第37話 困った時は妹に相談だ
「兄さん? どうしました?」
家に帰ってみれば、妹から滅茶苦茶心配そうな瞳を向けられてしまった。
確かにここ数日、事態が動く事が多かった。
シスターの件、ノノンの件。
どれも生活に大きく影響を及ぼす様な事態ばかりだ。
だからこそ、心配になるのは分かる。
しかしながら、今俺が抱えている問題は。
「ミーシャ、その……デートって、何をすれば良いんだ?」
そう呟いた瞬間、妹は皿を落とした。
足元に転がる木製の皿と、驚愕の瞳。
やはり、こんな事を妹に相談するべきではなかったか。
本来なら、長く生きている俺の方が妹の相談に乗るべきだろう。
好きな人が出来たとか言われて、デートに行く時の恰好とか行動とか。
その手の類は苦手だが、俺なりに助言をしてやるのが兄の仕事だろうに。
なのに、逆に俺が頼ってしまった。
情けない事この上ないのだが、妹は即座に此方に走り寄り。
「お相手はどなたですか!? 日程は、時間は!? 年齢はどの程度ですか!? お仕事は!?」
「お、落ち着け……リーシェさんだ。今回の仕事を受けたら、何か不機嫌な様子だったから。何か出来ないかと言ったら、デートを……してくれと。でも俺には、そんな経験はない。だから、何をしたら楽しんでもらえるのか……正直、全然分からないんだ」
呟いてみれば、妹は何故か物凄く嬉しそうな様子でガッツポーズを取っている。
何か、良い事があったのだろうか?
首を傾げながら眺めていれば、妹は凄く真剣な表情を此方に向け。
「兄さん、それはいつ決行ですか?」
「えぇと、仕事が終わってから……? 今回はコカトリスだ。シスターの依頼だから、何か裏があると言う事は無い。単純に相手を殺して、帰って来れば良いだけ――」
「鶏肉程度、兄さんなら瞬殺ですよね!? なるべく早く、迅速に帰って来て下さい!」
「……鶏肉」
一応、コカトリスだって危険な魔物だ。
石化の魔法を使うなんて言われるが、ソレは違う。
尾となる蛇、アレが微量の毒を周囲に振り撒いているのだ。
ソレを吸い込み、蓄積していくと身体が石の様に重くなり、動かなくなる。
だからこそ、コカトリスを討伐するのならまずは尾から――
「鶏肉の事ばかり考えていないで下さい! 今はデートの方が大問題です! 兄さんはデートの知識がおありですか!?」
「……いや」
正直、有る訳がない。
俺と一緒に居て、女性が楽しめるか?
無理だろう、間違いなく。
ろくに喋らないし、返事は短文。
そんな状態で隣を歩かせても退屈だろうし、俺自身相手をどこに連れて行けば楽しんでくれるのかも分からない。
そんな一日を過ごさせるのなら、普通の休日を過ごしてもらった方が有意義だと思うのだが。
「もはや兄さんは、兄さんを分かってくれる人以外とは出かけない方が良いです。そして今回は、完全に兄さんを理解してくれている相手なのですよ!?」
「お、俺はそこまで酷いのか……? あ、その、でも。この前神父様とは、ちょっとだけ良い感じに喋ったぞ? 凄くお喋りが上手な人なんだ、思わず俺も普通に声を返してしまうくらい――」
「今私は! 女性との会話の話をしております!」
「はい、すみません」
神父様とは結構喋った気がしたけど、案内してくれた若いシスターとは全然だったからな。
まぁ、そういう事なのだろう。
反省。
「兄さん、まさかそのままの格好で行くつもりじゃありませんよね?」
「だ、駄目か? やはりもう少し綺麗な鎧を仕立てて……」
「鎧でデートに行かないで下さい! その時の兄さんは、護衛ではなく“お相手”なのですよ!?」
「し、しかし魔獣の強襲を受けたら……」
「街中でどうしたら魔獣に強襲を受けるんですか!? 例えそんな事態になっても相手は人間です、兄さんなら肉体だけでどうとでも対処出来ます! 最悪光の剣なら呼び出せます!」
「それは流石に駄目だろう。でもホラ、俺が顔を出していたら相手にも迷惑が……それに、良い鎧を着ていれば俺以外とデートしていると、周りは思ってくれるかもしれないし」
「ア ナ タ が! リーシェさんとデートしているんでしょうが! だったらしっかりと顔を出して、堂々と歩くべきです!」
こ、困った。困ったぞコレは。
俺が思っていた以上に、難題が盛りだくさんだ。
顔を晒して、鎧も脱いで。
リーシェさんの隣を歩く、そして楽しませるよう会話をして、場所も選んで。
遊びに行ったり、食事をしたり。
いや待て、コレは俺にこなせる仕事なのか?
デートと討伐任務、どちらを受けるかと言われたら、間違いなく後者を選ぶぞ。
「お、俺は……どうすれば良いんだ? 達成条件が全く想像出来ない。リーシェさんに近付いて来る有象無象を斬り払えば良いのか?」
「チンピラに絡まれたら撃退しても構いません、しかし討伐はしないで下さい。多分引かれますから。それから……達成条件はリーシェさんを満足させる事、です。兄さんが見るべきは攻撃してくる相手ではなく、ずっと兄さんに協力してくれたリーシェさんです! わかりましたか!?」
どうしたら、楽しんでもらえるのだろうか。
もはや想像する事さえ出来ない。
竜の一件で、貴族のパーティーに呼ばれた事があったが。
とても、恐ろしい経験だったとしか言えない。
あんな場所に行くのなら、魔物と戦っていた方がマシだとさえ思えた。
その時は、完全に置物になる事で何とか耐え凌いだが。
でも、今回は違う。
置物に擬態する事も叶わなければ、黙る事さえも許されないだろう。
では、どうすれば良い?
「ミ、ミーシャ……」
「兄さんが仕事に行っている間、色々と調べておきますから……女性が喜びそうなレストランとか。なので、そんな泣きそうな顔をしないで下さい」
「すまない……頼む」
コレは、コカトリスなんかよりずっと難しい事柄な気がしてならないのだが。
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