第38話 教えてくれる人
「どうしました? ダージュ。少し雰囲気が暗い気がしますが……あぁ、ノノンの事なら心配ありませんよ? 最近は孤児院の子供達と遊ばせて、徐々に心のゆとりを持たせています。本人の心の余裕こそ、こういう問題には特効薬ですから」
隣を歩くシスターが、そんな事を言って来た。
今回の仕事、コカトリスの討伐。
その筈なのだが……何故、シスターは馬車に乗っていないのだろう。
このまま歩くつもりでいるのだろうか?
目的地は、結構遠かった筈なのだが。
「色々聞きたい事が、ある。シスター、足は?」
「脚? こうして無事に二本とも揃っていますよ? 見ますか? 失う様な事は無かったので、ちゃんと
そう言って、スリットが少々深い修道服から脚を出してみせるシスター。
違う、そうじゃない。
思わずそう言いたくなったが、彼女には意味が伝わらなかったらしく。
「あぁ、この服ですか? 普段のモノでは、動き辛いでしょう? ですので、“執行者”として動く場合には、こうして深いスリットが入っているのですよ。少々はしたないですが、これも戦闘の為ですね」
そう言って、両足の前部分にスリットが入ったスカートを広げて見せる。
ふむ、なるほど。
確かに色々見えてしまいそうで、此方が恐縮してしまいそうになるが。
踏み込みの際に足が出せるかどうかで、随分と変わって来る。
つまりシスターは前衛職という事だろうか?
彼女に剣を習った事もあるので心得がある事は知っていた。
しかし前線に出て来る程の実力者とは思っていなかったのも確か。
だがそういう事なら、各地で姿を見せる際に“この姿”は非常に重要なのだろう。
教会に関わるモノであれば、適当な格好は出来ない。
聖騎士の様な存在であればまた違うのだろうが、シスターが勝手に鎧を纏う訳にもいかず。
どうしても、“シスターに見える恰好”の範疇で工夫する必要があると思われる。
しかし、“執行者”とは? いったい何の事だろうか?
などと首を傾げていると。
「“執行者”とは、教会における戦闘に携わる人間の名称ですね。今回の様に、近くの教会に被害が出そう、もしくは人的被害として教会側に被害が出る状況。それを物理的に解決する人間を指します。失望しましたか? ダージュ。私は、命令さえあれば人間をも屠る人物なのですよ?」
こちらの心を読んだかのように、彼女はその言葉を紡いだ。
人間さえも、消す事を仕事にしている……か。
まぁそういう仕事をしている人が、少なくない数存在しているのは知っている。
むしろ、そう言う人が居ないと悪事を働いている人間を捌けない。なんて話も聞くくらいだ。
それくらいに、人の作る“法”というのは混沌としているのだ。
「シスターは、その……後悔とか、していないのか?」
「ソレが人の法、そして上層部が決めた事であれば。と、言いたい所ですが……正直、うんざりし始めているのも確かです。ここ最近の教会は、随分と“我儘”ですから」
いったい今何を考えているのかは知らないが、大きなため息を溢しながら現状を愚痴るシスター。
こういう時、本当にどう返したら良いのか分からない。
相手の仕事に関わる事だし、俺の意見など役に立つかも分からない。
だからこそ、黙ってしまいそうになるが。
「誰かと話すなら、まずは“共感”するべきです。例え嘘であっても、“大変だね”とか。もしくは“自らが力になれる事は無いか”と問うのも良いですね。そうする事で、相手から更なる情報提供があることでしょう。それに対し、ダージュが少しばかり答えてあげれば、相手は気持ち良く語る事でしょう。お酒の席なら、余計に。そうやって繋げるものですよ、会話というのは」
「うっ!」
「フフフ、私には分かりますよ? また人間関係で何か悩んでいますね? お姉さんに相談してみては如何でしょうか? 少しくらいなら、力になれますよ?」
そんな発言をしつつ、ニヤニヤと笑って来るシスター。
正直、この手の話をするのは気が引けるというか。
シスターに話す様な内容ではない気がするのだが。
「この、仕事が終わった後……デートと言うモノに、誘わてしまって。俺は、いったいどうしたら良いのかと、そういう事に……悩んでいる」
ボソボソと呟いてみれば、相手は嬉しそうな顔を浮かべてから。
「それはまた、ダージュもお年頃ですね! お相手はどんな人ですか? 普段の関係は? 年齢や、お仕事は何を?」
「妹みたいな事を聞かないでくれ……」
思わず溜息を溢してしまった。
どうしてこう、女性と言うのは“そういう話”に敏感なのか。
だって今回でさえ、リーシェさんの遊び相手として付き合うというか。
休日に俺と言う珍獣を連れて歩く様なモノになるだろう。
どうしたって、色恋沙汰には発展しないと目に見えていると言うのに。
そんな事を思いながら、シスターの方を振り返ってみれば。
「ダージュ、貴方にはまだまだ教える事が沢山ありそうですね」
ジトッとした瞳を、向けられてしまった。
な、何か……失敗してしまっただろうか。
「ではちょっと練習です。私の事情は今軽く話しましたね? 結構な重大発表でしたね? でも貴方は感想を述べませんでした。これは、女性としては結構気に病む問題なのですよ?」
はて、なんのことだろうか。
少々考え込みつつ、首を傾げてしまったが。
あぁ、なるほど。
“執行者”……というか、人を殺めているという話か。
で、あるなら。
「俺は、その……こういう言い方は良くないのだが。あまり、気にしない。生物は、殺し殺されが当たり前だ。それに、正義だ悪だの話を除けば……俺だって、その……殺した事はある。盗賊や、犯罪者。それに“光の剣”を使った時は……多分、被害も出た。アレは敵だけではなく、範囲内全てを斬り裂いてしまうから」
竜を殺した時だって、無我夢中だったのだ。
周りに気を使う余裕など、俺には無かった。
だからこそ、多分……他のモノも、斬ってしまったと思うんだ。
イーサンは詳しい報告はしてくれなかったが。
でも多分、そういう事なのだろう。
死者0とは、報告しなかったのだから。
そんな事を思いつつ、視線を下げていた所で。
シスターは此方の兜に手を添え、彼女の方へと向けてから。
「そうやって呑み込み、相手は肯定するのに自らを否定する癖。良くないですよ? でも、それによって救われる人間も居ます。嬉しいと感じてしまう人も居ます。こんな汚れた自分でも、この人なら受け入れてくれる。そう思ってしまう事だってあるのです。だから気を付けなさい、ダージュ。貴方は自らを貶めているつもりでも、周りに希望を振り撒いている事があるのです。私なんかでも、綺麗だと言って貰えるのではないかと。そう期待してしまう。ソレが女と言うモノです。自分の事ばかり考え、我儘だと思うでしょう? しかし、実際に有りえる事なのですよ?」
良く分からない言葉を紡いで来た。
でも、シスターの瞳はとても真剣だ。
だからこそ、真面目な話なんだろうが。
「よく、分からない。俺にとって、シスターは昔から変わらず……その、凄く綺麗だ。仕事だって全然違うのに、ソレを理由に汚れているとか、そう言うのは……特にない。ソレが仕事だと言うのなら、仕方ない……では駄目なのか? 俺にとってのシスターは、いつだって憧れの存在だった」
そう言い放ってみれば、彼女の顔は徐々に赤みを帯びていき。
「と、とにかく! この仕事が終わればデートなのでしょう!? だったらあまり他の女性にまで期待をさせない言動を取りなさい。さっさと終わらせて、すぐに帰りますよ。お相手を待たせてしまうのは失礼ですから」
それだけ言って、スタスタと歩き始めてしまったではないか。
俺は、何か不味い事を言ってしまったのだろうか?
慌てて後を追おうとしてみれば、彼女は急にピタリと足を止め。
「もう一つだけ、とても重要な事を教えてあげます。ダージュ」
そう言ってシスターは振り返り、フフフッと不敵な笑みを漏らしたかと思えば。
「二人でいる時は、もっと女性の事を見る事です。歩調一つとっても、好意が持たれるかどうか、変わってきますよ?」
「と、言うと?」
急に何を言い出したのかと、更に首を傾げてしまう訳だが。
彼女は、全く動いていない様に見えて……若干先程よりも、俺との距離が開いていた。
うん? いつ動いた?
「良く見ろ、そう言った筈です」
「こ、これは……」
魔術、いや体術の類か?
もしくは幻影、幻覚。
その手の術も考えられるが。
これは、どうやって移動しているんだ?
「最初に足がどうとか言っていましたが、私が何故徒歩を選んだか。まだ理解していないみたいですね? ダージュ。貴方と一緒なら、馬を使うより早く現場に着けると予想したからですよ? ホラ、この時点で貴方は相手の事が見えていない。よく観察して御覧なさい。私は、馬車を使って無駄な時間を使う手合いですか?」
そんな会話をしながら、どんどんシスターが視線の先に移動していく。
スッとつま先が動いたかと思えば、物凄い距離を動く。
いや、うん。何だこれ!?
思わず驚愕してしまったが、とりあえず必死に追いかけた。
簡単に言うと、全力疾走。
「相手に合わせる、想像以上に大変でしょう? ダージュはちょっと、“分かった気”になり過ぎていますね。ちゃんと言葉を重ねないと、こういう事ですら分からないモノですよ? ホラホラ、“私の歩調”に合わせて下さい?」
「い、いや。シスター!? これはいったい、というか……速っ!?」
陽炎の様に逃げるシスターは、俺が今まで見て来た誰よりも速かった。
まるで地面を滑るみたいに、高速で移動していく。
こ、コレが……シスターが徒歩を選んだ理由?
つまり俺は、彼女の事が全く理解出来ていなかったと言う訳だ。
女性をエスコートする際、事前情報なしでコレを察しろという事か。
デートと言うのは、俺の想像する以上に厳しい試練の様だ。
「うぉぉぉぉ!」
「頑張れ頑張れ、ちゃんと合わせてくれる男の子は格好良いですよ?」
そんな言葉を聞きながら、俺は全ての光景を置き去りにする勢いで走り抜けるのであった。
この人……こんなに凄い人だったのか。
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