第42話 殺して下さいお願いですから
「兄さーん? 大丈夫ですかー?」
翌日、俺の部屋に心配そうな顔をした妹が入って来た。
上体を起こし、自らの身体を動かしてみれば。
「問題無い、みたいだな。段々身体の調子も戻って来た」
グイグイと動かしてみたが、絶好調とは言えない倦怠感があるものの。
これくらいなら、大剣だって問題無く振るう事が出来るだろう。
多分。
というか杖みたいに扱って気が付いたが、そろそろアイツも手入れに出してやらないと不味いな。
そんな事を思い、マジックバッグから大剣を引き抜いてみると。
「ちょっと兄さん! まだあまり無茶をしないで下さい!」
大慌てで妹が駆け寄って来て、俺から大剣を奪おうとして来る。
しかしながら、コレはお前では運ぶ事さえ厳しいだろうが。
と言う事で、ガッチリ掴んだまま放さずにいれば。
相手は諦めたかのようなため息を溢してから手を放し。
「いいですか? 兄さんは今、不調なんです。ですので、可能な限り家でゆっくりして下さい。外出するなとは言いませんから、お仕事に向かったり、訓練したりするのは無しです」
「心配し過ぎだ、ミーシャ。コレは風邪みたいなもので、時間が経てば自然に回復すると。そうシスターが教えてくれたと言っただろうに」
「風邪さえ引いた事の無い人が倒れれば、誰だって心配するものです。お願いですから、ゆっくりしていて下さい。遠征とか、絶対ダメですからね!?」
物凄く、叱られてしまった。
やはり心配を掛けるのは良くない。
今回の件で、身に染みて分かった。
俺が体調を崩すだけで、妹は必要以上に過保護になってしまうし。
リーシェさんとシスターが喧嘩したくらいだ。
普通だったのはフィアくらいなもので、事情を話したら。
「光の剣って調整出来るんですか!? わぁ~便利ぃ~、出来るようになったら今度見せて下さいね!」
それくらいの調子だった。
うん、フィアは良い子だ。
とても話しやすいし、会話に困る事等無い程喋ってくれる。
「私は学園に行きますけど……兄さん、今日はどうしますか?」
「ギルドに――」
「駄目です」
まだ何も言ってないじゃないか。
別にこの状態で仕事に行こうとしている訳ではないよ。
「では、鍛冶屋へ行こうかと思う。大剣が……その、随分と酷い状態だ」
そう言って刀身を見つめてみれば、ボロボロという言葉がぴったりな程。
刃こぼれも凄いし、細かいヒビまで入っている。
このままでは、また巨像なんかを相手にしたら折れてしまうかもしれない。
まぁ、手入れに出しても切れ味なんぞ望めない程の武骨な剣な訳だが。
「わかりました……くれぐれも、マジックバッグに入れて持ち運んでくださいね? 今の兄さんは普段通りの体力ではないのですから、絶対に無理はしない様に」
「だから、心配し過ぎだ……」
「良 い で す ね!?」
「……分かった」
「それからこれ、お洒落なレストランとか探しておきましたから。今日はその下見にでも行ったら良いのではないかと、妹は提案します」
「……はい」
と言う事で、ぷりぷりしながら妹は学園へと向かっていった。
まさかこんなに心配されるとは……。
冒険者などと言えば、仕事から帰って来て腕や足を失っていてもおかしくない職業。
教会に頼ったところで治療出来る人が居なかったり、金が足りなかったりで“欠損”という事実を抱えてしまう事だってあるのだ。
だからこそ、ちょっと体調が悪い程度でここまで心配されてしまうのは……非常に情けないのだが。
まぁ、昔から妹は頑固な所があるからな。
本当に体調が全快するまで、きっと剣を振るだけでも怒るだろう。
思わず溜息を溢しながら、一人になった家の中で暇を潰していれば。
「うん?」
玄関の扉の向こうに、人の気配を感じた。
来客を知らせるベルが鳴った訳でも無ければ、宅配の類でもなさそうだ。
であれば……。
「空き巣の類か……?」
事実相手は、玄関前で立ち止まり大きく動く気配はない。
恐らく室内の音に耳を立て、中に人が居ないかを調べているのだろう。
全く、物騒な世の中になったものだ。
俺が家を空ける事が多い以上、妹が一人になる機会は多い。
もう少しこの家も防犯対策を強化するべきか?
なんて事を思いながら足音を殺し、窓辺へと近付いて行くが……クソッ、良く見えない。
相手は一人。細身で、荷物の類も持っていないのか。
柱の陰になっており、相手の姿が直視できない状況。
では、どうするか。
俺はこの家の主だ。
であれば……盗人なら、それ相応の対処をする他あるまい。
「フッ!」
窓を開けた瞬間に外へと飛び出し、肩に担いだ大剣を振りかぶった。
相手は建物の中を探っている途中だ、急に襲撃を掛けられれば対処など不可能。
そう思って、コチラの間合いまで飛び込んでみれば。
「ひゃぁぁっ!?」
盗人と思っていた相手は悲鳴を上げ、その場で尻餅を着いてしまったではないか。
別に珍しい事では無い。
盗みを働くしかない程貧困になってしまった者、誰かの口車に乗せられた素人。
そういう手合いは、腐る程居る。
しかしながら、目の前の相手は随分と綺麗なワンピースを纏っており。
大きな帽子が、ずり落ちてから視界に映った顔は。
「如何様にも……殺して下さい」
その場で大剣を投げ捨て、土下座してしまった。
だって、玄関先に居たのは。
「あ、あの……様子を見に来たんですけど。元気そうで、何よりです。ダージュさん」
私服姿の、リーシェさんだった。
俺、担当受付嬢に斬りかかっちゃった。
殺して、お願い。
心配して来てくれたのに、大剣振りかぶっちゃった。
しかも、随分と可愛らしい恰好をしている相手を、転ばせちゃった。
殺して、下さい。
「大変、申し訳ありませんでした……」
「い、いえ! 私が玄関先でウロウロしていたのが問題だったんでしょうし、顔を上げて下さい! すみません、すぐに声を掛けた方が良かったですね!」
すぐに起き上がったリーシェさんが、そんな事を言ってくれるが。
コレだからまだまだなんだよ、俺。
疑って、妄想して。
更には勘違いで斬りかかるって。
普通だったら犯罪だよ。
シスターが言う様に、俺はまだまだ色んな方面で努力が足りない様だ。
「本当に……申し訳ありませんでした。自害、いたします」
「ダ、ダージュさーん? こちらにも不手際があったと認めているのですから、その体勢止めて下さい。ほんと、私の方が申し訳なくなってしまうので」
と言う事で、仕事を許されない休日。
我が家に、私服のリーシェさんがやって来た。
こんな事、初めてでは無いだろうか?
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