第52話 調査


 何と言うか、久し振りだ。

 随分と長い事……という程ではないのかもしれないが、休みを入れていた訳だし。

 そして仕事をするにも、ここ最近は誰かと一緒だった。

 以前の俺と比較すると、考えられない程の進歩だと言える。

 とは言え、今は一人。

 だからこそ、懐かしい。

 一人で野営をして、話す相手も居ない状況。

 まぁ、当てもないと言える調査任務だから当たり前なのだが。

 そんな事を考えながら、戻って来たばかりの大剣を磨いていた。


「綺麗にはなったが……やはり、随分と悪くなってしまったな」


 コレを初めて手にした時に比べれば、研ぎ過ぎて随分細くなったし。

 でもまぁ、新しい剣を打ってくれると言っていたからな。

 それまでの辛抱、という所だろうか。

 愛着自体はあるが、剣というのはやはり道具。

 寿命というのは、どうしたってあるのだ。


「ん?」


 一人焚火に照らされていれば、遠くの方で悲鳴が聞こえた。

 視線をやってみれば……馬車、だろうか?

 随分と遠くの方で、魔獣にでも襲われたのか大きなモノが街道脇に突っ込んでいるのが見える。


「……行くか」


 大剣の柄を思い切り握り締め、一気に走りだす。

 徐々に近づけば、悲鳴を上げている男性が一人。彼の腕の中に子供が二人。

 馬車に繋がれた馬は、必死で逃げようとしている様だが……車輪が埋まってしまい抜け出せない様だ。

 その後ろには、オーク。

 分かりやすく、夜に動いていた行商人か何かが狙われたという事態か?

 で、あれば。


「フンッ!」


 横一線に剣を振るえば、数匹居たオークの一匹が上下に別れた。


「まず一つ……残り、二匹……」


「今度はオーガ!?」


「人間、だ」


 また魔物に間違われた事に、多少のショックを受けながらも。

 そのまま遠心力を使って、残りの魔物に襲い掛かった。

 斜めから縦に軌道修正しつつ刃を振り下ろし、相手を半分に切り裂きながら大剣の切っ先が地面に突撃する。

 しかし勢いを止めず、そのまま自ら飛び上がり。

 まるで曲芸かと自分でも思ってしまう勢いで、空中で身体を捻じってから。


「どらぁぁぁ!」


 最後の一匹も、縦の回転斬りで片付けた。

 ふぅ、これで終わり。

 息を吐き出して大剣を担いでみるが……やはり、研ぎに出した後は良い。

 こんな分厚い剣でも、ちゃんと斬れる。

 フフッと満足げに笑ってみれば、助けた人達からは悲鳴が上がり。


「……ぼ、暴風?」


「い、いや……俺は、自然現象……ではない。冒険者だ」


 思わず、慣れない突っ込みを入れてしまった。

 なんだよ暴風って。

 風だのなんだの魔法は、俺には使えないぞ。

 ただの物理だ。


「大丈夫……か? 怪我は?」


 そう声を掛ければ、ようやく落ち着いて来たのか。

 子供を胸に抱えた男性は、ペコペコと頭を下げて来た。

 話を聞いてみれば、なんでも商売が上手く行かず、奥さんにも実家にも捨てられ。

 二人の息子達だけを連れて、俺の住んでいる街に移り住もうとしていた所なんだとか。

 どこも、世知辛いなぁ。


「馬車の中は……日用品か? 今、馬車を街道に戻す」


「へ? いや、冒険者さん。流石にソレは無理ってもんじゃ……」


 どうやら街道脇の土に車輪を取られたらしく、見事に動けなくなっていた様だが。

 グイッと持ち上げ、道に戻してみれば。

 これ幸いと馬が走り出しそうになってしまった。

 なので正面に回り、馬を落ち着ける為に“どうどう”と声を掛けたが。

 大人しくはなったけど、なんか震えている。

 よっぽど怖かったんだな、馬。

 もう大丈夫だ。


「子供二人だけを連れて、心機一転。という、事……だよな」


「え、えぇと……まぁ、お恥ずかしながら。でもこれでも、料理の技術は結構あるもんで。どっかに雇ってもらうか、自分で店を……出すには、金が足りないですけど。でも、この子達が大人になるまでは、どうにか……。だから、本当にありがとうございました。冒険者さんのお陰で、本当に助かりました」


 そういって父親が頭を下げて見せれば、二人の子供もペコッと頭を下げて来た。

 嘘はない、様に見える。

 だからこそ、俺としても応援したいと思ってしまう。

 なので、財布を取り出してみれば。


「いやいやいや! 助けてもらった上に、そんな事しないで下さい!」


 相手に止められてしまった、流石にコレはお節介が過ぎるか。

 なんて思って、ため息を溢してみれば。


「むしろこっちがお支払いしなくちゃいけねぇくらいだ。少ないですけど……どうにか、受け取って貰えませんかね?」


「い、いや……俺は別に、金の為にやった訳じゃ」


 そこまで言って、ふと気が付いた。

 お礼というのなら、別に金じゃなくても良い筈だ。


「それなら、金以外で頼む。ココに来るまでに、大きな鳥の魔獣の噂を聞かなかったか? 鷹の身体に、孔雀の尾を持っているらしい」


「孔雀……というのは、よく分かりませんが。俺の以前住んでいた所でも、でかい鳥の魔獣に馬車ごと襲われる事件がありましたよ。むしろソイツのせいで、仕入れの食材を全部奪われちまって。ハハッ、情けねぇ話ですけど。一度の仕入れ全部奪われちまうと、すぐに傾いちまうような料理店で働いていまして……」


「襲われた事があるのか? すまないが、詳しく……教えてくれないだろうか?」


 相手にとっては良くない話、だからこそ聞き出すのは申し訳ないが。

 それでも、俺の仕事は調査。

 そして相手に繋がる情報が目の前に転がっているのなら、見逃すという選択肢はない。


「そんな事でもよろしいので? えぇと、そうですね。今日みたいな月が綺麗な夜でしたね。そしたら急に、フッと影が落ちて……次の瞬間には、馬車ごと」


 などと相手が話したその瞬間。

 彼の言葉通りに、俺達の周りにフッと影が落ちた。

 おい、まさか。


「な、あ、あぁぁぁ!? アイツだ! 月の光を背に、一気に馬車を持って行った!」


 相手が指さす先に視線を向けてみれば、月光を背に何かが降下して来ているのが見えた。

 速い、尋常ではなく。


「チッ! 馬車と馬は諦めろ! コレを持って、離れておけ! 街はもうすぐそこだ! 走れ!」


 それだけ言って俺の財布を相手に投げつけ、大剣を構えた瞬間。

 何かが、目の前の馬車に襲い掛かった。

 デカい、とんでもなく。

 大きな翼は強い風圧を放ち、鋭い眼球は馬車を睨み。

 ついでとばかりに、嘴は馬を咥える。

 更に言うなら、孔雀の様な尾。

 鷹の様な……うん? 頭は鷹っぽくないが。

 まぁ多分間違い無い、コイツだ。


「ドラァァァ!」


「冒険者さん!?」


 相手の背中目掛けて飛び上がり、大剣を魔獣の背中に突き刺した。

 殺すには浅い、しかし相手を確保した。

 などと思っていればソイツはそのまま翼を広げ、空に向かって帰ろうとしているではないか。


「すまん! 街に急いで、ギルドに伝えてくれ! 俺はダージュ! 状況を伝えれば、騎士団が動くはずだ!」


「冒険者さん! ちょっと! 大丈夫なんですか!?」


「頼んだ! 財布の金は好きに使って良――」


 そんな言葉を紡いでいる内に、鳥の魔獣はバッサバッサと羽ばたき始め上昇していく。

 荷物を持っているせいか、非常に飛び方は丁寧だ。

 だが相手としては、背中に突き刺さった俺の大剣が鬱陶しいのか。


「よう、新種。俺が相手だ」


 空中でチラッと此方に視線を向けたその瞳は、忌々しいという感情を露わにしている。

 しかし、コチラは口元を吊り上げた。

 勝負しようじゃないか、鳥。

 振り落とせばお前の勝ち、振り落とされなければ俺の勝ち。

 非常に単純で、分かりやすい勝負だ。

 だがしかし、お前は足で掴んだ馬車をどこに持っていく?

 それが必要なんだろう? だから無駄に振り落とそうとしないんだよな?

 だったら、そのまま飛べ。

 お前の“巣穴に”、案内しろ。


「今回はちょっと、帰るのが遅くなりそうだな」


 ポツリと呟く言葉は風圧にかき消される訳だが。

 何より……高っか。

 落ちたら間違いなく死ぬな、コレ。

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