第45話 興味と手段
「ノノン、来たぞ」
「ダージュ!」
修道女の格好をしたノノンが、元気良く此方に向かって走って来た。
他のシスターと少々違う物の様だが……見習い、的な扱いの格好なのだろうか?
「……ん? どうしたの?」
こちらが観察していたのに気が付いたらしく、首を傾げながら俺を覗き込んで来た。
ふむ。何となくだが、前よりもはっきりと喋っている気がする。
やはりシスターの元に預けて正解だった様だ。
「いや、アバンに見せたら、驚きそうだなと思って」
「コレ? 私もシスターになった!」
スカートを広げながら、クルクルとその場で回って全身を見せてくれるノノン。
うん、前よりもずっと元気そうだ。
本人もずっとニコニコしているし、何より楽しそうで良かった。
「今ね、色んな所の教会に行って、子供とか、赤ちゃんの面倒をみるお手伝いしてるの!」
「ほぉ? それはまた、大変そうだな」
「ううん! 楽しい!」
多分孤児達と遊ばせて、心の傷を癒している最中という事なのだろうが。
しかし赤子の世話とは……あぁ、もしかして。
帰った後にアバンの子供の面倒を見られる様に、という事なのかもしれない。
あのシスターの事だ、甘やかしてばかりではないとは思っていたが。
ちゃんと仕事を与え、それをこなす事を習慣づけさせているのだろう。
「教会での暮らしは、平気か?」
「うん! 皆優しいし、楽しい!」
「そうか、ソレは良かった」
ワシワシと頭を撫でてやれば、エヘヘと嬉しそうにはにかんで見せるノノン。
どうやら充実した毎日を送っている様だ。
安堵の息を溢していれば、廊下の先から他のシスターが顔を出し。
「ノノンー? 洗濯物、まだ終わってないわよー?」
「あっ! そうだった! ダージュ、行って来る!」
それだけ言ってパタパタと走り出し、先輩シスターと一緒に廊下の先へと消えていく。
大きくなってからの彼女を、俺は知らない。
しかしながら、随分と良くなっている様に見えた。
コレならもしかしたら、近い内にロトト村にも帰る事が出来るのかもしれないな。
※※※
「彼女はダージュさんに保護され、そしてシスタークライシスに預けられた少女です。名は――」
「ノノンさん、ですよね。報告は受けています。すみません、名乗るのが遅れました。冒険者ギルド所属、そして彼の担当受付のリーシェと申します」
そう言って神父に頭を下げてみれば、彼は優しい笑みを一つ溢してから。
「であれば、もう少し彼の口からシスタークライシスの話を聞いてごらんなさい。この方は、貴女が思っている様な“執行者”ではありませんよ。確かに噂通りの人間が居るのも否定しません。しかしこの人は、彼を導き、あの子の事もちゃんと救おうとしています。この光景を見れば、少しは落ち着いたでしょう?」
「お恥ずかしい、限りです……偏見と情報、それから事態に混乱して失礼な態度を取りました。謝罪します、シスター」
「いえ、まぁ……その。私が彼に無茶をさせたのは事実ですから」
神父様を間に挟みながら、シスターにも頭を下げると。
相手は少々気まずそうに視線を逸らすのであった。
「ハッハッハ、相変わらず“お気に入り”の子に手を出しそうな相手にはツンツンするのですから。シスタークライシスも、その辺りは成長しませんねぇ。むしろ私の方が大人になった気分です」
「煩いですよ、“ノクター”。相変わらずお喋りが好きの様で」
「えぇ、それはもう。私はこの口だけでお金を稼いでいる様なモノですから」
「まるで詐欺師ですね」
「ハハハッ。そういう道に進まなかったのも、シスターのお陰ですね」
えらく緩い雰囲気で、二人は会話している訳だが。
もしかして、深い仲……というのは流石に無いか。
違う意味で、深い関係なのは間違いなさそうだが。
「リーシェさん、様々な事情が重なってシスターを敵視している様ですが……それは、誤解というものですよ。あぁもちろん、“恋敵”的な意味で敵視するのは非常に重要な事だと思いま――」
「フンッ!」
彼の言葉の途中で、シスターが神父の足を踏み抜いた。
プルプルしながら痛みに耐えている様だが……大丈夫だろうか?
「ま、まぁ下世話な話はともかく。まずは知る事ですよ、リーシェさん」
「知る事、ですか」
「えぇ、ソレはとても大事な事です。いきなりシスタークライシスの事を知れ、と言われても困るでしょう? 彼女は教会の人間であり、執行者だ。警戒が先に来るのも分かる。でしたら、まずはお友達にお話を聞いて、それから判断するのは如何でしょう?」
なんというか、言葉を隠さないというか。
直球な言い方をする人だなぁと思ってしまった。
教会に所属していながら、教会の人間を警戒するのは仕方ないとか。
“執行者”に対しても、弁論の前に事実として言葉を紡いでいるというか。
「恐れる事は悪い事ではありません。でも知らずに恐れる事は、愚かだと私は思います。本当の意味を、本当の姿を知って。その上で恐ろしいなら、十分に怖がりなさい。ソレは貴女の生きる術と変わります。しかしもしも本来の姿が違うのなら、それは勘違いという名の悲しい連鎖を生み出すだけです」
「え、えっと……」
「冒険者さん……ダージュさんと言いましたか。彼から、シスタークライシスという存在がどういうものか。ソレを聞いてからでも、よろしいのではないでしょうか? 人と言うのは、急に問題を目の前にしても解決出来ない生き物です。なので、周りから少しずつ調べていく」
「あ、あの……本人を目の前に、そういう事を言ってしまって良いんですか?」
なんかシスターも、少々渋い顔を浮かべているし。
などと思っていれば、彼は先程以上に良い笑顔を浮かべてから。
「ではこのままお二人だけを残しお話合いを、と言った所でお互い思う所があって喧嘩してしまうでしょう? つまり、調べると言う事は手段であり、相手への興味の現れです。何故悪い事だと思ってしまうのでしょうね? 結果仲良くなれるのであれば、私はとても良い事だと思いますが」
そう、なのだろうか?
でもまぁ、興味の現れと言われてしまえば……確かに。
個人調査など、される側からすれば堪ったモノではない気がするが。
それでも。
「ぶつかり合っている両者も、他の目線から見てみれば……意外と似た者同士だったりするのですよ。例えば、とある冒険者さんを心配するあまり口を出したくなる。守る為に、周囲に牙を向いてしまう。二人の目的は、とある一人を守る為に。そこは一緒なのに、互いに牽制し合ってしまう。でもコレって、一番辛いのは守られている本人なのかもしれません」
「と、言いますと」
思わずポツリと口にしてみれば、彼は楽しそうに笑ってから。
「誰だって、大好きな人たちがいがみ合う姿は見たくないでしょう? 出来れば仲良くして欲しいと、そう思ってしまう。それに“彼”の性格なら、自分のせいで……なんて思っているかもしれませんよ? 皆仲良く、大好きな人が他の大好きな人とも笑って居られる環境があれば。きっと彼は、私に助けを求めたりしなかったでしょうね」
クスクスと笑う神父様は、優しい眼差しでダージュさんの事を見つめていた。
ノノンさんが仕事に戻ってしまったのか、コチラに向かってゆっくりと帰って来る彼。
「例え男女であっても、“好き”には色々な意味があります。リーシェさんは、彼を困らせたい訳ではないのでしょう? であれば、彼の話を誰よりも聞いてあげて下さい。誰よりも、疑ってあげて下さい。そして疑った先、調べた先に。彼が本当に求めているモノが何なのかが見つかる筈です。彼が好きなモノが、どういった存在なのか。分かる筈です。共に歩くというのは、そういう事なのですよ?」
凄く曖昧で、でも真理とも言える言葉を頂いてしまった。
好きだからこそ、疑え。
それは相手への興味であり、好意であり、関心でもある。
どうでも良くない相手、事例だからこそ……ちゃんと調べて、納得しろ。
多分、そういう事なのだろう。
「シスターも、それで良いですね? お気に入りを取られそうだからって、いつまでもふてくされないで下さい。みっともない……それでも長寿のエルフですか」
「長寿だからこそ……悩む事も多いのですよ」
「精神年齢だけは見た目通りだったりとか、そういうことですかね?」
「フンッ!」
「いったぁぁぁぁ!?」
再び、シスターから足を踏みつけられる神父。
仲良いなぁ、この人達。
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