第46話 少しくらいはデートらしく
「えぇと、申し訳ありません。その恰好ですと……その」
「あ、はい。すみません、そう……ですよね」
これは一応、デートなのだ。
だからこそ、教会を出た後。
夕飯くらいはご馳走した方が……と思ったのだが。
鎧を着て来たのが間違いだった。
妹が調べてくれていた店全てに、門前払いを食らってしまったのだ。
まぁ、そうだよね。
ホント何やってるんだろう、俺。
「す、すみませんリーシェさん……全然、入れなくて」
「いえ、あの……もう少し気安い場所で大丈夫ですよ? ほら、その辺の酒場とか。あぁいう所でも良いじゃないですか」
そんな事を言って、本当にそこら辺にある店を勧めてくれる訳だが。
これはデートして良いのだろうか?
というのと、今の格好のリーシェさん。
間違い無く周りから絡まれる。
飢えた獣達に餌をやるようなモノだ、それだけは絶対不味いと思っていたのだが。
「女一人であぁいう酒場に入るなって、散々言われて来たので。正直興味あるんですよ! ホラ、行きましょう?」
などと言いながら、満面の笑みで酒場に向かってしまうリーシェさん。
思わずため息を溢しそうになってしまうが、でも彼女が希望しているのだ。
であれば、エスコートするのが俺の役目。
シスターが言っていた、歩調一つとっても状況が変わると。
であれば、俺に出来る事は何だ。
彼女に合わせ、事態を大きくせず納める。
更にはリーシェさんに楽しんでもらう事だ。
なら、拒否権など無い。
「必ず、守ります……」
「アハハッ、気負い過ぎですよ。普通のお店なんですから、そんなに――」
扉を開けた瞬間、コチラに向かって酒瓶が飛んで来た。
ソレをキャッチして、残りの酒が彼女に掛からない様に背後に隠してみれば。
シンッと店内には沈黙が広がった。
よくある事ではあるのだが……まさか初めて来た酒場でこの状況になってしまうとは。
周囲を見回して見ると喧嘩をしていたらしい二人は動きを止め、周りの人達も此方に視線を向けて来ている。
あぁ、嫌だなぁ……この空気。
完全に入るタイミングを間違った様だ。
「寄っても、問題無いか?」
「い、いらっしゃい……お客さん、二人で良いかい? ウチは、腸詰がお勧めだよ……」
「では、二人分頼む」
それだけ言ってリーシェさんを放し、席に促してみれば。
彼女はちょっとだけ赤い顔をしながら、パタパタと手で顔を仰いでいた。
「ビ、ビックリしました……」
「すみません、こういう所だと……喧嘩とか、日常茶飯事なんで。俺も、詳しい訳ではないんですが……」
ふぅとため息を溢しつつ、コチラも席に腰を下ろしてみれば。
すぐさま俺達の席に走って来た店員。
そして、随分と怯えた様子で。
「い、いらっしゃい……腸詰は出すとして、他のご注文は……? 酒は……その、そちらのお嬢さんにも?」
「あ、お勧めをお願いします」
「黒ラガーだが、飲めるかい? お嬢さん」
「わりと何でも飲めるので、大丈夫です」
「な、ならソレを……旦那は、どうする? 何が良い?」
やけに距離を置かれている気がするが、まぁとりあえず食事は摂らせてもらえるらしい。
まぁ、これでリーシェさんが満足するかは分からないが。
それでもまぁ、こういう店に寄って何も酒を頼まないのは失礼だろう。
「俺も、同じ物を……それから、お勧めのツマミを幾つか。適当に、見繕ってくれ」
「へ、へい! すぐご用意します!」
そんな言葉を洩らしつつ、彼はすぐさまキッチンへと駆けこんでいくのであった。
その後も静かな空気が広がっていたが……しばらくすれば、慣れたのか。
周りの皆も席に付いて団欒を始める。
ふぅ……何とかなった。
そしてやはり、気を張っていると周りが俺の事を警戒してしまうな。
「ギルド以外のこういう酒場って初めてですけど……結構、その。わんぱく……というか、賑やかなんですね」
「一人では、絶対に入らないで下さい。絡まれる、から」
それだけ言って、注文した料理を待つのであった。
その間も、物凄く視線を感じるのだが……無視だ、無視しよう。
俺にとって今はデートの最中、であれば。
相手に楽しんでもらう事だけを最優先だ。
※※※
適当な酒場に入ってみれば、なんというか……凄い事になってしまった。
入った瞬間酒瓶が飛んで来るとは思っていなかったが、ソレを平然と掴み取るダージュさんは凄いと思うんだ。
そして、注文した料理が目の前に並んでみれば。
「わぁ……凄い、美味しそうです! なんて言うか、分かりやすくいっぱい! って感じですね!」
「こういう所は、とにかく量が大事だから……でも色々と、手が込んでいるみたいです。当たり、を引いた……かもしれない」
そう言ってからダージュさんは兜を少し開き、切り分けた腸詰を口に運んだ。
すると。
「お、おぉ……良い。旨い」
そんな事を言いながら、頷いて見せた。
どうやら、気に入ったらしい。
と言う事で、私もソーセージを切り分け口に運んでみた訳だが。
うん、うん? え、こんなのがそこらの酒場で食べられるの?
お高い店で、色々と食べた事はある。
何処の地方のあーだこーだとか、使っている調味料がどーだこーだとか。
色々聞かされた記憶はあるが……私、こっちの方が好きかもしれない。
とにかくガツンと来る、分かりやすい味つけ。
でも色々と混ぜており、口内には爽やかなハーブの香りと、肉の旨味がドッと押し寄せて来る。
切り分けた時にも思ったが、とにかく肉汁が凄い。
他人の目を気にしなければ、そのままガブッと齧り付きたい程だ。
そして何より、用意された黒ラガー。
お肉に続けてグイッと傾けてみれば……凄く、合う。
ちょっと下品かもしれないけど、思わずジョッキを傾けゴクゴクと飲んでしまった。
お、美味しい……凄い、凄いぞコレは。
などと感動していたのだが、ハッと気が付き目の前に視線を向けてみれば。
ポカンとした雰囲気で此方を見つめる、ダージュさんが。
「し、失礼しました……はしたなかった、ですよね……」
肩を窄めながらも、顔を赤くしていれば。
「良かった……ちゃんと満足してくれた様で。いっぱい、食べて下さい。美味しいって思って、いっぱい食べてくれる姿は……その、嬉しいですから」
それだけ言って彼は兜のバイザーを開き、豪快にソーセージに齧り付き。
そのままビールをグビグビと飲み干した。
本当にもう、良い食べっぷりと飲みっぷりという様子で。
「店主。おかわりを、頼む」
「はいただいまぁ!」
ダージュさんが声を上げれば、店主は先程とは打って変わって嬉しそうな顔でキッチンへと走った。
そして、周りに集まった人たちも此方のテーブルに集まり始め。
「なぁ、お兄さん。声を聞いた感じ若いんだよな……? その鎧を見る限り、冒険者か?」
最初は、絡まれたのかと思った。
ダージュさんも、鋭い雰囲気を向けていたし。
でも相手は両手を見せ、敵意が無い事を示してから。
「ここはな、“傭兵”が集まる酒場なんだよ。戦場に立つ事が多い奴等ばかりだから、荒っぽくなるって訳だ。悪かったな、デートの邪魔しちまって。んでよ、傭兵に興味は無いか? 多分冒険者より稼げるぞ? そっちのお嬢さんには悪いが、ちょっとだけ……ちょっとだけどんな武装なのか見せてくんねぇか?」
「……すまない、剣は今修理に出している。使っているのは、大剣だ。普通の物よりも……その、大きい奴を」
その言葉を聞いて、周りの人達はおぉっ! と声を上げる。
実物を見せた訳でもないのに、どういう物を使っているの分かるものなのだろうか?
彼自身身体が大きいから、それで予想しているのかもしれないが。
「お兄さん、ウチに来ないか? 俺から団長に声を掛けるよ!」
「おいコラ! 抜け駆けすんな! こっちだって歓迎するぜ? どうだい、傭兵やってみないか?」
なるほど、傭兵というのは強者を常に求める。
冒険者でもソレは変わらないが、彼等の方が人員の変動が激しいのだろう。
だからこそ、ダージュさんの様な強者を見逃すなどありえない。
戦う人は、気配だけでも相手の強さが分かるなんて話も聞いた事があるし。
その為、一挙に人気者になってしまったのだろうが……彼は、静かに首を横に振り。
「すまない、俺は……冒険者だ。だから……彼女から、依頼を受けて。彼女から、“おかえり”と言って貰うのが、仕事なんだ」
それだけ言って、ダージュさんが此方に視線を向けて来た。
その瞬間、周りの人々はニヤニヤしながら“なるほど”とばかりに頷いて見せる訳だが。
こちらとしては、ボッと音が鳴ったかと思う程に顔が赤くなった気がした。
「つまり、この嬢ちゃんを堕とせば……いや、違うな。この嬢ちゃんが戦士さんを堕とせば、全部解決って事だな?」
集まっていた一人が、そんな事を呟けば。
周りの人もオォッ! と声を上げる。
違うんです、多分ダージュさんが言っているのはそういう事じゃないんです。
でも、内容的にはそういう事で。
私に“おかえり”って言って貰う為に、冒険者をしているみたいな。
そういう発言に聞えてしまうのは確かなので。
「店主、俺達が金を出す! 一番良い料理を頼む! 今日はお二人さんを祝福しようじゃねぇか!」
「こっちも出すぞ! 俺のお勧めを出してやってくれ!」
やんややんやと賑やかになっていく店内。
状況を理解していないのか、首を傾げているダージュさん。
でも、このままではお話が進まないので。
「あ、あの! ダージュさん、シスタークライシスの事を……教えて欲しいのですが」
「え、あ、はい? シスターの事ですか? 分かりました」
私が声を上げ、彼が答えた瞬間。
周囲の瞳はとても冷たいモノに変わり。
「兄ちゃん、助言しておくな? 美人を前に、他の女の話は……な? 殺されるぞ?」
「え?」
「剣士さんよぉ……知ってるかい? 戦場での死亡率は、前衛が確かに高い。そんでな、街中での前衛死亡率は……圧倒的に女の恨みか、毒殺なんだよ。鎧を着てても、意味ねぇぞ?」
「はい?」
そんな助言を残しながら、皆各々のテーブルへと戻って行った。
傭兵って、もしかしたら。
冒険者より淡白というか、あっさりした付き合い方なのかもしれない。
喧嘩して、殴り合っても。
戦場では一緒に戦うかもしれないから、後腐れないというか。
冒険者とは、やはり大きな違いがあるみたいだ。
「お、俺は今……何を脅されたのだろうか?」
「女性関係を疎かにするな、という事じゃないですか?」
と言う訳で、次々に運ばれて来る料理に舌鼓を打ちつつ。
彼の話に耳を傾けるのであった。
しばらく話を聞いていれば……なんかもう、勝ち目無いなぁなんて思ってしまう程。
彼は、それ程にシスタークライシスの事を信頼している御様子だった。
私だって、数年間一緒に居る存在なんだけどなぁ……なんて、ちょっとだけ寂しさを感じつつも、彼からシスターの話を聞いていくのであった。
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