第51話 波乱


「流石ダージュさんですね。あの依頼を、文句の一つも出ない程の成果で達成してしまうんですから」


 翌日、ニコニコと笑うリーシェさんからそんなお言葉を頂いてしまったが。

 俺としては。


「出来れば、その……フィアは、真面目過ぎる。だから、あぁいう依頼を受ける時は、事前に注意を促して貰えると……助かります」


「ヒントは出したんですけどねぇ、アハハ……すみません、今度からはもうちょっと強く言っておきます。今回の一件で、依頼者の方にも釘をさす事も出来ましたし」


「あ、いえ、まぁ……それも冒険者の技能として必要なので、失敗の経験は……いると思いますが」


 何だか彼女を責めている様な雰囲気になってしまい、思わず此方も頭を下げたのだが。

 リーシェさんとしても、まさかフィアがあそこまで依頼を投げ出さないとは思っていなかったらしく。


「失敗して違反金が出るような依頼ではなかったので……正直彼女一人になっても続けるとは思いませんでした。すみません、本当に。ちなみに、依頼の内容に気付いて彼女だけ残して去っていた方々にも、コチラから注意しておきます」


 そんな事を言って、困った笑みを浮かべるのであった。

 まぁ冒険者なんて、結局は自分の身は自分で守れというのが鉄則だ。

 だから前回フィアと一緒に依頼を受けた人達が間違っているかと言われると、絶対にそうだとは言えないのだが……流石に新人一人残して全員撤退は、酷いと思ってしまうのも確か。

 とはいえ今回はちゃんと全額報酬も支払われた様なので、コチラとしても安心だが。


「それで、フィアは?」


「先日ダージュさんから教えてもらった採取方法を確実な物にするんだって、元気に薬草採取に行きましたよ? 今回はお手伝い程度の軽い物ですから、心配ないと思います。提出した品が良かったという話が回ったのか、少しだけ指名依頼を検討する声も上がって来ていますし」


 ならまぁ、大丈夫なのだろう。

 というか指名依頼まで来る様になりそうなのか。

 もはやこれは、新人と言って良い状態ではない気がする。


「それでですね? ギルドとしては、ダージュさんにお願いしたい仕事が幾つか。大剣はまだ戻って来ませんか?」


 そう言いながら、いくつかの依頼書を差し出して来るリーシェさん。

 一番上には騎士団からの合同訓練、次の用紙からは……妙な“調査依頼”が続いているではないか。


「剣はもう仕上がっていると、報告を受けました。だから仕事は問題ないんですけど……コレは?」


「また妙な依頼……で申し訳ないんですが。今回のは本当に調査です。討伐の必要もありませんから、そこは安心して下さい」


 そんな前置きをしてから、彼女が語り始めたのは。

 なんでも馬鹿デカイ鳥? の魔獣の目撃情報が相次いでいるのだとか。

 行商人が馬車を転がしていれば、急に周囲が暗くなり、次の瞬間には馬車ごと持ち上げられた。

 慌てて飛び降りてから空を見上げると、大きな翼を羽ばたかせる何かが凄い勢いで飛び去ってしまったのだとか。

 他には近くの村からの調査依頼。

 恐らくコレと同じ魔獣が、家畜を攫って行ってしまうとか何とか。

 更には騎士団からも調査依頼が来ているではないか。

 どれも相手の情報は特徴的であり、鷹の様に力強い体、孔雀の様な尾を持っているという。

 ちなみに騎士団の方からは、“討伐の為にダージュを暫く貸せ”という殴り書きまで。

 イーサン……お前は、騎士団長なんだからもう少し言葉遣いを……。


「一応各地の依頼、という事になりますので、地道に回って相手の正体を確かめる所からになりそうなんですが……どう、ですかね? 何か思い当たります? ギルドの資料でも、この様な魔物は載っておらず……」


「恐らく、ダンジョン産の特殊個体……なんでしょうけど。すみません、俺にもよくわかりません」


 こんな魔物、見た事が無い。

 というか俺は剣士だ、空を飛ぶ相手は本来専門外だと言っても良い。

 とはいえ竜を殺した経緯もある為、俺に白羽の矢が立ったと言う事なのだろうが。


「鳥……かぁ」


「やっぱり、厳しいですかね?」


 心配そうな顔をしながら、リーシェさんがそんな事を言って来るが。

 コチラは、調査を依頼されただけなのだ。

 絶対に倒せと言われていない以上、出来ない事は無いだろう。


「これを、全て受けます。各地を回って、調査してきます。イーサンには……調査が終わるまで、暫く待てと伝えて下さい。但し、準備しておけと。相手が想像以上だった場合、騎士団の力を借りる事に、なるかもしれません」


「分かりました、そう伝えておきます。騎士様を動かすには色々と許可が必要ですからね、前もって時間が作れるのは良い事です。では、お願いしますね。くれぐれもお気を付けて、いってらっしゃいませ」


「はい、それじゃ、その……行って来ます」


 そんな会話を交わしてから、俺はギルドを後にした。

 見た事の無い魔獣、鷹の様な体、孔雀の様な尾。

 こんな特徴的な個体なら、そこら中から報告が上がりそうなモノだが……今の所、そこまで混乱した雰囲気は無かった。

 では、相手は何だ?

 首を傾げながらも街から出ようとした所で。


「あ、鍛冶屋行かなきゃ」


 大剣を回収し忘れた事を思い出し、慌てて街中へと戻って行くのであった。


 ※※※


 ダージュさんが調査に赴いた翌日。


「リーシェさん、今お時間大丈夫でしょうか?」


「はい? って、シスター。どうなされたのですか?」


 ちょっと気まずそうな顔で、本日もシスタークライシスがギルドの受付にやって来た。

 そして、差し出されたのは以前と同様の依頼書。


「ミーシャから色々話は聞いて、私なりに考えたのですが……やはり、ダージュにはコレが必要だと判断しました。ですが、ソレは本人が希望しないと簡単に予想出来る。だからこそ……その、貴女にも相談したいというか。私の考えに同意してもらえるのなら、貴女からも説得をお願いできないかと思い、参上した次第です」


 なんか、凄く改まっていらっしゃる。

 最初に良くない態度を取ってしまった此方としては、結構気まずいという他ないのだが。

 アハハと乾いた笑い声を溢しつつ、とりあえず依頼書は受け取ってみた。


「とはいえ、私は戦場に立つ人間ではありませんから……本当に個人的な感想くらいしか。それに今は、ダージュさんも仕事に向かわれてしまいましたし」


「仕事に? ちなみにそれは、どういった内容で?」


 そんな事を言って、カウンターから身を乗り出し来る彼女。

 本来ならこういう情報は、他者に漏らしてはいけないのだが……。

 まぁ彼女は、ダージュさんの身内とも言って良い存在。

 更に言うなら、師に価する人物だと言う事は分かっているので。


「普通はこういうの、見せちゃ駄目なんですからね? 秘密ですよ?」


 などと言いつつ、彼女の前に今回の依頼の写しを出してみれば。


「……コレを、何人で受けたのですか? いつ?」


「えぇと、昨日……ですね。今は各地を回って調査している所だと思いますけど。ちなみに、一人です」


 私が声を上げてみれば、彼女はガタッと音を立てる勢いでカウンターから身を離し。


「私も……向かいます」


「え?」


「これは、一人で挑んではいけない……私だって、殺し切るのに何日も掛かった様な相手……かもしれません」


 真っ青な顔をしながら、シスターがそんな事を言って来るではないか。

 え、えぇと? 彼女はコレが何なのか知っているのだろうか?


「現在騎士団にも行動要請を出しています。まぁ、ダージュさんの報告待ちなんですけど。コレが何なのか、予想が付くのですか?」


「昔遠くの地で遭遇した個体と同類なら、鳳凰ほうおう……もしくは、朱雀すざくなんて呼ばれるモノです。被害からして、それのなりそこない……または進化途中」


「ほう、おう? すざく? どういう魔物なのでしょうか?」


「アレは魔獣なんてモノに当て嵌められません……地域によっては神獣、または災厄と呼ばれる。此方の地域で言う、ドラゴンと同格です。極めて珍しい個体ですから、現代ではあまり認知されていないのかもしれませんね……」


 は? なんて、思わず声が漏れてしまった。

 竜と同じ様な存在?

 でも彼なら、ダージュさんなら。

 過去にも竜を一匹討伐しているし……。


「派手な見た目の割に、目撃情報が極めて少ない。何故だと思いますか? それは……我々が目視する事すら叶わない程、空高く飛んでいるからに他なりません。そんなモノが、一気に急降下して来て獲物を獲るんです。ドラゴンは地上でも戦いますが、アレは基本的に鳥です。剣士なら、そのタイミングで反撃出来なければ……手も足も出ない」


「っ! 今すぐ騎士団に連絡します!」


「お願いします、私はこのまま単騎でダージュを追います。向かう場所の順番などは……」


「すみません、聞いて……ません」


「チッ! このまま出ます! 貴女は貴女の為すべき事を、お願いします!」


 それだけ言って、シスターはギルドの扉を蹴破る勢いで走り去ってしまった。

 これ、不味い……シスターの予想通りなら、本当に緊急事態だ。

 ギルド支部長に報告して、それからイーサン騎士団長の所へ行って。

 それから、えっと……。


「あぁぁもう! ビビるな私!」


 思い切り叫んで、ズパンッ! と両頬を自分で引っ叩いた。

 こんな奇行をすれば、周囲の視線も集めてしまう訳だが。

 そんなの、今は関係ない。


「成すべき事をしろ、そう言われたでしょうが」


 改めて口にしてから、私は支部長の元へと走った。

 早く、いち早く事態を周囲に知らしめないと。

 こちらにある戦力をいかに動かせるかで、全てが変わる。

 というか、ダージュさんが一人にならなくて済む。

 もしも彼が、シスターが言っている様な相手とかち合ってしまったら。

 そう考えるだけで、ゾッと背筋が冷たくなるのを感じた。


「お願いです、ダージュさん。どうか増援が間に合うまで……そんなものと、出会わないで」


 グッと奥歯を噛みしめながらも、私は私の出来る数少ない事をこなしていくのであった。

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