第41話 救世主


「すまないシスター……他の仕事の代行をしてもらって。報酬は全てシスターが貰ってくれ」


「いえいえこの程度。そもそもダージュが疲弊したのは私のせいでもありますから、今回は協力者が居た、くらいに思って良いのですよ。しかし“光の剣”は制限無しに放出している様にも見えますね……私としても、ちょっと誤算です」


 光の剣の調整を試みた結果、というかアレを使い続けた結果。

 それは予想以上に俺の体力を奪っていたらしく。

 何とも情けない事に、翌日まで休んでも歩くのがやっとと言う程になってしまった。

 その為、俺が受けた他の討伐依頼は全てシスターが対応してくれる事となり、俺は大剣を杖の様にして歩いている状態。

 今までこんな事なかったのに、体力だけが取り柄だったのに。

 恥ずかしい事に、今の俺ではこの大剣すら物凄く重いと感じてしまっている。

 自分の武器なのに。


「身体が慣れれば、徐々にこういう事も無くなりますから。今の貴方は、初めて掛かった病気に対し、頑張って身体が慣れようとしている状態です。何も恥ずかしい事では無いのですよ?」


「とはいえ……情けないのは確かだ。すまない……」


 何度も何度も謝罪ばかりで、シスターも困った顔を浮かべたりもしているが。

 とはいえ、今回の仕事で良く分かった。

 シスタークライシスという女性は……正直、村に居た頃では想像出来ない程に“強者”だ。

 幾つもの剣を自由自在に操り、戦場を蹂躙した聖職者。

 圧倒的な力を前に、思わず“執行者”と言う言葉に納得してしまった程だ。

 正直、勝てる気がしない。

 負傷覚悟で突っ込むか、光の剣を使って全てを斬り伏せるか。

 それくらいしないと、手も足も出ないだろう。

 俺の速度では、追い付く事さえ叶わないかもしれないが。


「シスターは、凄く……強いんだな」


「これでも人生のほとんどを戦う事に捧げた身、しかもエルフですからね。年季の違い、というヤツです。だというのに、そんな相手に対して“勝てる可能性”を持っているダージュは、相当ですよ?」


「どうしても“ズル”しないと、勝てそうにない……けどな」


「私はその“ズル”を常に使っている状態ですから」


 そんな会話をしながら、テクテクと帰路を歩く。

 行きとは違い、かなりゆっくりとした速度なので……ちょっと時間が掛かるかもしれないが。


「行商人か乗合馬車でも通りかかったら、乗せてもらいましょうか」


「俺は……重いから」


「マジックバッグが何のためにあるのか知っていますか? そうすればダージュの体重だけです。普通の馬でも、それくらいなら運べるでしょう。“お礼”を弾めば、乗せてくれないと言う事は無いでしょうし」


 と、言う事で。

 珍しく、俺は馬車に乗るという経験までしてしまうのであった。

 人の目はかなり集まってしまったが、シスターのお陰で必要以上に恐れられる事は無かった。

 やはり、対話が得意な人が居ると全然違うんだな。


 ※※※


「ダージュさん、おかえりなさ……ダージュさん!? 大丈夫ですか!?」


 結局体力も戻らぬまま、シスターに肩を借りつつギルドへと戻ってみれば。

 随分と慌てた様子のリーシェさんが、受付カウンターから飛び出して来た。

 俺みたいな男に肩を貸せるシスターも凄いが、周りの目など気にせず此方に走って来るリーシェさんも凄い。

 もはや周囲の目を集めるどころでは無い状況になっているし、俺を支えているシスターにも凄い視線が向けられていた。


「おい、嘘だろ? “竜殺し”が負傷して帰って来たのか?」


「ありえねぇだろ……今度はどんなのと戦って来たんだよ」


「あのシスター、“竜殺し”を支えてんのか……? いや、流石に無いか。あんな華奢な体で」


 ヒソヒソと声が上がる中、リーシェさんが俺の目の前にやって来たかと思えば。

 彼女は両目に涙を溜めながら。


「大丈夫なんですか!? どこかに怪我を!? 今すぐ治療班を呼んで――」


「だ、大丈夫……ですから。少し、疲れた、だけ」


「ダージュさんがこんな事になる程の相手が居たんですか!? コカトリスの群れじゃこうはなりませんよね!? 教えてください、何と遭遇したんですか!? 本当にすみません! ギルドの調査を先に行うべきでした! 詳細も分からず貴方を向かわせてしまった、私のミスです!」


 物凄く悲壮感の強い台詞を紡ぎながら、此方を見上げて来るリーシェさん。

 心配させてしまったのは申し訳ないのだが、こうも大きな声でそういう事を言われてしまうと……。


「おいおいおい、今度はコカトリスの群れをソロで……」


「いや、それ以上の何かが居たってんだろ? 今回竜殺しが向かった先って何処だよ、そっちの地域ヤベェんじゃねぇか?」


 ほらぁ、こういう事になる。

 “竜殺し”なんて御大層な名前が付いている為、俺が半端な事をするとすぐに噂として広まってしまうのだ。

 以前水を切らしてしまい、物凄く脱力した状態で帰って来た所。

 しばらく俺が向かった先には、とんでもない化け物が発生しているなんて根も葉もない噂が広まってしまったくらいだ。

 だから俺は、いつもの調子で帰らないと周りに不安を与えてしまう。

 それは分かり切っている事だったのだが……シスターを付き合わせている以上、無駄に報告を遅らせる訳にもいかず、そのままギルドに来たのだが。

 報告、明日の方が良かったかもしれない。


「ほ、本当に、その……大丈夫です。ちょっと、個人的な修行というか。そういうアレ、ですから」


 どうにかこの話題を終わらせようと、リーシェさんに掌を向けてみたのだが。

 彼女の瞳は、キッと鋭くなり。


「まさか……そちらのシスターのせいですか? 依頼主が同行するという依頼は珍しくありません、しかし戦闘に悪影響を及ぼすのは確かです。しかも教会の関係者となれば、コレは……正直、大問題ですよ? 何をしたんですか? 貴女」


「ほぉ、なかなかどうして。言いますね、受付嬢様。私が戦場で足手まといな上に、ダージュに不要な負担を掛けたと言いますか。あまり想像だけで勝手な事を言うものではありませんよ?」


「彼は私の担当冒険者です。口を出す筋合いも、おかしな依頼者には注意を促す責務があります」


「“おかしな依頼者”とは、言ってくれますね。随分と良い覚悟です」


「そうでない限り、彼がここまで疲弊する事など“あり得ません”。私が知るダージュという剣士は、そういう人です」


 何かもうブチ切れ寸前のリーシェさんと、ニコニコと微笑みながら静かに怒るシスターという最悪の光景が広がってしまった。

 ねぇ、お願いです。

 俺が弱っているのは、俺の努力不足なだけなので。

 お願いですから、そんな事で喧嘩しないで下さい。

 もうしばらくすれば俺の体も安定するって、シスターが言っていたので。

 言った本人まで、こんな事で喧嘩しないでください。

 そんな事を思いながら冷や汗を流していれば。


「もっどりましたぁ。あぁもう、つっかれ……ダージュさん? どうしたんですか?」


 背後から、凄く呑気な声が掛けられた。

 振り返ってみると、他の人とパーティを組んでいるのか。

 コチラを見て怯えた顔の面々に囲まれているフィアが、ポカンとした顔を向けている。


「フィア……助けて」


「え、あ、はい? とりあえず、身体を支えれば良いですか? 物理的には無理ですけど、浮遊魔法とかで良ければ。送迎、しましょうか?」


「頼む……」


「はぁ、別に良いですけど。そっちのお二方は、何で喧嘩してるんですか?」


「多分、俺が居なくなれば……収まるから」


「あぁ~あーはい。わかりました、運びますよー帰りますよー。そちらのお二方も、お終いお終い。問題の大剣使いはお持ち帰り……って、大剣何処行ったんですか?」


「……マジックバッグ」


「ホント、何があったんですかダージュさん」


 とりあえずフィアに浮遊魔法を掛けられ、ふよふよと運ばれながらギルドを後にする事になった。

 その際リーシェさんは追って来ようとしていたが、他の職員に止められ。

 シスターの方に関しては、ため息を溢してから。


「ではまた後日。今度はミーシャとも話したいですから」


 それだけ言って、教会へと帰って行った。

 良かった、喧嘩が収まって。

 だがしかし、もっと鍛えないと駄目だ。

 こんな調子では、また周りに心配と迷惑を掛けてしまう。


「ダージュさん、私ご飯まだなんですけど」


「ウチで、食べていくと良い。ミーシャが、作ってくれる。美味いぞ」


「わぉ、ありがたいお言葉。ご馳走になりまーす、先輩っ!」


 フィアだけは、いつもと変わらない調子で……とても楽だ。

 この子が固定パーティを組んでくれたらなぁとは思うが、実力差が有るからとお断りされているのだ。

 もう少し強くなったら、向こうからお願いするって言ってくれたが。

 その頃には、俺もちゃんとこの子を守れる剣士になっていないと不味い。

 ミーシャと一緒にフィアが居てくれれば、きっと楽しいパーティになるだろう。

 彼女達を守るのが、俺の仕事になるのだから……もっともっと、強くならなくては。


「あ、ここですよね? ミーシャ~? お邪魔するわよー? お兄さんを連れて来たわよー?」


「フィア先輩? いらっしゃいませ。兄さんを連れて来たというのは……兄さん!? 何があったのですか!? 何故脱力したまま空中に浮かんでいるのでしょうか!? いったい何と戦ったらそうなってしまうのですか!?」


 あぁコレは、もう一悶着ありそうだ。


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