちくださいシスター! せめて、コレを。我々で件の大型が“巣”を作りそうな場所を予想した地図です。貴方は、あのダージュと同じ様な存在なのでしょう? そう、受付嬢から聞きました」


 そう言って更なる情報を提供してくれる、イーサンという騎士。

 こういう人も、あの街には居るのですね。

 というか、ダージュ。

 友達を作りたいなんて目的を掲げて、散々私を心配させたくせに。

 ちゃんと居るじゃないですか、貴方の友人が。

 どう見たってこの人は、貴方の事をちゃんと心配している。

 共に戦おうとしている。

 こういう人を、友と呼ばず何と呼びますか。


「ありがとうございます、イーサン騎士団長。私は、一足先に向かいます」


「行ってください、シスタークライシス。我々も、すぐに向かいます。どうか、ダージュの力になってあげて下さい」


 二人してニッと微笑んだ後。

 一気に、しかも全力で走り出した。

 大丈夫ですからね、ダージュ。

 すぐに行きます。

 すぐに助けてあげます。

 例え“執行者”としての実力を全て見せて、貴方に恐れられる事になっても。

 私は、貴方に死んでほしくない。


「待っていなさい、ダージュ……すぐに行きますから。それまで、根性で耐えなさい!」


 それだけ言って、所持している“宝剣”の力を全力で解放するのであった。


 ※※※


 これはまた、凄いな。

 この魔獣、凄く高くまで上昇している。

 しかも背中に大剣をブッ刺しているのに、大した反応を示さない。

 痛みをそこまで感じないのか、この程度では“怪我”としても認識していないのか。

 とりあえず、俺は北の方へと運ばれていた。

 やはり馬車の事を気にしている様で、随分とゆっくり飛んでいる様だが。

 やがて見えて来たのは山岳地帯。


「おっと? この辺りなのか? お前の巣は」


 急に鳥の魔獣が速度を落とし、岩山の一角に運んで来た馬車を放り込んだ。

 こんな大きな魔獣だから、もっと遠くに住んでいるのか思っていたが……そこまででも無かったらしい。

 多分、あの近くに巣があるのだろう。

 つまりコイツは子供か仲間に餌をやる為に、人間達を襲っていた。

 例え食べ物では無かったとしても、人間の作る物は生活に役立つと知っているのだろう。

 とはいえ、流石に魔道具を使ったりはしないが。

 布団や人々の服を巣に持ち込み暖を取ったり、食べ物があればそれを食べたりと色々だ。

 それこそ馬なんて、こういうデカイ生物にとっては良い餌になることだろう。

 だが、しかし。


「荷物が無くなれば、気を使う必要は無し……か」


 そこから一気に加速し、俺を振り落とそうとしてくる魔物。

 体中を風圧が襲い、気を抜けば振り落とされそうになってしまうが。


「空飛ぶ魔獣も、初めてでは無い……舐めるなよ」


 相手の羽毛を掴んで更に大剣を突き刺し、ついでに姿勢を維持する為に鍛冶屋から貰ったナイフも突き立てた。

 振り落としたいのなら、やってみろ。

 落せばお前の勝ちだ。

 しかしながら……その前に、俺はお前を殺そう。

 それが、仕事だからな。

 そんな訳で風圧に耐えながら、握った剣を更に相手の身体に突き刺していく。

 その際、ピィィィッ! と甲高い声を上げるが。

 ほぉ、見た目の割に鳴き声は随分と美しい。

 だがお前の背中に張り付いた剣士は、どこまで汚くなっても生き足掻くぞ。

 俺が死んだら、悲しむ者が居る。

 たったそれだけの理由で、全身血に塗れようとも。

 俺は、笑って見せよう。

 人々を襲う貴様等を殺す為に。


「どうした! 散々人々を恐れさせた魔獣が、この程度か!? 俺の専門は、本来“大物狩り”だ。つまり……お前は、俺の獲物だ!」


 興奮していた、間違いなく。

 ここまで天空に連れて来られたのも始めてだし、息も苦しい。

 落ちれば終わり、俺の人生が。

 だからこそ、コイツから落ちる訳にはいかない。

 それが分かっているからこそ、恐怖のあまり口元が吊り上がった。

 恐れるな、恐れる分だけ身体が動かなくなる。

 でも怖がれ、怖がった分だけ慎重に行動できる。

 しかし、何より。

 この状況を生き残れる自分を想像しろ。

 どうしたら生き残れるのか、どうしたらこの化け物を討伐出来るのか。

 それらをすべて考えながら、今何をすべきかを考えろ。

 怖い、怖い……だからこそ、笑え!

 恐怖を全部狂気に塗り替えろ。

 こんな事、竜以来だ。

 絶対勝てるわけがない、一人でどうにか出来る訳がない。

 絶望しているからこそ、笑え。

 それこそが、相手に恐怖を植え付けるのだから。


「くははははっ! そんなものか!? こんな木っ端程度の人間一人振り払えないのか!?」


 相手に刃を突き刺しながら、必死で虚勢を放っていたが。

 あぁ、不味い。

 コイツ多分、身体の硬さか回復力に自信があるタイプだ。

 明らかに俺を地面に叩きつける勢いで、大地へと滑空している。

 随分と長い事巣の周りをクルクルと飛んでいたが……どうやら自傷覚悟で俺を殺しに来たらしい。

 コレは流石に……不味いな。

 なんて事を考えていれば。


「刃を抜きなさい! ダージュ!」


 その声に従って、大剣とナイフを相手の身体から抜き放してしまった。

 とても信頼出来る声だったから、考えるよりも前に思い切り引き抜いてしまった。

 だがその結果、空中に放り出される体。

 このままでは、地面に叩きつけられてお終いだ。

 それは、分かっているのに。


「そのまま、暴れないで!」


「シスター!?」


 彼女の声と共に、俺の身体が風に包まれた。

 先程まで感じていた落下の風圧ではなく、包み込む様な風。

 何かの魔術なのだろうが、ソレは落下の速度を急速に和らげてゆき。


「フンッ!」


 地面に迫る頃には、俺でも着地できる速度まで落としてくれた。


「無事ですか!?」


「何故、ここに。というか、どうやって……」


 声のする方へと視線を向けてみれば、慌てた様子で駆け寄って来るシスターが。

 彼女の移動速度を考えれば、こんな遠くまで駆け付ける事も可能なのかもしれないが……。


「“宝具”を使って、空から探しました」


「シスターは……空も飛べるのか」


「私は“二つ”持っていると言ったでしょう? それらが与えてくれる能力は、風と浮遊の魔法。そして、今回の相手は」


 そう言いながら、彼女は鋭い視線を空に向ける。

 俺達の遥か上空。

 もうあんな位置まで上昇してしまったのか……クルクルと旋回しながら、コチラの事を狙っていた。


「今は私達周辺の気流をかき乱していますから襲って来ませんが、解除すればすぐにでも急降下して来るでしょう。求められるのは襲い掛かって来るタイミングでのカウンター。でも光の剣でソレをやろうとしても、あの大きさでは一振りで消し去る事は出来ませんよね?」


「無理……だな。攻撃は出来ても、消し去るのは。絶対に“残る”」


「その速度の残骸を正面から受ければ、間違いなく此方に被害が出ますね。そしてアレは多分一撃では死にません。しかし私だけ上空で戦っても火力が足りない。かといってダージュを浮遊させても、私に飛ばされている状態では満足に戦えない。そこで、です」


 そんな事を言いつつ、彼女は一本のナイフを差し出して来た。

 まるで鉱石を削ったかのような美しい緑色のナイフ。

 見た目からして、かなり高価な物に見えるのだが……。


「私、執行者リリエ・クライシスはこの“宝具”を、冒険者ダージュに“譲渡”します」


「……え?」


 そんな事、出来るのか?

 彼女が“宝具”と表現したと言う事は、コレも俺の“剣”と同じ様な物。

 だとすれば、認められるかどうかはこのナイフ次第になってしまうと思うのだが。


「これは誓いの様なモノです。持ち主が相手を認め、譲り渡す行為。こうする事で、受け継がれて来た武器だって数多くあるのです。あまりにも不適合な人間、もしくは認め合っていない状況でもない限り、問題なく使える様になるでしょう」


「し、しかし……」


「貴方なら、きっと大丈夫です。そして使い方は“この子”が教えてくれる」


 不安が無いといえば、正直嘘になる。

 これを受け取ってしまえば、また何かが変わってしまう気がして。

 今でも周りから恐れられているのに、これ以上になってしまうと……もしかしたら、今居る友人達ですら俺の事を恐怖するかもしれない。

 しかし、今のままではあの魔獣を討伐出来ないのも確か。

 そして今回は、“光の剣”の時の様に無自覚に手に入れる訳ではない。

 ちゃんと自覚して、シスターから譲り受けるのだ。

 “ズル”だなんだと言っていないで、自らの意思で力を手に入れる事になる。


「た、例え受け取っても……俺は、鳥にはなれない。空を飛ぶイメージなんて、出来ないんだが……」


「ダージュ」


「そ、それに俺は魔法が使えない。適正も、知識もないから。シスターが持っていた方が、その……絶対、良い」


「ダージュ、恐れないで下さい」


 言い訳ばかり並べる俺に対して、彼女は静かに微笑んでから。


「貴方なら、ちゃんと出来ます。どんな力を手に入れようとも、正しい事に使う事が出来るでしょう。どんな事にも真正面から、真剣に考える事が出来る。普通なら“特別な力”と表現するソレを、“ズル”だと表現する貴方なら。私は、安心してコレを託す事が出来ます」


 そう言ってから、シスターはナイフを更に差し出して。


「これを使って、二人であの魔獣を落としましょう。私と一緒に、戦ってくれませんか?」


 あぁ、ズルいな。

 昔みたいな微笑を浮かべて、そんな事を言われてしまっては。

 彼女がそう望んでいるというのなら、共に戦おうと言ってくれるのなら。

 もう、受け取る以外の選択肢が思いつかないじゃないか。


「……分かった」


 短い声を返し、差し出されたナイフを手に取った。

 俺が使うにしては、ちょっと小さい見た目。

 しかしこれは、直接“使う”必要は無いんだとシスターは言っていた。

 そして手に取ってみれば、どう使えば良いのかが自然と頭に浮かんで来る。

 光剣の時も、こんな感じだったな。

 アレと違って、随分と優しい風が俺を包み込んで来るが。


「私の魔法がそろそろ解けます。さぁ……来ますよ!」


「了解した。必ず打ち落とす」


 ナイフをバッグに仕舞ってから、再び大剣を構えた。

 改めて、勝負だ。

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