第48話 目指す先


「はぁぁぁ……」


 カウンターで、思い切り溜息を溢してしまった。

 昨日、ダージュさんと食事に出かけた。

 それは、これまでの関係からしたら相当な進展だと言っても良いのに。

 彼の話を聞けば聞く程、あのシスターに敵わないと思ってしまう。

 あの人の記憶は、あの人にとっての救いは。

 全部シスタークライシスに繋がっている。

 あとは、妹のミーシャさん。

 あれ程の実績を残し、ソロでどんな敵でも薙ぎ倒す冒険者。

 だというのに、彼を救ってあげられる存在が、あまりにも少ない。

 英雄とは茨の道を進むモノ、そんな風に言われたりもするが。

 それなら私は、ダージュさんに英雄になどなって欲しくない。

 たった一本の“特別な武器”を手に入れたからって、それが何だというのだ。

 聞けば聞く程、救いがない人生を送りながらも、本人がソレを受け入れてしまっている。

 普通は違うじゃないか。

 子供の頃なんて、親に甘やかされたりしても良いじゃないか。

 友達がいっぱい居て、楽しい記憶があっても良いじゃないか。

 だというのに、彼にとっての記憶は……まるで、生まれた時から茨の道。

 彼と妹では歳が離れている。

 だからこそ物心ついた時には、親は妹の方の世話で手一杯だったのかもしれない。

 きっとダージュさんの事だ、育児にも協力していたのだろう。

 その結果ミーシャさんは優秀に育ち、親からも目を掛けられる様になった。

 御大層な難問が幼少期にあった訳ではないにしろ、子供にとって親の存在とは偉大だ。

 なのに両親からもあまり褒められた経験がなく、優秀な妹の存在が比較対象として彼を貶める。

 しかし妹は彼を慕い、彼もまた妹を慕っている。

 どうしてここまで歯車が狂ってしまうのかと思う程に、彼は……歪だ。


「これじゃ普通の恋愛とか、普通の暮らしだって理解していない可能性もありますよねぇ……」


 ため息を溢しつつも、そんな声を洩らしてみれば。


「えぇと、リーシェさん? もしかして、やはり昨日兄が何か不手際を?」


「うひゃぁっ!?」


 すぐ近くから、そんな声が聞こえて来てカウンターから飛び起きた。

 視線を向けてみれば目の前に彼の妹、ミーシャさんが立っていた。

 まだ学生であり、ギルドに登録したものの本業としては活動を始めていない冒険者。

 そんな彼女が、珍しくギルドに顔を出していた。


「い、いっらしゃいミーシャさん……ごめんなさい、ぼうっとしちゃって」


「お疲れですか? すみません、兄が余計な事を言ったのかと心配になってしまって。それに鎧姿でデートした上に、食事は酒場って……上級ポーション、要ります? 兄から二桁程預かっているので、良かったら飲んで下さい」


「か、過保護ですね……」


 マジックバッグを漁り始める彼女を止めてから、コホンと咳払いをし。

 改めて向き合ってから、いつも通りの笑みを浮かべた。


「いらっしゃませ、ミーシャさん。本日はどのような御用件で? 何か、お仕事を受けますか?」


 キリッとした表情を作りつつ、そう宣言してみたのだが。


「あ、すみません。まだ兄同伴じゃないと、仕事を受けちゃ駄目だって言われてますので。学園を卒業するまでは、あまり仕事を受けられないと思います」


「あ、はい」


 この兄妹、ちょっと仲が良すぎない?


「今日は学園もお休みなので、依頼の確認に来ただけです。兄指名の依頼とか来ていないかって、心配になったらしく。イーサン騎士団長とかから依頼が入っていたら、声だけは掛けておいてくれと仰せつかりました」


「ちなみに……本人は」


「当人は平気だって言ってるんですけど、もう少し……と言った所ですね。いつもの大剣が鍛冶屋から戻って来るまではソロ禁止だと言ったら、大人しくノノンの様子を見に行きました」


「あ、はい」


 どうやらミーシャさんの厳しいチェックの下、ダージュさんは管理されているらしい。

 凄いなぁ、ダージュさん。

 妹がここまでブラコンなのも凄いが、この子のチェックをクリアして仕事をして来たのか。

 普段全然体調とか崩さなかったのだろうか?

 風邪とか引いたら、絶対家から出してくれなそう。


「えぇと、そうですね……彼指名というと、騎士団から合同訓練の依頼が来ている程度で。こちらは期間とかありませんから、声を掛ければ日程は調整してくれるそうです」


「あぁ~なるほど、騎士団の訓練くらいなら……まぁ、良いかもしれませんね。本人も何やら、ナイフを使ってみたいとか言っていましたし」


 難しい顔をし始めたミーシャさんに対し、コチラとしては苦笑いを溢してしまった訳だが。


「あと一件、ダージュに指名依頼を出しても問題ありませんか?」


 そんな声と共に、スッと脇から依頼書を差し出された。

 誰かが割り込んで来たのかと一瞬焦ってしまったが、視線を向けてみると。


「シスタークライシス……」


 修道服に身を包んだ彼女が、カウンターに依頼書を提出していた。


「シスター!」


「久しぶりですね、ミーシャ。すみません、バタバタして会いに行くことが出来ませんでした」


 ミーシャさんは嬉しそうにシスターに抱き着き。

 なんか、もうワチャワチャしているけど。

 シスターの方も悪い気はしない様で、彼女の頭を撫でまわしている。

 私はいったい、何を見せられているのだろうか?


「え、えぇと……とにかく依頼書の内容を確認しますね……」


 ハハハッと乾いた笑い声を洩らしながら、彼女が提出した内容を確認してみると。

 ピタッと、指が止まってしまった。


「本気、ですか?」


「えぇ、本気です。私を警戒しているのは分かっています。しかし、ダージュには必要だと考えています。“二本目”が。実際に見て、思った事ですが……アレは、あまりにも制御出来ていない。はっきり言って、危険です」


 依頼内容、遠方にある“英雄の武具”を回収し、冒険者ダージュが使用する事。

 その際同行者として、シスタークライシスが同行。

 彼の同行者として相応しいと証明する為の実績が、ズラリと並んでいた。

 流石は、執行者……。

 本来なら表に出ない情報まで、所狭しと書かれている。


「受領して、頂けますか?」


「ギルドとしては問題ないのですが。しかし……コレは」


 正直、止めて欲しいとは思っている。

 遠征するのは珍しい事じゃないし、彼なら予想よりずっと早く帰って来る事だろう。

 しかしながら……これ以上彼を、“普通”というものから遠ざけないでほしい。

 そう思ってしまうのは確かだ。

 でもコレは個人的な感情、仕事とは関係ない事柄。

 だからこそ、私は黙ったまま判子を押すしか――


「ちょっと待ってください。ソレ、本人に確認してからにしましょう」


 ミーシャさんだけが、私の行動に待ったを掛けた。

 ジッと真剣な表情で依頼書を眺め、更には。


「コレは兄の事を思って、更なる高みを目指す為にという認識で良いんですよね? シスター」


「えぇ、そうですね。“光の剣”だけでは、あまりにも極端すぎる。それが私の感想です。なので、もっと汎用性を求められる武具を手にして――」


「兄が名を上げる、皆から認められる。それは大いに歓迎します。しかしながら、コレは……兄が求めるでしょうか? 確かに強くなるきっかけ、あの剣を使いこなす為。それはわかりますが、果たして兄さんはコレを望んでいるでしょうか?」


「ミーシャ?」


「はっきり言います、兄さんはシスターの言葉を信用し過ぎる。更にギルドが依頼として提示すれば、“仕事”である以上兄は間違いなく受けてしまう。そうなってしまうと、本人の意思など関係なく別の力を手に入れてしまう」


 傍から聞けば別に悪い事ではない話に思えるが、多分そういう事じゃないのだろう。

 いつになく真剣な様子で、ミーシャさんはシスターの事を見つめていた。


「いざという時に強い力がある、それは本人の安全にも繋がる。だから“光の剣”を使う事に対して、私は肯定的でした。でももしも、兄がこれ以上を望まないというのなら……私は、今のまま“冒険者”としての兄を肯定します」


「でもミーシャ、更なる力が手に入ると言う事は悪い事ではないのですよ? これからダージュの前に何が現れるかなんて誰にも分らない、だからこそ強くなる機会は逃すべきではないと、私は思います」


「上を目指す事は正しい、それは分かるんですけど。その……兄の目的が、どんどん遠くなってしまう気がするんです。今ですら、兄の能力は周りから恐れられる程ですし」


 確かに、ミーシャさんの言う通りかもしれない。

 ダージュさんの目的という意味では、シスターの依頼を受けたら更に遠ざかってしまう事だろう。

 今でさえ、“竜殺し”なんて呼ばれて恐れている人が多いくらいだ。

 しかしシスターの話も間違ってはいない。

 冒険者、というか戦う人間にとって、普通なら飛び付く様な話だとは理解出来る。

 だが本人の性格を考えると……どうだろうな、と。


「ダージュの目的、ですか。それはいったい……」


「冒険者にお友達を作って、固定パーティを組む事です」


「……はい?」


 凄く真面目な顔をしていたシスターが、一気にポカンと呆けてしまった。

 まぁ、普通そういう反応になりますよね。


「……ミーシャ、この後時間はありますか? 何処かでお茶でもしながら……その、詳しく教えて頂けると」


「あ、あははは……そうなりますよねぇ」


 と言う事で、二人はギルドを後にするのであった。

 何でこう、彼の周りにいる人達は性格が極端なのだろう。

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