第43話 提案
「え、えぇと……体調の方は?」
「お、お陰様で。もう少ししたら問題なさそうです。し、仕事にも……すぐ、戻れると思いますから……」
リーシェさんを我が家に上げた。
それだけでも結構な問題だというのに。
会話が……その、苦しい。
緊張し過ぎて、頭が真っ白だ。
「お、お茶っ! すぐ、淹れます。ね」
「あ、えっと。お構いなく……ホント、様子を見に来ただけなので。あ、これ……良かったら。お見舞いにはちょっと変かもしれませんけど、お菓子です」
そう言って差し出されたお菓子の箱は、転倒の影響か少しだけ潰れていた。
それを見て、更に申し訳なくなり。
「な、何からなにまですみません……せっかく買って来て貰ったのに。す、すぐお茶を!」
ワタワタしながらお茶の準備をして、彼女の目の前にカップを出してから気が付いた。
コレ、珈琲だ。
珈琲は、お茶ではない。
イーサンから貰った物だったが、珈琲は好みがだいぶ分かれると聞く。
し、しまった。
早速ミスをしてしまった。
「すみません、すぐに……淹れ直します。お茶」
「え? あ、えっと。大丈夫ですよ? 私、結構珈琲好きなので」
そう言って彼女はカップを傾け、ホッと短い息を溢した。
だ、大丈夫だろうか?
しまった、ミルクと砂糖を用意していなかった。
こういうのを準備するのも、礼儀だと言う事をすっかり失念していたのだが。
彼女は、緩い微笑みを溢し。
「美味しい……凄く良い豆を使っているのではありませんか?」
「えと、イーサンから……貰った物、です。彼は、酒と珈琲には、うるさいから」
「なるほど、そういう事情ですか。凄く美味しいです。ありがとうございます、ダージュさん。高価な珈琲を頂いてしまいました」
そう言って、リーシェさんは微笑むのであった。
コレは一応、大丈夫だった……と言う事だろうか?
「砂糖とか、ミルクとか……」
「大丈夫です、このままで。ダージュさんも座って下さい。お見舞いに来たのに、相手に気を使わせてばかりでは、私の方が申し訳なくなってしまいます」
と言う事らしく、俺も席に腰を下ろし。
ゆっくりと珈琲を口に含んでみれば。
……旨い。
やはりイーサンがくれる珈琲は、凄く美味しい。
また騎士団の宿舎にお邪魔する機会があれば、彼に珈琲の淹れ方を一から教わりたい程だ。
そんな事を思いつつ、二人で珈琲を楽しんでいれば。
「それで、体調の方は……本当に大丈夫ですか? 心配させない為に、嘘とかついていないですか?」
珈琲に夢中になっていた俺に、リーシェさんがそんな声を掛けて来るのであった。
しまった、またやってしまった。
どうしてこう、一つの事に関心が向くと他の事を疎かにしてしまうのか。
昔から、俺の悪い癖ではあるのだが。
「問題、ありません。あっ、でも……妹から、もう少し休めと言われていまして。全快するまで、仕事をするなと。でも街中の仕事とか、戦う事じゃなければ……多分、許してくれると思うので。何か、ありましたか?」
必死に会話を繋げてみれば、相手は微笑み。
「良かったです。何より、貴方が無事で。冒険者は短命。そんな風に言われるご時世ですから、命あって、生きて帰って来てくれただけでも……私達は、嬉しいモノなんですよ」
「は、はぁ……ご心配、お掛けしました」
曖昧な返事を返しながら、再び珈琲を啜っていれば。
彼女は微笑を浮かべたまま、カップを机の上に戻し。
「ダージュさん、本日のご予定は?」
「えぇと、剣を……研ぎに出そうかと。それからノノンの事も気になるので、教会に行こうかなって」
優しく微笑む彼女の顔が、“教会”という言葉を聞いた瞬間ピクッと動いた気がした。
不味い、先日のシスターの件が効いているみたいだ。
「あ、あのっ! シスターは、その。悪い人では、無いんです。昔からお世話になっていますし、色んな事を教えてくれました。それに、今だって。だからその、リーシェさんが考えるような、“教会の人間”とは違うと言うか。俺にとっては、凄く親身に知識を与えてくれる姉みたいな存在、というか!」
「あらあら、私はまだ何も言っていませんけど。随分とあの“執行者”の事を慕っているのですね。此方でも、色々調べました」
執行者、その存在は本人の口から仕事内容も聞いている。
だがしかし、ここまで風当たりの悪い職分なのか?
笑っているリーシェさんが、ちょっと怖いんだけど。
「慕うと言うか、何と言うか。俺にとっての、“大事な人”である事は間違い無いので……」
「だから、あの人を悪く思って欲しくない。そういう事ですよね?」
ニコニコ笑っているけど、笑顔が怖い。
いやいやいや、冒険者の皆。
俺がギルドに行くたびに怖がってるけど、多分リーシェさんの方が怖いからな?
この人怒らせたら、俺でもどうなるか分からないぞ?
などと考えながらも、アタフタしていれば。
「今日、私も同行して良いですか? あのシスターとももう一度お話がしたいですし、貴方が行きつけの鍛冶屋も気になります」
「えと……その」
いいの、だろうか?
だってコレは、男女二人で出掛ける事態なのだ。
しかも彼女は私服。
悪い噂が立ってからでは、俺には責任が取り切れな――
「以前のデートの約束、今回の件でって言ったら同行を許可してくれます? いくら何でも、急に普通のデートをしろと言ってもダージュさんが困るのは目に見えていましたし。なので、本日私も連れて行ってくれるのなら、それで以前の約束はお終いという事にしましょう。如何ですか?」
そんな事を、言われてしまった。
つまりアレか? これから鍛冶屋と、教会。
今日の俺が行く場所に同行させれば、デート終了という事で良いのだろうか?
であれば、まぁ。
「鎧を、着ても良いですか?」
「えぇ、問題ありません」
「であれば、その……わかりました」
「では、デートしましょうか」
と言う事で、急にデートが始まってしまうのであった。
これで、良いのだろうか?
妹に報告したら、滅茶苦茶怒られそうだけど。
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