第36話 対抗意識


「ダージュさん、新しいお仕事が来ています」


 翌日ギルドに向かってみれば、すぐさま渡される指名依頼。

 内容を確認してみると……あぁもう、結構遠い場所だ。

 昨日妹に、ノノンの様子は可能な限り見ると言ったばかりなのに。

 これでは早速家を空けてしまう結果となってしまう。

 いや、全力疾走すれば何とかなるか……?

 そんな事を思いながら依頼者の名前を見てみれば。


「その……また、あのシスターからなんですけど。何か深い関わりが有ったりするんですか? あ、ちなみに。指名と言う訳ではないのですが、道中でお願いしたい仕事が幾つか……」


 そう言って、数枚の依頼書を出して来るリーシェさん。

 まぁ此方はいつも通りなので、問題無さそうなら受けてしまって平気だとは思うのだが。

 問題は、シスターからの依頼だ。


「これは……ギルドから調査は?」


「すみませんダージュさん。“大物”である場合、一度確認に人を出すのがほとんどですが……流石に距離があり過ぎるので、まだ調査は済んでおりません。今回は、その“調査”も含めた仕事となります」


 細かい仕事などは、基本的に担当した冒険者が依頼主と交渉をしたり、内容を確認したりする。

 しかしながら、“大物”となれば別だ。

 放っておけば周囲に被害が出たり、都市に対しての驚異となる相手に対しては“ギルドからの調査”が入るのが常。

 要は担当した者が死亡した場合にすぐ動ける様にと、相手の情報を正確に掴んでおく必要がある訳だ。

 今回は、その調査と討伐を一挙に請け負う仕事になってしまう事になる。


「コカトリス……しかも複数体が確認されている」


「それに、今回は依頼主も同行すると言っていますが……民間人を守りながらとなると、色々と問題はあるでしょうね。状況を確認して撤退、もちろんそれでも構いません。受けて、頂けます?」


 非常に申し訳なさそうに、リーシェさんが呟いて来る。

 困った様な顔をしながら、上目遣いに。

 あ、可愛い。

 多分受付嬢は、こういう技術も訓練されている気がする。

 そんな事を思ってしまう程に、彼女の行動は研ぎ澄まされていた。

 この人が冒険者の間で人気なのも頷けるな。


「大丈夫、です。シスターからの依頼なら……というか、彼女の“お願い”を断わるつもりは、ないので」


 そう呟いてみれば、リーシェさんの頬が膨れた。

 え、何。


「随分と、信頼しているのですね。あのシスターを。私がお願いしても、ご飯も全然行ってくれないのに」


「え、あ、いや。その。子供の頃から、お世話になった人ですから……駄目、でしたか?」


「駄目じゃないです、ダージュさんがどんな仕事でも受ける人だとは理解していますし? 名前を見ただけで昨日の良く分からない依頼も受けてしまう程、大事な人なのでしょうから。私から何かを言う事はありませんとも」


 ちょっとだけムスッとした雰囲気で、リーシェさんはプイッとそっぽを向いてしまった。

 いや、あの……可愛いですよ?

 なんて事を思ってしまうが、相手は未だ不満気。

 このまま立ち去っては、多分今後に響く事だろう。

 なので。


「よく……分かりませんが。俺は、リーシェさんにも感謝しています。だから、その……何か、出来れば」


 そう呟いてみれば、彼女は目を輝かせながら此方を覗き込み。


「ダージュさん今、私にも感謝しているから“なんでもする”って言いました!?」


「言ってないです。急にどうしたんですか」


 リーシェさんが、そんな事を言いながらカウンターから身を乗り出して来たのであった。

 えぇと、これはどういう感情表現なのだろうか?

 あまり目立ってしまうと、また変な噂が立つ気がするのだが。


「ダージュさん、その方とは別に恋仲だったりはしないのですよね?」


「……はい?」


 恋仲、恋人ですか。あのシスターと、俺が?

 そんなことある訳がない。

 むしろ今だって、きっと俺なんて子供の様に見られている事だろう。

 そもそも俺は、女性とお付き合いなんてした事が無い。

 というか、普通に喋る事が出来る人だって限られて来るのだから。


「それは、無いです」


「であれば、たまにはご飯くらい一緒に行きましょうよ。ギルドとしては腕利きの方に対し、個人調査という意味合いだったりもしますが。デートしましょう」


 デート、デート?

 それはアレだ、恋仲の男女が二人きりで出かけると言う……あぁいや、男女が二人で出掛ければデートなのか?

 良く分からないが、今回の彼女は本気の御様子。

 確かに、毎回断ってるしな。

 そんな奴が他の人からのお願いを断らない、というのは確かに不満に思うのかもしれない。

 とはいえ。


「えと……いや、しかし俺なんかと出かけたら、悪い噂が……」


「言いたい人には言わせて置けば良いんですよ。どんな噂が立とうと、私は気にしませんから。もしもダージュさんに何か言う人が居たら、ギルドの個人調査だと言ってあげれば全て解決ですし」


 そう言って、更にカウンターから身を乗り出すリーシェさん。

 これは、ちょっと今回は断るのは難しそうな雰囲気だ。


「であれば、まぁ……ご飯、くらいなら」


 良い、のだろうか?

 俺はギルドで嫌われ者だし、怖がられているし。

 だからこそ俺と一緒にいる所を見られて、彼女に不利益が発生するんじゃないかと警戒していた。

 なので、これまでは全て断っていたのだが。

 彼女が気にしないというのなら、少しくらい付き合っても良いのだろう……か?

 ここまで言われてしまうと、断わり辛いというのも正直あるが。


「でも、俺と一緒にいたら……ホント、リーシェさんが何を言われるか……」


「気にしませんよー」


「あ、はい……であれば、まぁ」


 と言う事で、仕事を受ける以上の難問も背負ってしまう事になった。

 デート、デートか。

 こういう時、男は何をすれば良いんだ?

 全部お金を出して、相手が楽しんでくれる様にエスコートする。とかかな?

 その程度は予想が付くのだが……俺に、それが出来るのか?

 何より“楽しんでもらう”という点が、一番問題なのだ。

 俺には、“デート”が……出来るのだろうか?


「あまり、期待しないで……もらえると。自信、ないです」


「そう肩肘張らずに。気楽に楽しんでもらえると、私は嬉しいです。」


 なんて言って笑ってくれるが、リーシェさんは人気者なのだ。

 その彼女と、俺が?

 どうすれば良い? 俺は何をすれば彼女を楽しませる事が出来る?

 全てが不明であり、未体験だ。

 女性が楽しい事って、何だ?


「ちなみに、どういう所に行きたいとか……」


「ダージュさんが楽しめる所で大丈夫です。期待してますね?」


 コレ、一番難易度が高いんじゃないか?

 俺が楽しめる所……武器屋は、絶対違うし。

 挑むたびに雰囲気を変える様なダンジョンはちょっと楽しいが、コレも絶対外れだ。

 であれば、何だ? 普通の人は、何を楽しいと感じるんだ?

 色々と困惑しながらも、とりあえず今の彼女の笑みを絶やさない為に頷いて見せるのであった。

 喜ばせる事……俺に出来るのか?


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