第47話 幼少の記憶
食事をしながら、リーシェさんにシスターの話をした。
とはいえ、簡単には語り終えない思い出がある為……。
「ごちそう、さまでした」
「また来てくんな。代金は周りの奴等から貰ってるから、要らねぇよ?」
あまり長い時間滞在しても迷惑だろうと、場所を移そうとしたのだが。
店主からは、そんな事を言われてしまった。
やけに俺の事を傭兵に誘って来た周りの人達が、ニヤニヤしながらもグッと親指を立てるのを確認してから。
「じゃぁ……コレで皆に、一杯ずつ出してやってくれ。奢って貰うだけでは、その……申し訳ない」
それだけ言って金貨を差し出せば、周囲からはウオォォ! と声が上がり。
「ハハッ、傭兵との付き合い方ってのを分かってんな、お客さん」
「冒険者も、そうだが……借りを作ったままというのは、良くない。明日も会える保証が無い、以上は……今日気持ち良く過ごした方が、良い」
「ククッ、気に入ったよ冒険者さん。また来てくれよな、サービスするからよ」
「あぁ、また……来る」
それだけ言って、店主とも傭兵達とも別れを済ませ。
店の外に出る頃には、随分と周囲も暗くなっていた。
「お、送りますね。リーシェさん」
「ありがとうございます、ダージュさん。お願いします。それから……話の続きを、出来れば」
「分かりました、けど……本当に、普通の話しか」
「それで良いんですよ。私は、貴方の口から彼女がどういう人なのか知りたいんです」
そう言って微笑むリーシェさん。
デートらしい会話とは言えないのかもしれないが、良いのだろうか?
俺の思い出を話すだけだし。
まぁ、彼女がそう望むのなら構わないが。
「えぇと、そうですね……昔から俺は、拘り症というか。細かい作業にずっと集中しちゃう質でして……よく、大人達から怒られていました。どんくさいって」
ポツリポツリと言葉を溢しつつ、彼女と一緒に街中を歩くのであった。
※※※
「ダージュ、どうしました? そんなに悲しそうな顔をして」
優しく微笑むシスターに対し、スッと視線を背けてから。
「別に……」
今思えば“別に”、では無いんだが。
教会までわざわざ足を運び、顔を合わせた瞬間コレである。
傍から見れば、俺は相当面倒くさい性格というか、分かり辛い子供だった事だろう。
「ふふっ、また誰かに怒られたのですね? では私のお茶に付き合ってください、少しだけお喋りしましょう」
「……分かった」
俺が頼っていた、というか依存していたと言っても良い大人。
それは両親ではなく、彼女だったのだ。
普段は何を言われても我慢していたし、妹に格好悪い所を見せたくなくて。
ずっと黙々と仕事の手伝いをしていた。
でも、たまに限界が訪れるのだ。
大人達から怒られたり、歳の近い皆から馬鹿にされたり。
そう言うモノは、段々と心の中に蓄積されていき……本当に、たまに。
もう嫌だなって、思う事があった。
そんな時は、必ず教会へと足を運んだ。
シスターが居たから。
この人だったら、俺の話をゆっくりでも聞いてくれるから。
「今日は……その、羊の……毛刈りをしました」
「あぁ、もうそんな時期ですか。上手に出来ましたか? ダージュ」
「怒られ……た、遅いって。でもあまり雑にやると、羊が怪我をして……でも、少しくらい血が出ても平気だから、もっと早くしろって」
「なるほど、ダージュは羊が痛い思いをするのが可哀想だと思った訳ですね?」
「だって……その……」
「いいんですよ、貴方の思った事をちゃんを言葉になさい。私は、怒ったりしませんから」
そう言ってくれるシスターの言葉が、何より安心出来たのを子供心に覚えている。
何をやっても上手く出来なくて、怒られてばかり。
遅い、トロイ、ノロマ。こんなんじゃいつまで経って終わらない。
そんな言葉を散々投げかけられたが、彼女だけは俺が本心を言うのをずっと待っていてくれる。
だから、全部話せる。
「何年か前に、ダージュが直した柵があったでしょう? 随分と時間が掛かってしまって、色んな人から怒られたって。そう言って泣いていたアレです」
「泣いて……無い」
「ふふっ、そうでしたっけ? 確かに貴方はあまり弱さを見せない、けど心は泣いている。その涙を、私に見せてくれるのは凄く嬉しいです」
「……」
「ごめんなさい、話が逸れましたね。アレから長い時が経ちましたが……貴方が担当した場所だけは、今でもちゃんと機能していますよ。他の所は結び目が解けてしまったり、杭の打ち込みが甘かったりと、色々大変みたいです」
「……えぇと」
何と声を返したら良いのか。
頭の中で言葉が絡まり、口に出せずにいれば。
「良く出来ましたね、ダージュ。貴方の行いはこんなにも長い時間、人々の役に立っています。これは凄い事なのですよ? 貴方は、ちゃんと仕事をこなせている。人間とは短命です、だからこそ急いでばかりいる人は多い。しかし貴方の行動は、実績は。ゆっくりと過ぎ去る時と共に、段々と認められるモノです。だから、“大変良く出来ました”。私は例えゆっくりでも、丁寧で正確な事が出来る貴方が大好きです」
そう言って、彼女は俺の事を褒めてくれたのだ。
普段褒められる事の方が少ないから、どこか誇らしくて。
だから俺は、“限界”を迎える度にシスターに助けを求めた。
唯一、俺の泣き事を聞いてくれる人だったから。
唯一、俺の事を褒めてくれる人だったから。
多分、そういう意味で依存していたのだろう。
なので、シスターが村を離れると告げて来た時は……本当に、泣いた。
行かないでくれとは言葉に出来なかった、仕事だって言っていたから。
俺の我儘で、彼女を困らせたくなくて。
グッと唇を噛みしめ、ボロボロと涙を溢していた俺に対し。
「ありがとう、ダージュ。やっとちゃんと涙を見せくれましたね、私は……嬉しいです。貴方が涙を見せる程に、信頼を置いてくれた事が」
そんな事を言いながら、彼女は幼い俺を抱きしめてくれた。
「私はエルフ、ずっと永い時を生きる存在。だから、また会えるかもしれません。その時はどうか……貴方の方から、私を見つけて下さい。大人になった貴方の方から、会いに来てください。それはきっと私にとっても、凄く嬉しい事ですから」
その言葉を最後に、彼女は村を去って行った。
俺にとって、あの村で良い意味で辛かった思い出。
あぁ、なるほど。
リーシェさんに話しながら思い出したが……シスターの最初の依頼は、こういう意味があったのか。
俺は、彼女の願いを叶える事が出来たのだろうか?
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